先輩風と2日めの夕食
手のひらに収まりの悪い大きさの、少し大きい石を掴むとなにか奥の方で渦巻いているのを感じる。
きっとこれだ。
水面は流れが強そうなので石を握って川底を這って戻った。
流れが弱まったところで立ち上がり、カヨに石を渡した。
「うん、たしかに川底の石だね」
空にかざして観察する間、下着姿で風に吹かれると寒さで震えて歯の根が合わない。
「いいいいい、寒いいいいい」
慌てて服を着るとリュックからアルミシートを取り出して羽織った。
「そんな変なペラペラかぶってどうしたの?」
と訝しげに言った。
「これは、向こうの保温シートなんだよ、もう1枚あるから被ってみ?」
と震えたまま言いうと、そんな馬鹿な、と笑いながら僕のリュックから予備のアルミシートを取り出して羽織ってみた。
「おお、たしかに被ってるとほのかに温かい!」
と、驚いていた。
「カヨにお願いがあるの」
「何でも言って!」
「この鍋に水を出してほしいの」
「命の根源たる水よ、魔力を糧として空よりいでよ、清純な流れをこの手に、水!」
ミルクパンいっぱいに水を出してもらったので火にかける。
ガタガタ震えながら湯が湧くのを待つのに数分、ポコポコと湧いたお湯をステンレスのマグに移して飲む。
ほう、と息を吐き、やっと生き返る思いがした。
カヨは飽きたのか探しものがあるのか、ちょっと行ってくるね、どこかに行った。
白湯を飲みながらアルミシートを被って30分、やっと震えが収まった頃、カヨが戻ってきた。
「そろそろお腹が空いたでしょ!」
魚を河原におろした。
「とってきてくれたんだ、ありがとう、役立たずでごめんね」
「してあげたかったからやってるんだから謝らないで」
そう言ってニコリとした。
今日もカヨはかわいい
焼いては食べを繰り返し、白湯と焼き魚のおかげで温まって元気が出てきた。
「あとは火喰い鳥の尾羽根だね、もう昼すぎだから空飛んでいこう」
とカヨがいうので、すごく嫌そうな顔をすると、ニッコリと微笑んで
「うわー苦い顔ー、1人で8時間歩くのと2人で2時間半飛ぶのどっちがいい?」
「なんで1人で8時間?」
「あたしは1人で先に行かせてもらうからよ!」
と、胸を張った。
「あぁ、そうだね、よろしくおねがいします」
今度ははじめからカヨの背中側に周り、お腹に手を回して捕まる。
カヨは飛翔の魔法を唱えるとふわり、と浮き上がり火喰い鳥が生息しているという所に向かって移動を開始した。
空を飛んでいると会話をする時は声を張り上げないと届かないし、手が動かせないのでできる暇つぶしがなくて精々腕を締めてカヨの変な声を聞くくらいしかやることがない。
カヨはきっと飛ぶために色々制御してたりするのであんまりちょっかい出すわけにはいかないのだ。
川に入った疲れからか、睡魔に襲われ腕が緩むと落ちそうになり目が覚める、というスリル満点なうたた寝を数十分おきに繰り返してやっとの思いで目的地についた。
「今回は生きた心地がしなかった」
とがっくりと膝をついて地面の感触を確かめる。
「ユウはいつも大げさね」
カヨは笑うが今回ばかりは墜落してしまいそうだったんだから! と言おうと頭を上げると、いたずらっぽく笑って言った。
「眠たそうなのはわかってたから寝て落ちゃってもすぐに拾いに行けたからね」
「僕の命を弄ばれた!」
「やっぱり大げさだ」
カヨは改めて声を上げて笑った。
落ち着いてくると、やっと周りを見渡す余裕が出てきた。
ゴツゴツとした岩と砕かれた石ころだらけの岩山に降り立ち、山の上から麓をみると、まばらに草が生えて、もう少し遠くまで行くと木が生えていることから思ったより標高が高そうだ。
「ここ結構山の上?」
「歩いてのぼると半日以上かかるかな?」
「1人で歩いた場合の後半はこの山登りだったってこと?」
「そうだよ、飛んできてよかったね」
「じゃあ、薪集めてくるから適当にしてて」
飛翔の魔法で麓の方に降りていった。
テントを張るわけでもなく、薪がないと火だけあってもしょうがないのでできる作業はない。
膝を抱えて軽く目をつぶってカヨを待っていると、心地よい疲れがまぶたの上にのしかかってきた。
寝ているような、意識がある様なまどろみの中、なんだか変な気がして目を開けてみると、カヨの姿は見えなかったが、目の前に木が積んであった。
頭を上げて固まった背中を伸ばして周りを見渡すとカヨが隣りに座って僕の寝顔を見ていた。
「やっと起きた」
「気持ちよさそうに寝てたからいつ目が覚めるかなって思って観察してたの」
「寝顔見られるのって好きじゃないんだ」
面白くないので顔をそむけて言った。
「可愛かったよ」
そう言ってカヨは立ち上がり僕の頭をぐしゃぐしゃにかき回した。
この余裕がある感じがカヨの先輩風なのかもしれない。
「さ、食べ物探しに行きましょ」
膝を抱えて座る僕に手を伸ばした。
わざとしょうがないな、という顔をしてカヨの手をとって起こしてもらった。
「この辺では何がとれるの?」
声を潜めてカヨに聞くと
「前来た時は鳥を獲って食べたかな、あたしの杖作る時にね」
「だから色々知ってたんだね、さすが先輩」
まあね、と、得意げに笑った。
「あ、飛ばす石は拾って来てね、下の方はあんまり石拾えないからね」
少し降りて植生が代わり草が生えている箇所まで来ると、
「この辺から石が拾えなくなるのよ、で岩山の上から草の間にいる虫を食べるためにここまで降りてくるんだってさ」
カヨがほら、と指差した。
大きめの鳩か雉の様な秋だからか、丸々と太った灰色の鳥が飛来した。
「あの石飛ばすのでやれないかな、あたしあんまり攻撃に使える魔法知らないのよ、おばあちゃんが教えてくれなくて」
しょんぼりとそう言った。
無茶しそうだもんね、わかります。と心のなかでおばあさんに同意した。
「がんばるよ」
飛来した灰色の鳥を狙ってスリングショットを引き絞った。
外すと晩御飯がなくなってしまうので持ってきた石ではなく、鉄の玉を使う。
10メートルは離れていないので気づかれなければ命中するはず。
僕とカヨの晩ごはんのために! と気合を入れて指を開いた。
鉄の玉はバチュン! という音を立てて灰色の鳥に吸い込まれていった。
「さすがね!」
猟犬カヨは岩陰を飛び出し、獲物を回収しに走った。
獲物を回収してきたカヨは次の獲物を探した。
僕はカヨについて歩き、カヨの支持に従いスリングショットで鉄の玉を放ち、2羽目の獲物を仕留めた。
カヨは意気揚々と獲物の首を掴みキャンプへと戻った。
僕はというと、仕留めるだけはできるけど、生き物を触れないので羽をむしるのも洗うのも内臓を処理するのも全部やってもらって流石に不甲斐なさを感じていた。
カヨが鳥の処理をしている間、石はたくさんあるのだから、と石を組んでかまどを作って着火剤とファイアスターターに鳥の羽を使って火を起こした。
丸く囲ってしまうと、片側しか温まらないので2人で火に当たれるよう開口部を2箇所作った。
僕の持ってきた塩胡椒を適当に振って串を刺したあの鳥を遠火に当てて2人でグルグル回してローストする。
初めての共同作業です、と僕の頭の中でナレーションが聞こえた。
表面から脂が滴り落ち、いい匂いをさせながら、それでもまだ火が通りきっていないのでまだまだ食べられないあの鳥。
ぐるぐる回すのも疲れてしまったので背中側から火が当たるようにして放置。
しばらくしたら腹側から当たるようにすればきっと問題はないさ。
待っている間、カヨの素材集めの時の話しを聞いたりした。
しばらくして、鳥をおろして半分に割ってみると中まで火が通っていたのでやっと食べられる、と僕の胃袋が歓喜に打ち震えた。
が、タンパク質だけ丸ごと1羽というのは流石に多かった。
「2人で1羽でもよかったかもね」
「そうかな、半分だと足りなかったかもしれないよ」
キャンプももうなれたもんで、しかも岩山だと森の中や草の中のように虫への警戒レベルを落とせると思うと楽だった。
さっさとうがいをしてカヨと一緒に就寝する。
明日には火喰い鳥の尾羽根を手に入れて帰らなくてはならない。