第十四話:人魚のすみか
「ねぇ、この海のどこかに人魚が眠っているんだって!」
根も葉もない噂である。これはマレンちゃんが言っているからまかり通っているのであり、一般ピーポーがこんな事を呟いてしまったら、ドン引きされてしまうだろう。
「それ、絵本の中の話じゃなくて?」
「違うもん!ホントにいるもん!」
被告人の部屋から『人魚のすみか』という絵本が見つかった、という弁護士側からの主張は「カンケー無い!」と呆気なく否定されてしまった。
「じゃあ、この海の近くにいるの?」
「絶対いるよ!スパローは信じてくれるよね?」
標的がラッキーから俺に変わってしまった。「後は任せたわよ」と言わんばかりのスピードでラッキーは部屋から出て行ってしまった。
人魚はいる、と信じているつぶらな瞳。
そんなものを食らってしまったらこちらも「いるよ!」と答えるしか選択肢は無い。
ロボットのようにカクカク頭を縦に振るとマレンちゃんは喜んでくれた。単純である。
「じゃあ、探しに行こ!」
マレンちゃんはいそいそと”人魚を探す”準備を始めてしまった。
困った俺は、助っ人を呼ぼうと考えた。
ラッキーは…先程戦線離脱していた。
セトさんは…ようやく釣りをやめて仕事に行った。
ノノさんは…朝一にブルーシティに買い物に行った。
残念ながら俺しかいないようだ。
マレンちゃんの無垢な夢をここで潰してしまうのも心苦しいが、現実を知ることも大切だ。
ここはラッキーに一肌脱いでもらって、「人魚なんて存在しないの」とハッキリ言ってもらおう。
その考えを胸に、ラッキーを探しに行ったのだが家の中に見当たらない。
その時、リーン、リーンと呼び鈴が鳴った。
ちょうど通りかかった俺はその勢いで誰が家の前に来たのか確認した。
これは…。
「コンロです!ラッキーいますか?」
俺は思わぬ助っ人を見つけた。
玄関越しから聞こえる声に反応してマレンちゃんはドタドタと階段から降りてきた。
「コンロ姉ちゃんだ!」
マレンちゃんは気付けば玄関まで顔を出しに行っていて、気付けば「人魚がいるんだって!」と話をしていた。この残酷な役割をラッキーに押し付けるのは少々痛々しかったが、コンロは純粋な女の子だ。自然に現実を突きつけることが…。
「本当に!?」
俺が思っている以上にコンロは純粋だった。
———
そこから一悶着あり、俺、マレンちゃん、コンロという何とも珍しいトリオで”人魚”を探しに行くことになった。
マレンちゃん曰く、三つ程心当たりがあるらしい。
一つ目はある孤島。人魚の主な休憩所になっているらしい。長距離を泳ぎ疲れた人魚が、その島の岩場を拠点に月を眺める。情景が既に絵本っぽいのだが、本人は「絵本の中の話じゃないよ!」と否認している。
二つ目は別荘から一番近い、海岸近くの岩場である。
人魚が血を狙って襲ってくる敵から身を潜めるために利用していた岩場らしい。何とも信じ難い。
三つ目は”ホワイトゾーン”と呼ばれる場所。
水色に染まっている海が、ある時一部が水色から真っ白に変わるらしい。そこがホワイトゾーンと言われていて、人魚が現れるとされている場所だ。…これに関しては確実に嘘である。
「じゃあ最初は海岸近くの岩場から行ってみよっか」
「うん!」
コンロもマレンちゃんの魅了に取り憑かれたのか、幾分楽しそうに見える。もしかしたら本気で人魚を見つけようと張り切って…いや、理論学校の生徒にそんな人はいない。そう思いたい。
岩場にはすぐに着いた。
人魚の手掛かりを探しに来たはずが、二人はヒトデをツンツンと突いて遊んでいる。いつもしっかり者のラッキーに引っ付いて生活してるため、調子が狂ってしまう。
「人魚の鱗とか落ちてないのかな〜」
「な〜」
ヒトデと戯れていたかと思うと、次の瞬間には人魚の鱗を探し始めた。本気に何を考えているか分からない。二人に便乗して、俺も探すフリをしておく。
無い、無い。あるはずも無い鱗を探すのは何とも耐え難かった。この点、コンロは必死に探していた。これも才能の一つである。
「人魚、もしかしていないのかな…」とマレンちゃんが悲観し始めた時だった。
「これもしかして…」
コンロは岩と岩に挟まっている”何か”を引っ張っている。スポッ!と音を出して抜けたと思うと、コンロは手に光輝く貝殻を握っていた。
「貝殻…なんでこんなに光って…?」
コンロとマレンちゃんはその貝殻をじっくりと観察している。遠目から見ている俺でも、光っていることは分かった。不思議なこともあるものだ、とその場を離れて俺たちは孤島へと向かった。
そしてマレンちゃんは「手がかり発見!」と息を吹き返していた。
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ボートに乗って孤島へ向かう事一時間。
「あら、コンロちゃんじゃない?」
ちょうどブルーシティから買い物を終えたノノさんと遭遇した。
「何しに行ってるの?」
「人魚を探しに!」
ノノさんは謎の返答をされて首を傾げている。
そんな彼女に構わず、俺たちはそのまま孤島へ向かった。
それからまた一時間後。
辺りは暗くなって来て月が出始める頃合になった。
夜空には数多の星、それに水面を明るくする月明かりにボートを静かに加速させるさざ波。
俺たちは人魚の事など忘れて、ただこの綺麗な景色をボーっと眺めていた。
「あ…あれ、本に書いてあった孤島だ!」
すっかり気を抜けてしまったのかマレンちゃんは絵本の中の話ということを自白してしまっているが、そんなことはもうどうでも良い。
波に連れて行かれるように、孤島に吸い込まれるように俺たちは上陸した。俺たちの別荘二つ分くらいの大きさしかない島だが、岩場と砂浜が存在する、れっきとした孤島である。
「この岩場に人魚がいたんだ!」
岩場ではしゃぐマレンちゃんを横目に、コンロは海を静かに眺めていた。
月明かりの反射光よって、水面は真っ白に輝いて見えた。数秒間、無言で海の中を眺めていたコンロには、何かが見えたのかもしれない。しばらくすると彼女は、光を失った貝殻をそっと岩場に挟み込んだ。
「コンロ姉ちゃん、そろそろ帰ろ!」
「だね」
マレンちゃんの一言によって、俺たちの冒険は幕を閉じた。
余談だが、マレンちゃんの世話をしなかったという罪でソファーで眠ることになった。代わりに、泊まりに来たコンロがラッキーのベットを使うことになった。
…自業自得である。