見つめた先
学校の帰り道、大好きな後ろ姿が見えた。いつもならすぐにでも声を掛けに行くのに、今日は足が動かない。
わたしと彼の関係は変わってしまった。
彼の優しさに触れた時、ずっと隠していた気持ちが形を持って口から零れた。その時彼は酷く驚いた顔をした。動揺と焦り、ほんの少しの拒絶。その表情を見た瞬間、後悔が押し寄せた。
「ごめん」
この言葉だけが今も耳の奥で響いている。胸が苦しくなって、自分でも驚くほど大量の涙が溢れた。夕日も沈み、月が昇り始めた薄暗い夜道を、想いを散りばめるようにただひたすら走り続けた。このまま消えてしまえばいい、と強く願いながら。
彼に想い人がいることは知っていた。だから、自分の気持ちを伝えるのは卒業するまで我慢しようと決めていた。それまでは良い友達でいようと。彼からその子の相談をされようと、嬉しいことがあったと目一杯の笑顔で話をされようと、彼が幸せならそれで良いと、必死に自分に言い聞かせた。毎日、毎日。
それなのにどうしてあの時、いつもはしないような優しさを見せてきたのだろう。こっちの事なんか見向きもしていなかったのに、あの子のことばかり考えていたはずなのに。
一欠片の優しさが、温もりが、想いを引きずり出した。
後ろ姿を見つめていた視界がボヤける。溜まっていた涙が溢れないように、ぎゅっと強く唇を噛んだ。
あの日から数週間、彼女は全く話しかけてこなくなった。避けているわけではないが、近づいてくることもない。微妙な距離感になんだかイライラする。
あの日、彼女にはいつもの元気が無くて、どこか寂しげだった。そんな姿を見て思わず、彼女の頭に手を伸ばしてしまった。その時彼女はとても驚いた顔をした後、嬉しそうな、悲しそうな、どちらとも言えない笑みを浮かべた。そして俯きながら、震えた声でぽつりと呟いた。
「好き」
自分のせいだってことは分かっている。あの時、彼女からの言葉を聞き、酷い表情をしてしまった。動揺と焦りで残酷な事しか言えなかった。それを今になって後悔している。
教室での彼女の笑顔は以前のように輝いていない。いつもどこか、無理をしているような作り笑いをする。あれも俺のせいなのだろう。
こんなにも彼女の事が気になっているのは、好きという感情が芽生えたからではなく、同情からくるもの。とことん最低な男だ。こんな気持ちになるのなら、好きになればいいのだ。でも、そんな簡単に好きになれるほど人間の感情は甘くないことは、自分が1番よく解っている。
好きな人に振られる辛さは俺にも解る。ただ、それを身をもって知る勇気が無くて、でも彼女にはあって。それが羨ましかった。いつか、いつかと先延ばしにしている自分が情けなくなる。
立ち止まって空を仰ぐ。一筋の飛行機雲が綺麗な直線を描いていた。