第十七話:ブルーシティ大津波
「突然呼び出して何の用だ」
場に緊張が走る。
たった一言で場の主導権を握ったのは、世界一の頭脳を持つ、生ける伝説アレン•オリバード。
円卓を囲う六人。
「総帥様からの招集だ、態度を弁えなさい」
ローブ姿の老父は翠色に染まった目玉をギョロギョロと動かし、威圧する。
「久しぶりに”俗の合議”が始まるのに、そんなギスギスしないでよ〜」
髪を束ねながら煙草を吸う女は老父を睨みつける。
ギィィ…
扉が開く。
「皆、集まってくれて感謝する」
背丈は子供の如く小さい。
肩に猛禽類の魔物を乗せている。
右足を失っていて、和傘で支えながらゆっくりと足を進めている。
そして、飲み込まれると錯覚するほど鋭い眼球。
これが…。
「総帥…か」
アレン•オリバードは生まれて初めて身体が震えてしまうほどの恐怖感を覚えた。
———
「もうそろそろ家に帰ろうと思う」
「やったぁ!」
「真冬だもんね、こんな時期に海にいても何もやる事ないしね」
この別荘でくつろげる日々も終わりを迎えそうである。
「お父さん、デカい仕事って何だったの?」
ラッキーは不思議そうに質問した。
「ああ、この海の主の怒りを鎮める予定だったんだけど…」
「だけど?」
「俺がテイムする前に他の人の手で解決しちゃって」
頭を掻いて、恥ずかしそうにしている。
「要するに、手柄を取られたって訳だね」
「そういう事になるね」
世界は広い。セトさんよりも優秀なテイマーがいるということ。当たり前だけど、上手く想像出来ない。
~~
「ブルーシティ付近に生息していた海の主が…何者かに利用されているかもしれない」
「ブルーシティ?」
オリバードの脳内にはスパローの姿が映った。
「緊急で現地住民の避難を要請したいが、全員を逃がすのは不可能…」
「いえ総帥様」
立ち上がったのは先程の老父だ。
「私の転移魔法ならば、部下の魔力を合わせれば何とか全員他の場所に移せるかもしれませぬ」
総帥は静かに笑みを浮かべる。
ゆっくりと口を開き老父を睨みながら宣言した。
「私がする」
「…何ですと!?」
「総帥様が直々にする必要なんて…」
ほとんどの出席者が反対する中、ある男が声を上げる。
「この者に任せるくらいなら、総帥様がするのが効率的かつ確実かと」
俗の合議、初出席のアレン•オリバードだ。
「貴様如きが何を言う」
老父は手に魔力を込めて戦闘態勢に入るが、オリバードは動じない。
「全員座れ」
操られている訳では無い。脅された訳でも無い。
しかし、総帥の”声”は身体を弛緩するような透明感を持っている。先程までザワザワしていた円卓は沈黙に包まれた。
「早いが本題はこれで終わりだ、後はゆっくり楽しむといい」
そう言い残すと、総帥は扉の向こう側に消えていった。
———
「昼ご飯食べたら眠くなっちゃった」
ラッキーは一足先に昼ご飯を食べ終わり、ゆらゆらと寝室に吸い込まれて行った。
追いかけるように俺もラッキーの寝室に忍び込んだ。
布団に潜り込む彼女に、俺は睨まれていた。
「入りたいの?」
違うけど…一度人が使うふかふかベットで寝てみたかった。好都合だと思い、フラフラとラッキーの元に飛び込む。
「…それじゃ、おやすみ」
ラッキーの腕の中でゆっくりと目を閉じる。
~~
「アレンと言ったか…中々骨がある奴だったな…」
ブルータワーの頂上。
風に押されて、バランスを崩す。
「おっと怖い怖い…」と呟きながら辺りを見渡す。
「黒雲に映りし人々を包め。そして見えぬ俗界の果てまで飛ばせ」
左足のみでバランスを取り戻し、ゆっくりと傘を広げる。
その瞬間、辺り一面は黒い雲に包まれる。
「命は助けてやった。後は己を信じて、もう一度家族との再会に務めよ。成功を祈っている」
そう言い残して、緩やかに吹く風と共に姿を消した。
~~
「おい、なんだあれは…」
「嘘だろ…」
釣り師のおっちゃんは釣り竿を手から離した。
「あれ…何?」
イシェル君は窓から身を乗り出して海を見つめる。
「これは…」
ララさんはタワーから海を眺める。
「お父さん、お母さん、あれ何…?」
「あれは…」
何かを察したこのようにマレンちゃんは泣き出してしまった。
「津波か…!」
『ブルーシティ大津波』
ブルーシティを全て飲み込む程の津波。
この世界での歴史に刻まれるほどの大災害となった。
しかし死者は…0名。
有り得ないこの数値を生み出したのは通りすがりの魔法使いの仕業だとか、神様の所業だとか色々な説が生まれる。
「逃げなきゃ…」
「いや、逃げても無駄だ…」
セトさんはマレンちゃんを深く抱きしめながら腰から崩れ落ちる。
その瞬間。
ブルーシティ、そしてその周辺に住む人々全員の足場が光を放った。
~~
ラッキー…?
光と共に目を覚ました。
俺を包んでいた腕が無い。
いつもの寝言も寝息も聞こえない。
俺の横からラッキーが…消えた。
何が起こった!?
慌てて飛び起きて家中を探し回ってみるが、人の気配がしない。
窓の外側でブルーシティが飲み込まれている。
轟音と共にブルータワーが物の見事に崩れ落ちている。
その光景を目にして、頭が混乱する。
何が…起きている?
俺は迫り来る津波をただ見つめて、立ち尽くしてしまった。