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第十三話:人の心

フォークタルト家の大黒柱であるセトさんの仕事の都合で二ヶ月間別荘に住まうことになったスパローたちは、リゾートを満喫していた。


本音を言うと、夏に訪れたかった砂浜。


不幸中の幸い、秋はまだ始まったばかり。立秋の時期だ。


まだ夏の暖かさが残っていて、少しは海を楽しめる時期である。


寝室の窓際で海陸風を浴びて涼んでいると、ゆっくり後ろのドアが開いた。


「これからブルーシティに遊びに行こうと思うんだけど、一緒に来る?」

珍しくラッキーから遊びの誘いを貰ったため、少し興奮しながら、丁寧に整えられた髪の毛に向かって思わず飛び込んでしまった。


「肩に…乗りなさい!」

彼女は物凄い速度で髪の毛に埋もれた俺を引き離した。このように、女性の髪へのこだわりは異常である。


海上都市、ブルーシティ。


世界有数の観光名所で、人口の規模も世界最大級。

住民の主食は勿論魚介類で、凄腕の料理人が民衆の前で華麗に魚を捌き、その場で刺身として売り出す。


その他にも、街の中央には高くそびえ立つ”ブルータワー”が存在していてその最上階にこの街を管轄する長が住んでいる。この街を作った創作者である。

その創作者は”伝説の建築士”と人々から称され、その姿を一目見ようと様々な国々からの来訪者が絶えないのだとか。




「…家から見えてはいるけど、実際はかなり遠いのよね。もうちょっと近くに建てて欲しかったわ」

ラッキーは必死にボートを漕いで、息を切らしながら文句を垂らしている。


「嬢ちゃん、今からブルーシティに行くのかい?」

気前の良さそうなおじさんがボートから身を乗り出して話かけてきた。


「そうよ」

「なら気をつけた方がいいぞ。最近、海賊が嬢ちゃんのようなべっぴんさんを連れ去る事件が起きているからな」

「ご忠告ありがと!」


ラッキーは海賊がいることなど気にも留めず、「べっぴんさん」と言われたことを喜んでいる様子。何と警戒心の薄い人なんだか。


そうこう言ってる内に俺たちはブルーシティの入り口となっている浅橋に辿り着いた。


想像していたよりも数倍長い浅橋には何百隻ものボートが停まっていて、思わず目を疑ってしまう光景が広がっていた。ラッキーはそんな光景に驚きながらもさっさとボートから浅橋に飛び移った。


街に入らずともここが世界有数の観光地だと分かるほどの人だかり。寒気がするほどの人の数に、つい顔を引きつってしまう。


「さ、まずは買い物ね」

そんな人混みをモノともせずラッキーは果敢に人が最も集まるとされている海上商店街まで足を運んだ。


「これが噂の…!」

目の前には”水の商店街”と呼ばれている、変わった光景が広がっている。


ブルーシティは街と街が四分割されていて、その境目には巨大な橋が建てられている。

その橋の下を何隻ものボートが通っており、そのほとんどが「店」である。

服を売っているボートもあれば、食品を売っているボートもある。買いたい商品があれば、陸から声をかけるかボートに乗って直接買いに行くか、の二択である。


「ボートで回った方が楽しそうね、一旦戻りましょ」

この意見には俺も激しく同意した。

陸には人が多すぎて、快適に歩けない。欲しい商品があっても呼び止めるのに苦労するだろう。

俺たちはやむ無く、ボートを出して別の入り口から入り直す事にした。



「おばちゃんー!その青色の服、頂戴!」

「そのマンゴージュース一つ!」

「そのネックレスも頂戴!」



…そうして数時間、俺はラッキーの私欲の為の買い物に付き合わされた。



———



「ふぅー、欲しい物いっぱい買えたね、スパロー」

俺は何も買えていないのに、何故か俺に同意を求めてきた。普段あまり我儘を言っておらず、両親はマレンちゃんに構ってばかりだからハネを伸ばしたかったのだろう、そう前向きな解釈をしておいた。


「じゃあ、歩いてブルータワー行ったら帰ろっか」

「キッキー!」

今日は何だか馬が合っている気がする。

ハネを伸ばしたかったのは、俺もなのだろうか?といつもの自分を思い返すが鳥小屋か鳥籠でゴロゴロしている姿しか思い浮かばない。ラッキーと一緒にするのはラッキーが可哀想だ。


人混みをかき分けながら、ブルータワーが見える方向に歩き続ける。「ほんっとに人が多いわね…」と段々疲れを見せてきたラッキーは、人通りの少ない道から向かおうと考えた。そんな彼女に、悲劇が起こった。


「おい嬢ちゃん、こんな所で一人かい?」


…明らかに海賊である。悪そうな顔、悪そうな服、悪そうな匂い…全てが悪に包まれている不審者に絡まれてしまった。


「あんた誰?」

状況を理解出来ていないのか、ラッキーは一歩も引かない。


「連れて行け」

男がそう呟くと、ラッキーの口は塞がれてしまった。


「ぐっ…何よあんた達…」と口を塞がれているのにも関わらずラッキーは喧嘩腰を貫いている。意外と落ち着いている様子だった。


しかし。


「その鳥も一応連れて行け!」と男が口にした途端、ラッキーの血相が変わった。


「手を出し…てみろ…本当に許さ…ない!」


その途切れ途切れの罵声に、俺は胸を締め付けられるような痛みを感じた。



…助けたい。



俺は今まで色々な人に雇ってきたが、そのほとんどに感情移入しなかった。全てビジネスの関係。その人がどうなろうと、別に知ったことでは無い。俺は自分の命のことしか考えなかった。


あの人から貰ったと言っても過言では無いこの命を、簡単に危険に晒す訳にはいかなかった。


しかし、それが足枷となり、雇い主から言われたある一言がずっと胸の中に残り続けていた。


「あいつ、ロボットみたいだよな。なんか感情が薄いっつーか”人の心”ってやつがないよな!」

「鳥なんだから人の心なんて求める方が間違いだよ」



人の心…?



あの時王子を助けたのも、あの時少女を励ましてあげたのも、ほんの気まぐれだと思っていた。


しかし今は…。


自分の意思で、ハッキリと言える。


「助けたい」と。


今更だが、考え直すと俺は王子を助けたのも、少女を励ましたのも、全て「助けたい」と思って自分の意思で行った事だと思えるようになった。人間と同じように”人の心”を持っていることに嬉しくなったからのか、目の前のラッキーが苦しんでいるのが痛々しいからなのかは分からないが。



…俺は泣いていた。



そして次の瞬間には、今まで出したことの無いほど大きな声で鳴いていた。


「何事だ?」

「何の鳴き声?」

「あれ、もしかして海賊じゃない?」


俺の声に反応し、わらわらと人が集まってきた。


「くっ…お前たち、逃げるぞ!」

ラッキーは解放され、海賊たちは逃げていった。

一件落着である。


「スパロー、家に帰ろう」

必死になって鳴き続けていた俺の嘴を閉じてニコリと笑ってくれた。

その笑顔を見ると、俺も自然と心が落ち着いた。



———



家族でテーブルを囲んで。


「…それでね、スパローがすっごい大きい声で鳴いてくれてね〜…」

自慢げに話してくれるのは喜ばしいが、何故だか少し恥ずかしかった。


これも”人の心”の一つである。









































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