閑話1-1 はじめての
カヨに告白して3ヶ月。
事ある毎にかわいかったよと言われることに未だに慣れず、恥ずかしくてやめてよバカ! っていうと余計にカヨは嬉しそうに僕の頬をツンツンして喜ばせてしまっている。
カヨは家から通いで半住み込みの様な生活を送り、僕は師匠の家でこちらの生活のことを教わりながら師匠の身の回りの世話をしながら過ごした。
元々色々教わっていたカヨに追いつくのはまだまだ先になりそう。
でもカヨは魔法を使うのは好きだけど魔法陣を書くのは地味だから好きではないらしい。
魔女の弟子として覚えることは多い。
生活魔法と言われる魔法の初歩、悪しき力から身を守る中級、悪しき力をねじ伏せる上級の魔法を覚え、魔法陣を書き、魔法陣を書き込む素材を扱えるようになり、力を借りる精霊の名前を諳んじられるようになる。
1つ1つゆっくりと、確実に覚えるんだよ。という優しい師匠。
まだまだ生活魔法の一部しか使えないし、魔法陣も初歩の物をいくつか暗記して、覚えはじめの物はまだ写して書かないといけない。
「そんなんじゃ婚約の証の腕輪を作るのなんて相当先になりそうだね」
そう言って楽しそうに笑う師匠。
ここでは結婚するときに最高の贈り物をし合う風習がある。
元々は魔法使いや魔女が始めた習慣と言われ、
商人なら自分の扱う商品の中で最も高価な品を、兵士や農業なら自分の買える物でもっとも高価な物を送って自分の愛と覚悟と価値を見せ、様々な命の危険の多いこの世界でいざという時は売ってお金にしてほしいと伝える。
魔法使いや魔女の場合は、自分の揃えられる最もよい素材で、最も精密な魔法陣を書き、すべての災からパートナーを守り幸せを願う魔道具を作って送ることになっている。
今日も魔法陣を教えてもらいながらずっと聞いてみたかったことを支障に問いかけてみる。
「ずっと気になってたんですけど、急に来て急にカヨと婚約したいって変に思わなかったんですか」
「世界で起こることはなにかしら必ず意味があるの、一見急だったり意味がない様に思うことがあるかもしれない。でもね、女神様と精霊が起こすことに無駄なことなんて一つとないの。慌てず冷静にありのままを受け止めて意味を見出すのよ。覚えておきなさい、魔女の心構えよ」
驚きはしましたけどね、と笑って僕の手の甲をなでた。
「ユウは魔法陣を嫌がらずに覚えてくれるから嬉しいわ」
師匠のところには時々お客さんが来る。
病気になったので薬がほしいやお守りがほしいと言った物で薬研を用意したり魔法陣を書き込む前の空のお守りを用意したりする傍ら、書き方を教わりながら同じ魔法陣を書き写してみる。
お客さんが来ていないときは一緒に表にでて魔法を使う練習をしたり、薬草を集めたりして穏やかに過ごしていた。
カヨが来たときも同じ様に表で魔法の練習をしたり、机に向かって魔法陣の練習をしているのだけど、どうにもカヨは机に向かうより外に出た方がやる気を出すので、最近はカヨが来たときは魔法の練習より魔法陣を多めに練習するようカヨには知らされず予定を変更している。
1人だと魔法陣を覚えるのを嫌がるけれど、僕と一緒だと渋々でもちゃんと向かってくれるからと言って師匠はいたずらっぽく笑って言っていた。
「あたしは風と火が強いからこういうことが苦手なのよ。ユウは水と土の性質が強いから魔法陣を書くのが苦じゃないみたいで羨ましい」
むくれながらも一生懸命魔法陣を写し書きをする。
「僕はカヨみたいに派手な魔法とか自分で使っててもびっくりしちゃうからこうして魔法陣書いてたほうが落ち着くよ」
「落ち着くのが一番って言うんだからやっぱりユウは水と土の性質の子なのね」
魔女の弟子として魔女見習いになってすぐの頃。
毎日使っているはずの種火の魔法の練習をするよ、外に連れ出された。
これはかまどに火を入れるのに使うくらいの簡単でだれでも使える様な魔法なのだけど。
詠唱をしながら込めれるだけ魔力を込めて空に向かって放て、というなんの意味があるのかわからない練習をしたときのこと。
「種火!」
このとき叫びだして漏らさなかった僕をだれか褒めてほしい。
普通なら杖の先からライターよりちょっと大きいくらいの炎が吹き出す程度の魔法なのに魔力を込めた種火の魔法は噴火でもしたのかと思うような炎が吹き上がったのだ。
師匠はすごいすごいと喜び、カヨは初めて花火を見た子供のように大はしゃぎした。
「ワクワクした方が楽しいじゃない」
「いつもそんなんだと疲れちゃうよ」
いつもそんな感じで無駄話をしながら2人で新しい呪文や魔法陣を勉強したりする。
半月くらいカヨが通ってこなくて心配していると、突然大荷物を抱えたカヨがしばらくいることにしたわ!と泊まりに来たときのこと。
3人で晩ごはんを食べて、家のことを愚痴るカヨとはいはい、と話を聞く師匠を横目に僕は食器を片付ける。
なんでもお父さんはカヨが魔女になるのを快く思っていないらしい。
魔法を使えるのはステータスなのに魔女になるのはよくないという矛盾したようなことをいう。
意味がわからなかったので詳しく説明してもらうと、魔法を使う職業というのは2種類。
魔法使いと魔女。
魔法使いは魔法使い協会にある学校に通って卒業後、そのまま協会に所属し、魔女は師匠について魔法についての勉強をする。
入校資格は男であること、魔力があること。
買い出しで街に出たときに入校生募集のポスターを見て顎が外れるかと思った。
本当に魔力があることより男である方が先にあいてあったんだから!
魔法使いは生活に必要な物を作るクリエイティブで才能に溢れた素晴らしい開かれた職業で、魔女は閉じた世界でなんだか怪しげなことをするネガティブなイメージが付いてしまっているらしい。
やることは同じなのに、と愚痴っていた。
本来の意味だと魔女も魔法使いなんだけど、イメージ戦略のために別物にされてしまったのだろう。
こっちの世界はなんだかんだで男社会で女性の社会進出を快く思わない層も多いと聞く。
女は縫い物、染め物、給仕に売り子くらいで、危険な仕事、力が必要な仕事、頭をつかう仕事は女にはできないなんて聞いて力はともかく頭なら関係ないでしょ! って憤りはするけど、変えることができたとしても僕になにかできるとは思えない。
そういうことなので、一方的に不利益を押し付けられるのなら押し付けて自分たちに都合のいいようにしてしまおうということもあるのだろう。
いつも明るくて元気なカヨも、こうして落ち込んでしまうと切り替えができずにクヨクヨといつまでも同じことを悩んだりする。
前に気にしてもしょうがないよと慰めたらユウにはわからないと余計に拗れさせてしまったので、今回はうまくやりたい。
ひとしきり愚痴ってそれでも晴れないらしく、僕の部屋にくると2人でベッドに座ってお父さんはわかってくれないという話を聞く。
魔法が使えるんだから花嫁修業をしてさっさと貴族に嫁いでほしいと思っているらしい。
魔女になるし、相手はもう自分で見つけたというと、そこでもまた揉め事が起きるのでまだ僕とのことはカヨの家族の中では師匠しかしらないんだそうだ。
事情は聞いたけれど、親に言えない相手、というとまたトラウマを刺激されてショックを受けてしまい心臓がぎゅっと締め付けられ、眼の前が真っ暗になった。
「ごめんね……。言うともう家から出してもらえなくなるから既成事実を作るしかないの……」
「既成事実? 子供をつくるってこと!?」




