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「間違いなくリサが書いたものだよ」
「一体、いつ?!」
ディランの言葉に、リサが噛みつく。
でも、その筆跡はリサのものには間違いがなかった。
「この間の、王立パーティーの時に」
ディランが飄々と告げる。ディランの言っている王立パーティーには覚えがあった。
城で勤める人間たちも招待されていた。
ちょうど2か月前。
たしかにあの時、リサは酔っぱらって、少々記憶があやふやではあった。
その時だと言われれば、絶対違う、とはリサも言えなかった。
だが。
「ディランには、婚約者がいるでしょう?」
リサはだから、ディランのことをそういう対象として見たことはなかった。
「ああ、正確には、いたね」
悪びれることもなく告げるディランに、リサはムッとする。
「私と結婚しなくても、その婚約者と結婚すればいいじゃないの!」
ディランがおかしそうにリサを見る。
その表情に、リサはますますムッとする。
「何よ」
「何だか、嫉妬しているみたいに聞こえるね?」
「何言ってるわけ?! 私は、勝手に結婚してる事実に怒ってるのよ!」
「私と結婚するのは、いやかい?」
ディランの質問に、リサは目をむく。
「いいとか、いやとか、そういう話をしてないの! 婚約者がいるのに、どうしてこんなことをしたんだって聞いているの!」
「私が結婚したのは、その婚約者となんだけどね」
ディランの研究室に、沈黙が落ちた。
「え?」
リサはディランが言ったことが、理解できなかった。
「だから、私は婚約者と結婚しただけだよ、と言っているよ?」
リサはそれでも混乱したままだ。
「ディランは婚約者と結婚した?」
意味が分からなかった。
「そう。私の長年の婚約者であるリサと、昨日結婚が認められたんだよ?」
リサが首を傾げる。
そして、次の瞬間、リサの叫び声が研究室に響いた。
リサの行動などお見通しのディランは、耳を塞いで難を逃れる。
「……一体いつ、私がディランの婚約者になったの?!」
ゼイゼイと息を切らせるリサに、ディランは首を傾げる。
「少なくとも、私が知る限り、初めて学院の研究室で会ったあと、だね」
その顔は、全く笑っていなかった。
「当事者である私が知らなかったんですけど?!」
そんなことがあり得るわけがないと、リサは思う。当事者なのだ。しかも、第3王子との婚約。そんなことを知らないまま5年もいられるわけがないと思う。
「当事者には何度も説明したんだけど、理解してくれなくてね。周りはみんな知っていたよ?」
「は?」
「リサの父上も母上も、リサが全然理解しないことに困っておられたね」
「はぁ?!」
リサの両親とディランが顔を合わせたことはあった。ディランは第3王子ではあったが、庶民とも気兼ねなく交流する質だ、とリサは理解していた。ただ、それだけだった。
「でもね、リサはずっと結婚誓約書にサインするのには拒否してて、なかなか話が進まなくてね」
でもね、じゃないとリサは思う。ディランが時々結婚誓約書にサインしないかと声を掛けてくるのは、ディランなりの冗談なのだと思っていた。あれが本気だと思っていなかった。それに、たとえ本気だと感じたとしても、サインを書くのには抵抗しただろう。だって、婚約者がいると思っていたからだ。
「質の悪い冗談だとばかり……」
「だろうね」
ディランはリサの思考回路も十分理解していたらしい。
「えーっと、それなのに、どうして私、サインしちゃったのかしら?」
「リサが酔っぱらっているのを見計らって、ちょっとズルをしたなとは自分でも思っているけど、でも、ここに記入したのは、間違いなくリサの本音だよ?」
ディランの傍に一生いたい。
リサの心の奥底に沈めていた願いは、どうやら顔を出してしまったらしい。
リサは赤面して顔をディランから背けた。
そのリサを、ディランは愛おしそうに抱きしめた。
完
楽しんでいただければ幸いです。
次の転載は11月1日の14時に公開を始めますので、よろしければどうぞ。