高宮篩はふるわない
クラス替えがあった。
つまらない、ただただ私の奴隷の面子の顔が総入れ替え、或いは一部入れ替えされるだけの通過儀礼。
誰もが私に傅き。
誰もが私に阿る。
変わらない日常。
中学2年生になったからと言って、特段、私の周りに変化は起きない。
いつも通り。
私はクラスの女王であり続けるだけだ。
私はそう思っていた。
憂鬱と退屈は、演技で誤魔化す。
お嬢様らしい顔はお手の物だ。
――だから私は、彼がそのクラスに所属した事を、あたかも運命のように感じた。
◆◆◆
「三十路 兼嗣です……好きなものは……特にないです。
嫌いなものは……女の子、かな……」
そのプロフィールにクラスの誰もが眉を潜めて、不思議に思った。
女の子が嫌い。
そんな事をわざわざ自ら喧伝するとは、己から女子に距離を置いて欲しいという宣言なのか、はたまた天邪鬼なアピールなのか。
私は同じような顔ばかりの、その他大勢だらけのクラスに於いて、彼の特異性を認めた。
彼は何かが違う。
私にとって、その時はただ物珍しい生き物を観るような感覚に過ぎなかった。
卑屈で、怯えたような、何処にでもいそうな男子。
何が違うのかと言えば、彼は私に魅了されなかった。
私がクラスで自己紹介すると、初見の男子はおおよそ私に好意めいた視線を向ける。
そこまで行かずとも、興味は示す。
だが。
三十路兼嗣は、私を見ていなかった。
私は興味をそそられた。
人間に、他人に興味を示すなんて、いつぶりだろう。
気付けば私は彼に、声を掛けていた。
「初めまして、三十路 兼嗣くん。私は、高宮 篩よ。先程も自己紹介はしたけれど、君は上の空のようだったから、改めて、ね」
私は出来うる限りの親しみ易い笑顔を作り、にこやかに話し掛けた。
至近距離で私のこの所作に落ちなかった男は、かつて誰もいない。
さて、彼はどういう反応を示すか、と楽しみに観てみれば。
「あぁ……うん、よろしく……」
……………………それだけ?
私は心がザワついた。
何故だ。
この男は何故、私に微塵の興味も示さない?
つまり……先程の『女の子が嫌いだ』というのは、修辞法ではなく、言葉通り、真実、嘘偽りなく、そのまんまの意味合いだとでも言うのか?
馬鹿な、有り得ない。
私に興味を示さない男がいるなんて。
生物学的に、有り得ない。
男は女を求める。
より優秀なメスの遺伝子を求める。
それが自然の摂理だ。
私以上に優れたメスは、少なくともこのクラスに於いて皆無だ。
それなのに彼は私を求めない。
おかしい。
理解出来ない。
理屈に合わない。
私は0.01秒の間に思考を巡らせ、結論付けた。
……そうか。
彼はきっと、メスを求める機能が欠落しているのだ。
人間として不完全。
だが、それならば。
私が彼の不完全を完全にしてあげようじゃないか。
私に出来ない事はない。
私を愛さない男はいない。
良いだろう。
ここで君に逢えたのも何かの縁。
――いえ、きっと運命。
私は君が私に興味を示し、愛するよう、修正してあげる。
オスとして正しい状態に。
人間として当たり前の機能を取り戻させてあげる。
そう思った私は、彼に言っていた。
「ふふ、三十路くんは、随分と足りないのね。私が君を、充足させてあげるわ」
彼は私に、感謝の意を示すだろう。
そう思っていた。
しかし彼から向けられた視線は、理解を拒否する目。
奇異の目、だった。
「高宮……さん、悪いけど、何を言ってるのか、分からないんだけど……」
私には彼の言葉こそ理解出来なかった。
ふむ。
もう少し言葉を重ねてみるか。
私は少しだけ思案して、彼に言う。
「……三十路くんは、私に興味を示さないようだから、人として欠落したものがあると思っているの。それを私が治してあげる……と言えば、理解できるかしら?」
それを聞いた彼は流石に得心するだろうと私は踏んでいた。
ところが。
「お前……何を言ってるんだ……?」
私は驚いた。
中学2年生にもなって、その程度の読解力もないとは、中々に致命的だ。
ううむ。
「言っている事が難しかったかしら……」
私がそう言うと、いよいよ彼は怯え出した。
「難しい、とかじゃなくて……高宮さんに興味を示さない事が人として欠落してるって、その論理が意味不明、なんだ、けど……」
彼は何を言っているのだろう。
私は不思議に思って、同意を求めてみる。
ごく当たり前の、自然の摂理について、問い質すように。
「……? だって、人間のオスであれば、私に興味を示すのは、当たり前の事でしょう?」
彼は後退りし、私を恐ろしいものを見るかのような視線で見据え……いや、目を逸らし始めた。
「何なんだ……何なんだこの女……くそっ、僕の周りにはなんでこんな理解不能な女しかいねーんだ……いや、ここまで理解不能な奴は初めてだ……」
彼は何やらブツブツと言い出す。
情緒不安定なのかしら。
私は彼に笑いかける。
「心配しないで。直ぐに正常に戻してあげるから」
だが、そこで彼からかけられた言葉は、私の怒りに火を付けた。
「た、高宮、お前、頭おかしいんじゃないか? 僕は正常だし、お前の言ってる事、何一つ分かんねえよ。理解不能だし、意味不明だ。僕に分かる言葉で話してくれ」
頭、が、おかしい?
……聞き捨てならない。
高宮家の跡継ぎとして、ありとあらゆる英才教育を施された、この私に向かって。
言うに事欠いて、頭がおかしい、とは何事だ。
人間として不完全な、欠落を抱えたオスの分際で。
人が優しくしてあげているのに、何という言い草だ。
これは、温厚な私も流石に許し難い。
「……度し難いわね、三十路くん。君の愚かさは、やや強引な手段を用いてでも矯正すべきね」
この欠落したオスの機能を修正するには、手間暇がかかりそうだ。
まあ、しかし私に出来ぬ事などない。
見ていなさい、三十路くん。
君の足りない部分は、私がキッチリと埋めてあげる。
私はそう決意した。
(終わり)
ども、0024です。
なろう側ではちょいとぶりですね。
本小説は、ノクターンに投稿した、以下小説のスピンオフです。23話に登場したヒロイン『高宮篩』にフォーカスし、彼女視点で描かれた物語です。
↓ 女性恐怖症の僕がハーレムに放り込まれたら。
https://novel18.syosetu.com/n0601gp/
↓ 23.高宮篩は愛されたい
https://novel18.syosetu.com/n0601gp/24/
高宮篩は、僕にとってある種の奇跡みたいなキャラクターです。
勢いで産み出した結果、トチ狂ったメンヘラ+ヤンデレヒロインになりました。
……彼女視点で物語を構成すると、それに加えてサイコパスみがありますね。
怖い。話の通じない相手って怖い。
彼女は作中で『改心』し、最終的にはもう少し丸くなるんですが……それはそれで噛み合わないというか、ツッコミどころ満載の発言をしてくれるキャラになって美味しいです。
改心後の話は、気が向いたらまた。
ではでは。




