樹上でキャンプ
カヨは回りを見渡すと、直径2センチ弱、長さ30センチくらいの若い枝をごめんね、おばあさんから預かってきた魔法のナイフで切断した。
ナタの重さとカミソリの切れ味で女性の腕力でも取り回しのしやすい魔法のナイフ。
ぜひ一振りほしい。
もう夜というほど遅くはないが、夕方と言うには遅い、そんな時間なので、カヨが言うようにキャンプにする。
太い枝はそのまま横になっても転げ落ちる心配がなさそうで安定感があるが、枝の上だと火が使えないんじゃないの? と聞くと、ランタンは借りてきたよ。直径5センチくらいの円筒形のものを取りだした。
缶詰みたいだな、と思うと、杖でコンコンと叩き、開けと言うと、缶詰型ランタンが上下にわかれ、光れというと上下に別れた蓋の間に明かりが灯った。
「ほー、コンパクトでなかなかに便利だね」
というと、キョトンとした顔をしたので、
「小さくて便利だね、向こうのはここまで小さくてここまで明るいのはないんだ」
と言い直すと、得意げな顔で、でっしょー! と、言っていた。
「そういえば、食料は現地調達って言ってたけど、木の上では何が食べられるの?」
「長老の木の実が絶品だよ」
そう言って勢いよく立ち上がると、身軽に木の枝から枝に飛び移って下の方に向かった。
しばらく待つとふわふわと宙を飛んで帰ってきて
「2個ずつ4種類取ってきたから食べよ」
柿と桃と林檎と梨を2つずつ転がしてみせた。
「4本の木がくっついてるの?」
と聞くと、なぜか1本の木から10種類くらいの果実が取れるんだよ、と教えてくれた。
「桃は季節じゃないから柔らかくなっちゃってるね」
桃を優しく持つと、皮を剥くような手付きでナイフを横向きに差し込み種ごと半分に切った。
もしかして桃の種は熟すと柔らかくなるのかな、とカヨの白くて細い手を見ているとスプーンと一緒に半分に割った桃を渡してくれた。
「ん、ありがと」
半分に割れた種をスプーンでえぐって外し、果実を食べる。
やっぱり種は硬かったので、魔法のナイフがすごい。
品種改良されていない果実なんて、酸っぱいか味が薄いかのどちらかだと思っていたのだけど、ものすごい甘みで向こうで買うと1玉800円を超えるんじゃなかろうか!
「甘い! 美味しい! すごい!」
「ここに成る実だけがすんごく甘くなるの、この味知ったら外でなんて食べられないよ」
機嫌良さげに次は柿に手を付ける。
ちょっと渋みがあるけど、これも熟す前なのに熟してるみたいに甘い。
果物は硬い派なので熟した桃も美味しかったけどこっちの方が好みだった。
次はなにがいいかな? とりんごを剥こうとしていたので、
「りんごはそのまま食べるのがすきなんだ」
1玉そのままもらってかじりつく。
カヨはいつもはちゃんと皮を向いて食べてるらしいが僕の食べ方を見て恐る恐るかじりついた。
「皮、美味しいよね」
というと、シャクシャクと咀嚼しながらカヨがこくん、と頷いた。
りんご1玉と、桃1玉、柿半分、美味しくて正直食べ過ぎた。
こんなに美味しいのにすぐにパンパンになってしまった胃袋に軟弱者、と呪詛を投げかけ、寝ることにする。
寝袋を出して寝る準備をすると、
「そのまま寝ちゃだめだよ、ちゃんと歯磨きしなきゃ」
「え? 歯ブラシかなんか持ってきたの?」
と聞くと、杖で僕の腰を指したのでその先をみてみると、練習用の杖があった。
「見ててごらんなさい、過去の遺物、不浄なる汚れを洗い清めん、洗浄」
気取って言うと、上を向いて口の中に浄化の水を流し込んでから枝の下に向かってぺいっと吐き出した。
「おおー! なるほど!」
と感動し、洗浄の魔法でうがいをした。
洗浄の魔法のおかげで魔法使いには虫歯がないらしい。
「服とかにも一応は使えるんだけど、乾かさなきゃいけないからいつでも便利にってわけにもいかないの」
そうデメリットについて教えてくれた。
ランタンを挟んで向かい合わせ横になって眠くなるまで話をした。
魔法の事、向こうの世界の事、カヨの父方のひいおばあちゃんは異界の人だという事、来たときから恐ろしい向こうには帰ろうとは思わなかった、とおばあちゃんに話したのを教えてくれたんだと言った。
「街を焼くほどの強い魔法が使える魔法使いが何十人も来て空から炎を落としてくる恐ろしい場所なんでしょ?」
暫く考えおそらく空襲だということがわかったので、
「すごく、昔の話ね、ひいおばあちゃんが子供の頃くらいの昔に、そういうことがあって、それからひいおばあちゃんの国は頑張って豊かになったんだよ」
「一度行ってみたいけど、行ったら何年も帰ってこれないのは困るんだよね」
と口を尖らせた。
「遊ぶものはいっぱいあるけど暮らすならこっちかな」
というとそう? と、考え込んだ。
ランタンに照らされるピンクの唇がかわいい、と見とれていると
「ユウってちょくちょくあたしの顔見てるよね、なんか変な所ある?」
と言われてしまい、焦る。
正直、無意識に目で追ってしまっているのでバレるいう想定外の事態に何か言い訳を、と考えてなんとか絞り出した。
「カヨの目が銀色で珍しくて綺麗だなって思って」
カヨは目を見開いてみるみる真っ赤になってしまった。
「ああああ、ありがと。
母方の、おじいちゃんの目が、銀色だったの」
僕から目を反らして消え入りそうな声で答えてくれるカヨが可愛くて、頭に血が上って来るのが自分でもわかる。
なんだかそわそわしてしまって、明るく話をする感じでもなくなってしまったのでランタンの明かりを落として寝た。
正直な話、とてもじゃないけど寝られそうになかった。
顔が燃えそうなくらい熱くて心臓が痛いくらいにドキドキする、もうこれはだめなやつだ。
こうはならないようにしてきたのに異世界で不意打ちだなんて神様もひどい。
もう今日は寝られないと思っていたのは気のせいでした。
目が覚めた時に、カヨも起きたばかりらしく洗浄の魔法でうがいをしていた。
僕も、と洗浄し、ひらめいたのでカヨに両手を出して洗浄の水をもらって顔を洗った。
昨日取ってきた梨をそのままかぶりつき、普段食べていたスーパーの梨じゃありえない甘さと香りを堪能した。
でも梨の丸かじりは皮が硬いので少し苦手。
カヨが出発前にりんごを補充してきた。
「さ、次は森ネズミのしっぽと川底に石を取りに行きましょ」
飛翔の呪文を唱えたカヨの腰に捕まって地面に降りると、長老の木の下は日光があまり届かないので木が生えていなかった。
膝くらいの高さの草の中を歩いていると、カヨがしゃがめ、とジェスチャーした。
腰をかがめると、今度は遠くを指さしたので見てみると、
しっぽを除いた大きさが30センチくらいある大きなネズミが辺りをキョロキョロと見回していた。
カヨが指をさしてから、お尻の後ろで手をぴょこぴょこ動かした。
どうやらあれが森ネズミらしい。
僕はスリングショットを取り出して手近にあった石ころをひろうとスリングショットにセットして全力でひっぱった。
カヨが固唾を呑んで見守る中、僕の放った石ころは森ネズミの肩の上か首の辺りに当たり、痛みで気絶したか仕留めたかわからないが、森ネズミが動かなくなった。
カヨは親指を立てると、魔法のナイフを抜いて森ネズミに近寄ってしっぽを切断した。