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「おめでとう!」
朝、職場である王城に着くと、リサ・ムースは、魔導士仲間であるイッセ・ケインドになぜか祝われた。
「何が?」
リサは、制服でもあるローブを翻すと、後ろを歩いていたイッセを見る。
「何がって、祝うのはひとつしかないでしょう?」
リサはイッセの言葉に首をかしげるしかない。
「全然心当たりがないんだけど」
全く心当たりのないリサは、真顔で答えた。
「またまた……まさか、新婚早々、喧嘩なの?」
シンコン。
リサは言葉が文字に変換できなかった。
「どういう意味?」
怪訝な表情のリサに、イッセは肩をすくめる。
「図星って訳ね。まあ、いつものことだけど。結婚したからって、変わるわけないわね」
「結婚って、誰が?」
リサが首をかしげる。
「リサでしょ?」
「はー?!」
リサの叫び声が、廊下に響く。
リサの反応も当然だった。
昨日まで、いや今の今でも、リサには婚約者も付き合っていた相手もいなかったからだ。
だが、リサの反応に、イッセはため息をひとつついただけだ。
「よっぽどひどい喧嘩だったみたいね」
リサは頭痛がしてきた。
全くイッセと会話が成立している気がしなかった。
少なくとも、リサは昨日から今日の記憶はしっかりあった。
いつもと変わらない日常。それにつきた。
なのに、朝来てみたら、結婚したと言われている。
そんな事実はどこにもなかった。
「いったい誰と結婚したって言うのよ」
リサはあきれた声を出した。
「ディラン殿下と」
「はぁー?!」
リサの声がまた廊下に響いた。
あまりの大声に、イッセが耳をふさいだ。
「一体何だって言うのよ。昨日の喧嘩の原因は何なの?」
イッセが首をふる。まだ鼓膜がビリビリとしていた。だがリサはイッセに返事をすることなく、ローブをはためかせ踵を返した。
「リサ?」
ムッとした表情のリサは、イッセの呼び掛けに振り返ることもなく、廊下を進んでいく。
廊下を進むリサは怒っていた。
ディラン・アリケート。アリケート王国の第3王子。そして、リサの同僚。言ってしまえば、魔法学院の後輩。
そのディラン・アリケートは、学院で後輩になってからリサにとってはいい議論相手だった。まあ、それが発展しすぎて喧嘩になることもあったが、概ね良好な関係だったと言えるだろう。
だが、単純に後輩だっただけで、付き合っていたような事実は一切なかった。
ディランには、学院時代から婚約者がいたからだ。