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反撃の狼煙と戦う覚悟

 みんな死んでしまった。ゼミの皆が助かったとは思えない。政治はバケモノに踏みつぶされて死んだ。四郎も生きてはいないだろう。

 そして俺を庇ったミヤも。

 

「どうしてこうなった? どうしてどうしてどうして?」


 窓から落ちた先は、大学の入り口にある駐輪場だった。

 そこもまた地獄のような光景が広がっていたのだが今の俺にはどうでもいいことだった。

 とりあえず、大学案内所があった小屋があったからそこへ逃げ込んでいる。

 幸か不幸か中には誰もいない。

 そこでひとり俺は座り込んでいた。


「俺の選択肢は二つ。生きるために逃げるか、このまま死ぬか」


 そんな俺に無慈悲にも強制的に選択を強要する存在が訪れる。

 小屋の扉が轟音と共に破壊される。

 中に入って来たのはバケモノだ。

 全身が赤で血塗られた二足歩行の巨体。その姿はゴリラに酷似していた。


「なるほど。道理で中に人がいないわけだ」


 小屋には出入口が一つしかなく、受付用の小窓があるだけ。逃げ場はない。すなわちバケモノに気付かれることは死を意味する。

 俺はここで死ぬのか? 

 それもいいのかもしれない。みんなを見捨てて逃げた当然の報いだ。 


「UHO、UHOHOHO」


 バケモノの口元には血に染まった俺のハンカチがついていた。俺が昨日の夜にミヤの怪我した足に巻いていたものだ。

 ということは、こいつか。ミヤを殺したのは!


「UHOUHOHOHOHO」


 ゴリラのバケモノに笑われた気がした。いや笑ったのだ。怯えている俺を見て。

 こんな奴にミヤは殺されたのか。こんな訳の分からない奴らに。

 俺の中で誰かが叫んでいる。

 恐怖など捨ててしまえ。体の震えは殴って抑えろ。前を見据えて敵を目に焼き付けろ。あいつは俺の日常を壊した憎き敵だ!

 ああ、今わかった。俺はこいつが憎いっ。


「お前だけは、お前だけはぶっ殺してやる!」

『よく言ったっ。主様よ』


 突然俺のポケットの中にあるスマホから声がした。


「え?」

『野生の俊敏』『野生の剛力』『野犬の牙』『野犬の剛毛鎧』


 聞き覚えのある声と共に、青い光が俺を包む。

 力が湧き、体に茶色い甲冑が装備された。まるで歴戦を歩んだかのような傷と汚れ具合だ。そして何より、体になじみ重さを感じさせない。

 

 突然の変化を察知し、ゴリラのバケモノは突進してくる。

 当たる寸前で避けることに成功。バケモノは壁に激突した。


『スマホを持て』


 凛とした声。

 正直、何が何だかわからない。けど、この声は俺に力を与えてくれる。

 スマホからは柄が出ていた。それを思いっきり引っ張り出す。

 現れたのは巨大な牙だ。その牙に柄が強引につけられている。

 武器としてはあまりにお粗末で荒削りな出来だ。

 けど今の俺には十分で、何より手になじむ。

 牙を逆手に持ち振りかざす。


「はああああああああ」


 裂ぱくの気合と共に無防備に背を向けているバケモノへと牙を突き立てた。そのまま抉り込ませる。


「GAAAAAAAA」


 バケモノ悲鳴と俺の叫び声が響く。

 抵抗しようとバケモノが暴れた。それでも構わず渾身の力で牙を押し付けて、ついには貫通してバケモノを貫いて床に縫い付けた。

 同時にバケモノは絶命し、粒子となって消えていく。


「はぁはぁはぁ」


 手が震える。息は絶え絶えだ。

 けど倒せた。臆病者の俺が皆の仇の内の一体を殺せた。

 

『よくやったぞ、主様』


 スマホからの声。 

 さっき空白だったはずの画面にはイマンが映っていた。

 

「イマン・カシラギ・ヴィットーリア」

『昨日は聞きそびれたが、問おう。主の名は?』

「天城白洲」

『うむ。良い名前だ。これからよろしく頼もう、主様!』


 普段ならこの天使のような笑顔に目が奪われていたことだろう。

 しかし、今の俺はそれどころではない。


「悪いけどよろしくはしない」

『ナヌ! なぜだ主様よ』

「どうしてもっと早く来てくれなかった! 今の力があれば、皆を助けられたのにっ」


 強い力でスマホが軋む。

 これは俺の勝手な言い分だ。今助けてくれただけでも感謝しないといけない。けど言わずにはいられなかった。

 責めずにはいられなかった。


『すまぬな。主様の異変に気付いたのはついさっきなのだ。だが一つ聞く。某が力を貸したところで皆を助けられたのか?』

「どういうこと?」

『その現場を見ておらぬが、主様はただ逃げていたのではないか? 戦おうと迷ってはいたが結局他者に庇われるだけではなかったか?』

「どうして……」


 まるでその場を見ていたかのようにイマンは言う。

 そうだ。最初は呆然自失としていた俺を襲ったバケモノから政治が庇ってくれた。そして、怯えて何もできずにいたら、ミヤに手を引かれてそのまま逃げてしまった。


『修練は積んでいない。かといって戦いの経験もない。まだ戦う意思も覚悟もない主に力を与えたところで結局は逃げるだけなのだ。例え意思も覚悟もなく、戦う選択をしようとも迷う。戦いの最中の迷いは死に直結する。迷って死ぬくらいなら、逃げる方が良い』


 何も言い返せない。

 そうだ。アプリには力があるかもしれない。それを承知で俺は逃げた。そんな俺に、あの場で力を得たところで何かできたはずがない。


「そう、だな。その通りだ」

『だからこそ、某は待っていたのだ。主様が戦う意思と覚悟を持つ瞬間を。今の主様は臆病な民から戦士へと変わった。だから存分にこのアプリと某の力を使うのだ!』


 イマンが画面の中で手を差し出してくる。

 それでも俺は首を振った。


「俺は奴らを殺せるだけ殺すっ。きっと俺は生き残れないだろう。だからどっちにしろ、君との付き合いはそんなに長くならない」


 イマンに謝る。

  

『そうか、まだ言ってなかったのだ。主様の死んだ友は生き返らせることができるぞ』

「は?」


 イキカエルって何?

 カエルの一種か?


『友だけではない。今日この大学で死んだ者たちはまだ、全員生き返る可能性があるのだ』

「嘘、だろ? 生き返るって神様じゃあるまいし」

『神かはわからぬ。だが、この世界が生き返らせてくれる。この異世界との戦争に勝てれば、だがな』


 だめだ。そんな話信じられるはずがない。けどもしかしたら、あるのかもしれない。

 もう常識からはかけ離れた状況だ。

 けど、安易に信じるのは裏切られた時が怖い。


「生き返るという証拠を見せてくれ。そうじゃないと信じられない」

『もうすでに見ておるではないか。昨夜のことが何もなかったことになっていたのは知っているであろう?』

「ああ。俺が壊したはずの大教室棟は元通りになってたし、あの異常な状況に遭遇したはずのミヤは何も覚えてなかった」


 ミヤの記憶がないのは薬か何かを使えばできるのかもしれない。大教室棟が一晩で元通りは現実味がない。なにより、あの騒動がまったく騒ぎになっていないのもありえない。


「けど、建物や記憶を人の命と同列に考えることはできない」

 

 建物は元通り。だから人の命も元通りなどとは考えられない。


『何を言っておる。主様が建物を破壊した時、中には人がおったぞ。そして倒壊した建物に生き埋めになった。十中八九死んでおるであろう』

「え? 嘘だろ……」


 ということは、俺は人を殺してしまったのか。

 背中にぞくっと寒気が走った。あんな夜に人がいるはずない、いや夜の大学は警備員が巡回しているはずだ。

 初めて手に入れた力に酔って、人を殺した。後悔と自責の念で手が震える。


『案ずるな。その者たちも生き返っておる。主様の世界では昨夜のようなことが起こればニュースとやらになるのだろう? 人が死ねば、もちろんそれも報道しているはず。主様はニュースを拝見されたのか?』

「そんなのなかった」


 ゼミの講義中、ゼミ専用の備え付けPCで検索していたがそういう記事は全くなかった。つまり、本当に昨夜死んでしまった人は生き返ったのだ。


『これで証明できたであろう。今は確かに窮地に立たされてはおるがまだ取り返しがつく。逆転の目はあるのだ!』

「そうか、そうなのか……!」


 もう二度と会えないと思っていた友達や幼馴染を、日常を取り戻せる。そう思うと涙が止めどなく溢れてきた。


『まだ安心するのは早計なのだ。外へ出てみよ。そこでしかと敵を眼に焼き付けよ。果たして臆病者の主様に立ち向かう勇気はあるだろうか?』


 挑発、いや俺に発破をかけてくれているのか。確かにあのバケモノたちは怖い。けど俺は恐怖に立ち向かえた。

 そして、抗う力もある。あの日常を取り戻す。そのためなら俺は戦える。

 内から湧き出る恐怖をねじ伏せて外へと、地獄へと飛び出した。


 最初に目に入って来たのは変わり果てた駐輪場だ。

 バケモノが跋扈し、いくつもの死体が転がっている。特に多いのは広大な駐輪場と道路の境界線上だ。

 まるで線を引くように死体が転がっていた。

 しかも異様なのが、道路では普通に車が走っているのだ。


「なんだこれ? どうして皆外に出なかったんだ? 車もこんな状況なのに素通りしてる」

『運営はこのバケモノが外に出られないように結界を張っているのだ。故に、この中に入ったが最後。外には決して出られぬし、外からは感知できぬ』

「どうしてそんなことをするんだ。大体運営って何?」

『まずは、そうだな。主様にとっては異世界のアドミニストピア。そして主様の世界アースは戦争している。それがこの状況を生み出したのだ。そこまでは良いな?』


 異世界がアドミニストピアで俺がいる世界がアース、この二つが戦争をしている。

 そして、その戦場が大学になってしまったということか。

 俺は相槌を打つ。


『異世界を支配する魔国。その侵略に対抗したのが【アドミニストピアの呼び声】というアプリを作り上げたアースの運営。運営はこれ以上被害が広がらぬよう結界を張っておるのだ』

「だったら、あの真っ赤なバケモノ共が魔国の兵隊っていうことか?」


 眼下の駐輪場で獲物を求めて彷徨う真っ赤なバケモノどもを睨みつける。


『うむ。その通りだ』

「どうしたら皆生き返るんだ? その戦争とやらに勝てばいいのか?」


 今、一番重要なことはみんなを生き返らせて日常を取り戻すこと。


『振り返ってみよ。そこに何が見える?』

「なんだ、これ?」


 大学は山を切り開く形で建てられていた。

 そして今いる駐輪場は山の麓、一番下に位置する。本来なら一番上にある武山ホールをはじめ、様々な大学の棟が並び立つ光景が見えるはずだった。


 それが、今では無茶苦茶な光景になっていた。


 複数ある学部棟からファンタジーゲームに出てくるような石造りの建物が歪に生えていた。中には混じりあっているものもある。

 何より目立っているのが一番上にある武山ホールだ。

 きらびやかな大聖堂が武山ホールの上に乗っているのだ。まるで積み木を積み上げたように。


『浸食、なのだ』

「浸食?」

『アドミニストピアがアースと交わろうとした結果、二つの世界が衝突する。すると歪に混じりあう。二つの柔らかい果実を想像してみよ。それが強く、激しくぶつかりあったらどうなるであろうか?』

 

 トマトを想像してみた。


「強くぶつかったら二つとも抉れてはじけ飛ぶ?」

『その通りなのだ。だが果実を押し付ければ一部はぐちゃぐちゃだが混じりあう。歪に。そしてより濃い果実に一方の果実は染まってしまう。それが目の前に見える浸食なのだ。このまま放っておけばアースはアドミニストピアに飲まれてしまうであろう』

「飲まれたらどうなるんだ?」

『結界内、つまりはこの大学の人間はこの空間事すべて魔力に変換されてアドミニストピアに吸収されてしまう。魔国はその魔力のおこぼれが目的で、浸食を成功させるためにあのバケモノたちを送り込んでおる』


 魔国は浸食によってこの世界が変換された膨大な魔力を狙っているということか。

 そんなふざけた話、許せない。

 人の命をエネルギーとしてしか見ていないなんて。

 

「戦争に負けたら、俺たちは消えるのか。だったら、勝つにはどうすればいい?」

『浸食は世界と世界が接触した歪みが原因だ。その歪みの核を、イベントボスを倒せばよい。この大学の中で一番大きな魔力を持った気配はあの大聖堂におる。そやつを討ち果たせ』


 イベントボス……。そういえばスマホにはチュートリアルイベント、なんて表示されていたな。こんな無茶苦茶なゲームイベントがあってたまるか。

 運営の責任者と会ったら絶対にぶん殴ってやる。


「勝つにはボスキャラを倒せばいいんだな? それで浸食が治まるのはわかる。けど、どうやって皆は生き返るんだ?」

『イベントボスを倒せば、アースが何もなかったことにしてくれるのだ。アースはアドミニストピアを嫌っておる。故にこの騒動自体をなかったことにする。それが主も経験したであろう昨夜の出来事の真実なのだ』


 昨夜、俺が倒したバケモノが歪みの核だった。

 それで浸食が治まって、アースが何もかも元通りにしてくれたという理屈か。

 

「わかった。要はイベントボスを倒せば、アースが勝手に元に戻してくれるんだな? 建物を、人の命さえも」

『うむ。理解したのなら改めて問おう。敵は強大で数多いる。イベントボスは先ほどの有象無象などよりはるかに強く、恐ろしかろう。そして主様はこの大学にいる人間すべての命を背負わなければならぬ。その重責を背負い、恐怖に打ち勝つ覚悟はおありか?』


 答えは決まっている。


「全部取り戻してやる!」


 こうして反撃の狼煙があがった


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