第十五話:生ける伝説
「時計を創った偉人:ホーヘンス」
「人類初の魔法使い:トロン」
「伝染病の特効薬を開発した医師:ラウス」
…この世には今も尚世界に名を残し、『伝説』として言い伝えられる程の偉業を成し遂げた人が存在する。
そして、これから偉人として名を残すとされている『生ける伝説』と謳われている人がブルーシティに訪れている…という噂を聞きつけた。
「あのアレン•オリバードさんが!?」
セトさんとノノさんが二人で昼飯を食べている時だ。
ノノさんはフォークを動かす手を止めた。
「あぁ、あの生ける伝説と言われている、オリバードさんだ」
「一目見てみたいけど…凄い人集りになってそうね」
「だね〜」
「ねぇ、そのオリバードさんって具体的にどういう人なの?」
ラッキーは盛大な欠伸をしながら階段からツカツカと降りてきた。
「オリバードさんは、世界で一番賢い人だと言われている物理学者よ。名だたる名門大学を首席で卒業して、鉄道の発展や建物の設計にも携わっている凄い人なの」
「なーるほろ、それでブルータワーにいる”伝説の建築士”と繋がりがある訳ね」
「恐らくね、ラッキーはまた海賊に襲われるかもしれないんだし家で大人しくしてなさい」
「はぁーい」
ハナから興味無いですよ、と言わんばかりの適当な返事を返し彼女は寝室に戻って行った。
そのアレン•オリバードさんに、俺は少し興味があった。と言うのも…。
「僕の師匠の話をしようか」
その師匠の話をしていた時のあの人は、とてもとても楽しそうで、何故だか自慢げでもあった。
あの人の師匠は——————“世界一頭の良い人”。
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「スパロー、暇だし将棋でも…ってあれ?」
将棋盤を持ってリビングに立ち尽くすラッキー。
「スパローならどっか行っちゃったよ」
「もしかしたら、アレンさんの所に行ったのかもね」
「スパローならオリバードさんに気に入って貰えるかもね」
「そうなったらスパローともお別れになっちゃうかもね」
「それは困っちゃうな」
冗談を言い合いながらパスタを平らげる二人。
しかし、その冗談を聞いて顔を曇らせている人も一人いた。
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海陸風が追い風となって、とても涼しい。
上空からブルーシティを眺めると、確かにいつもよりも人通りが多い。特に広場とブルータワーの下には人が詰め詰めになっている。
「オリバードさんがいるって本当!?」
「オリバードさん、顔を見せてくれ!」
「オリバードさぁーーん!!」
驚異的である。集まっている人全員が飢えた犬に見えてしまう。警備員が必死に止めているにも関わらずそんな事を気にせずにタワーの入口に入り込もうとする人もしばしば。
「こんな様子じゃ、一目見るのは不可能だな」と見切りをつけて俺は、一通りの少ない狭い路地に降りた。
あんな悲惨な景色を目の当たりにしたのだから、オリバードさんとやらを見つけるのはやめようか、と諦めて帰ろうとしたその時だった。
「…こんな所になんでカワセミがいるのかな?」
神経が研ぎ澄まされる。
体が弛緩するような、深みのある声だ。
「怖がらなくて良いよ、ただの研究者だ」
“研究者”という単語にはトラウマしか無い俺は、危険を察知して咄嗟に逃げようとした。
「君を捕まえに来た訳じゃないよ、落ち着いて」
従いたい訳では無かったが、何故か体に力が入らなかった。動かそうとしていた羽もすぐ止まり、いつの間にか彼は俺の目の前まで来ていた。
「言葉が分かるんだね、興味深い」
男は深く被っていたハットをゆっくりと下ろしながら一礼した。
「初めまして、アレン•オリバードという者です」
驚きで声も出なかった。
「君、もしかして伝書鳩のスパローだね?噂はかねがね聞いているよ、~~~から」
…あの人の本名だった。やはり、あの人の師匠というのはアレン•オリバード、この男だった。
「ちょうど良かった、君の正体について知っている範囲で教えてあげよう」
オリバードさんはハットをまた深く被り直してそう言った。
だがその時には、周りがザワつき始めていた。
「あれ、もしかしてオリバードさんじゃ…」
「嘘だろ、本物か?」
「ここじゃ場所が悪い、真実を知りたいのならついて来なさい」
引き込まれるような、喉が締め付けられるような感覚が彼の声からは感じられる。俺は言われるがまま、後をついて行くことにした。
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「ここまで来れば安心だよ」
彼が来たのは地下にある少し狭いバーである。
店内にはバーの店主ともう一人のお客さん。
かなり年寄りである。
「あの人がこの街を創った伝説の建築士、ララさんだ」
「キキッ!」
思わず鳴き声を上げてしまったが、おかしな話では無い。この街は歴史のある街なのだから、創った人は相当な年寄りだと考えられる。
「さて、話したいことは二つある。一回で聞き分けてね」
ニコリと笑って場を和まそうとしてくれているが、声色が怖くて俺の緊張は解けない。
「まず一つ。君は生物的に規律から外れた存在。一歩間違えれば人の存在を揺るがすきっかけになる可能性がある」
戸惑う俺を見ながらも、間髪入れず続けた。
「お前のような存在が他の動物にも現れて、いつしか人のような感情を持った生物が現れたら…何が起こるか分かるね?」
ゴクリ、と唾を飲み込む。俺はどうやらかなり危険な存在らしい。
「でも、俺はそれとは違う意見を持っている。君のような存在を例外化することだ」
例外化する?と頭を捻りながら思考を巡らせる。
オリバードさんはワインを一口飲んで、こちらに視線を向けた。
「君は特異種だ」
それから、オリバードさんは詳しく特異種について語ってくれた。
特異種。それは命を授かる時に並外れた異能を受け取って産まれてくる存在なのだとか。
オリバードさんが今まで見つけてきた特異種の共通点は「寿命が長い」と「賢い」というものだったそうな。「寿命が長い」に関しては例外が一人居たようだ。それ以上のことは分かっていないらしい。
「そして二つ目だ。君、俺と一緒に来ないかい?」
唐突な誘いに思わず二度見してしまった。
「悪い話じゃない。気味悪がられることもあったろう、こき使われることもあったろう。君は特別なんだ、そんな生き方は似合わない。そうだろララ?」
「ああ」
ララさんはカウンター席でこちらも見ずに店主と酒を交わしている。しかし、オリバードさんの話はちゃっかり聞いているようだ。
「気味悪がられることもあったろう…」
こき使われることに関しては俺は何も思わなかった。
しかし、「ロボットみたい」だとか「人の心が無い」という発言には今までずっと悩まされてきた。どうすれば正解なのか、どうすれば何も言われないのか、ずっと分からなかった。
「さあ、君が決めることだ。俺と一緒に来ると言うならば俺の肩に乗ってくれ」
その後数分間、沈黙が続いた。
誰も一言も話さない。グラス内の氷が解けて、コロンと音が鳴った瞬間。
俺は飛び立った。
———
「スパロー、本当に遅いね」
「さては、オリバードさんと研究しだしたり…?」
「そのままオリバードさんと共に旅を?」
ノノさんとセトさんは笑いながら話していた。
「笑い事じゃないでしょ!」
家中に響き渡る。セトさんもノノさんも固まったかのように新聞を読む手、包丁を動かす手が止まった。
ラッキーが怒った。
その事実が、二人をどれだけ驚かせたのかは分からない。
「もし本当に帰ってこなかったら…同じように笑う訳!?」
弁論しようとしても、セトさんもノノさんも呆気にとられて口が動かない。
ラッキーが泣いているのだ。
「お父さん、お母さん、ごめんなさいしよ?」
マレンちゃんが椅子を足場に、ラッキーの頭を撫でる。
「ああそうだな、悪かったよラッキー」
「こんな冗談言ってごめんね」
息を荒らげるラッキーの方を向いて、二人は丁寧に頭を下げた。
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「スパロー遅いね、お姉ちゃん」
「絶対帰ってくるよ」
マレンちゃんを肩車したラッキーは、二階のバルコニーで夜空を眺めている。
「ほら、帰ってきたよ」
海陸風を追い風に、涼しい顔をして急降下する俺。
遠目だから分かりにくかったが、ラッキーの目から涙が見えた…ような気がした。