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第十六話:テイマーか、漁師か

薄暗い部屋に、窓の外を眺めれば綺麗な海が広がっている。両親にバレないように、机の照明をつける。


彼が開いたのは、『野鳥図鑑』。


「いつか、森に行ってみたいな」

様々な動物が楽しそうに暮らす森。

そんな風景を想像しながら1ページ、また1ページと捲っていく。ページを捲る度に彼の頭には森が広がっていく。段々と、鮮明に。


「…こらイシェル!何時まで起きてるの!?」

ノックもせず彼の母親はズカズカと乗り込んできた。


「野鳥図鑑…?あなたはお父さんの仕事を継ぐんだからこんなもの必要無いわ!」

容赦無く野鳥図鑑を取り上げて、そのまま部屋から出て行ってしまった。狼狽える子供のことなど目にも留めず、颯爽と。彼は言い返す気力も隙も無く、俯きながらベットへと足を運んだ。



———



俺は今、獲物を探している。

狙うは…釣り師の横にあるバケツ。


お、美味しそうな小魚があんなに!


ビシャン!と音を立てて、一心不乱にそのバケツに顔を突っ込む。


「こらスパロー、これは俺の捕まえた獲物だ」


周りの釣り師は皆、愉快に笑う。

俺はすっかりこの雰囲気に馴染んでしまった。

何度もこんなイタズラをしていると、いつの間にかこんな愛されキャラになってしまった。


「いや〜しかし、流石はセトさんだよな」

「ホント、どこでこんな鳥を見つけてくるんだか」


セトさんの名前はこの街にも広がっていた。

最近気付いたが、彼は俺なんかよりずっと有名だった。何故か分からないが、何だか悔しい。


いつものルーティンを終えて、俺は釣り師のおっちゃん達に見送られながら追い風に乗って家に戻ろうとした。そんな時だ。


…ふと下を見てみると、必死にゴミ箱を漁る子供を見つけた。


気になって高度を下げて、よくよく見てみると息を荒らげながら今にも泣きそうな目をしている。見たところ、捨て子にも見えない。服装は綺麗で、顔立ちも良い。可愛らしい青少年だ。


「何で…何で!」

高度を下げれば下げるほど、彼の声は鮮明に聞こえてくる。その嗄れた声は俺の心に直接語りかけてくるような、そんな風に思えた。


前にも同じような状況に出くわした。

湖を見つめる女の子。一人で、寂しそうに。

服装も性別も違ったが、何故か俺の目にはあの時の少女と重なって写ったのだ。


よし、俺が一肌脱いでやろう。


あの時と同じように。どんな反応をしてくれるかな?と楽しみにしながら、俺は急降下する。


「…うわっ!」

ゴミ箱を覗いていた少年は目の前に緑色の物体が横切ったことに驚き尻もちをついた。


「何でこんなところにカワセミ…?」

今度は俺が驚かされた。

この街で”カワセミ”の生態を知っている人なんてほとんど居ない。しかし驚いた理由はそれだけでは無い。


「もしかして…伝書鳩の!?」

その少年は俺のファンだったのだ。


それからその少年は態度を豹変させ、楽しそうに話をしてくれた。


彼の名前はイシェル。父親はこの街でもトップクラスの漁獲量を誇る凄腕漁師なのだとか。その後継ぎとして街でも期待されてしまっているそうだ。


「…でも僕、本当は漁師じゃなくてテイマーになりたいんだ。君の飼い主みたいな」


間髪入れず、彼は語り続ける。

「色んな生き物が住んでて、その全部を仲間にしたいんだ、色んな動物に囲まれて暮らしたい」


目を輝かせて、とても楽しそうに話を続ける。その顔は、希望に満ちたようで口角も少し上がっている。ゴミ箱を漁っていた時とは正反対だ。


「それで、お母さんには内緒で”野鳥図鑑”とか”テイマーのすすめ”とかをお小遣いで買って、夜中にひっそりと読んでるんだけど…昨日それがバレちゃって」


自分の進みたい未来に進めない。自分の気持ちは尊重されない。そんな子供はこの世に溢れかえっている。

その運命に従うか、抗うかはその子次第だ。


イシェルは今、その壁に阻まれている。


俺にとって、それは幸せなことだと思う。


選ぶ道さえ無い、未来に絶望しか感じられない子供を沢山目にしてきた。そして…俺自身もそうだった。


この子の夢を応援してあげたい、という気持ちはある。しかし、俺にはどうする事も出来ない。


「行っちゃうの?」

寂しそうにそう呟く声を聞きながら、俺は明るく映る空の家路を辿って飛び立った。


~~


「ねぇお父さん、お父さんって何でテイマーになったの?」

ラッキーの素朴な疑問だ。

何事も無ければ王位継承して、一国を治める国王となる権利があったというのに。


「簡単な話だよ。王様よりテイマーの方が楽しそうだって思ったから。自分の人生なんだから自分で決めないとね」


ラッキーは「訳わかんない」と呆れたように首を振りながらボヤいた。


「そんな事言いながら、本当はめちゃめちゃ悩んで癖に〜」

ノノさんがからかうように差し込むと、予想外の返しが飛んできた。


「確かにあの頃は本当に悩んだけどね、こうやって家族でご飯を食べれているなら何でもいいやって思えるんだ、今となってはね」


「何それ〜」

マレンちゃんのさり気ない一言で食卓は笑いに包まれた。



———



後日、俺はもう一度イシェル君の所に訪ねた。


「また来てくれたの!」

窓から流れるようにイシェル君の部屋に入り込む。


机の上には”漁師の心得”という本が広がっており、彼の手には”テイマーのすすめ”。


「僕、決めたよ。昨日スパローが居なくなってからいっぱい考えたんだ」


彼はそう言い放って部屋を出て行った。

その背中からは覚悟が感じられ、ゴミ箱を漁っていた時よりも少し大きく感じられた。


~~


「お母さん、お父さん!」

「何、教科書はしっかり呼んだの?」

「半年!半年だけ、テイマーとして活動したい!それまで漁師の勉強もテイマーの勉強も欠かさずやるよ!だから…」


「ちょっと…」と顔を曇らせる母親を抑えて、後ろからお父さんが一言。


「頑張るんだよ」


お父さんの目に写ったのは、いつもの泣いている顔でもなく、苦悶の顔でも無かった。


~~


イシェルはこの街の漁師を束ねる長になり、子供を迎えて幸せな食卓を囲むことになる、というのはまた別の話である。


































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