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日常ーー妄想? 夢? それとも現実? 

「え?」


 俺は言葉を失った。

 目の前にあるのは大教室棟。昨日俺が倒壊させたはずの建物だ。

 それがきれいそのままに建っていた。

 

「ありえない」


 他の学生たちも何食わぬ顔で出入りしている。

 俺もそれに倣って一緒に入る、わけはなかった。


「いやいや。無理だって。怖いよ」


こんな建物いつ倒壊するか分かったものじゃない。そんな建物に平気で入るなんて神経が俺にはわからない。いや、皆は知らないんだ。だから仕方ない。


一瞬、今日のゼミはさぼろうかとも思ったが駄目だ。昨日の出来事をミヤに聞く必要がある。それに。


「ミヤ、右足から血を流してた。大丈夫かな?」


 しかし、ゼミの開かれる講義室は経済学部棟にある。経済学部棟に行くには、この大教室棟を通る必要があった。今、大学は工事中でこれが唯一のルートだ。 

 つまり俺はゼミに出席できない。


「だったら、第三の道を行くしかない、か」


 ******


 もうちょっと。あとほんの少しだ。

 汗だくになりながら、細心の注意を払う。

 足を滑らせれば終わりだ。

 

「よし、掴んだっ!」


 今俺は校舎の壁をロープ伝いで登っている。そして掴んだのは空き教室の窓。その縁だ。

 今の時間帯は講義中。そして今侵入しようとしている教室はこの時間は講義で使われない。だからこの時間には誰もいない。

 すなわち侵入可能というわけだ。


「うおぉぉぉ」


 俺は窓に足を引っかけることに成功。

 やったぜ。これでゼミに参加できるっ。いや正直ゼミはどうでもいいがミヤに昨夜のことを聞ける。

 

「白洲くん?」


 そして、目が合った。京谷京。目的の相手がすぐそこにいた。

 目が隠れるほどに長い前髪に肩まで伸びた銀髪。そして丸眼鏡をつけて顔を伏せている。

 私は目立ちたくありません。放っておいてくださいと言わんばかりの風貌だ。


「はは」


 乾いた笑いが俺の口から洩れる。

 あれ? 今は講義時間外でこの教室には誰もいないはず。

 ていうか、やばい。今の俺はどこからどうみても不審者だ。息を荒くして汗だくになりながら窓から侵入してくる男。

 これはひどい。 

 案の定、ミヤがスマホを取り出した。


「待って。ちがう、違うんだよっ。京谷さん」


 俺の弁明も聞かずにミヤはカメラを連写。証拠写真かな?

 とりあえず窓から講義室に入る。呑気に会話していて落下死したらシャレにならない。


「何が、ちがうの?」

「これは海よりも高く、山よりも深い事情があってだな。とにかく不法侵入とかじゃないから。警察は勘弁してください!」


 なぜかミヤは不機嫌そうだ。さっぱり理由は分からない。

 こういう時は土下座に限る。男としてのプライドは母さんの子宮に置いてきた。

 

「警察? よくわからないけどわかった。けど海より高い程度なら大した事情はないのね」


 動揺して間違えた!

 山より深いってなんだよ。


「海をなめるなよっ。サーファーが乗った波のギネスは二十四メートルなんだ。なめたら痛い目あうぞ!」


 もうやけくそである。


「ふふ」


 ミヤが突然笑い出した。とても楽しそうに。


「な、なんだよ?」

「なんだか、中学のころみたいで楽しくて。あの頃、放課後はいつでも一緒にいてこんな風に楽しくおしゃべりしてたよね。けどお互い別の高校に行って。大学で再会してからも全く話せてなかったからうれしくて」


 中学の頃。

 その言葉を聞いて胸がずきりと痛んだ。

 ミヤがクラス中から無視されていても助けなかった。

 助けられなかったのならわかる。けど、俺は動こうとしなかった。

 クラスの皆から俺も無視されたら嫌だ、怖いと思い何もできなかった。いや、しなかったのだ。


「京谷さん、俺は……」


 その後ろめたさから、昔はミヤと呼んでいたのに今では苗字で呼んでしまっている。


「大丈夫。中学の頃にも言ったけど全然気にしてないから。クラス中から無視されていても、白洲くんと放課後一緒に居れた。私は本当にそれだけで満足だったんだよ」


 嘘だ。

 ちがう高校に行ったのはいい。けど連絡は一切なく、こちらからしてもつながらないのはおかしい。

 それに昨日の言葉。バケモノに捕まっているときに俺に言ったことがまだ胸に突き刺さっている。

 中学の時みたいに逃げてもいい、という言葉が。


「そうだ、昨日の夜のことだ。あの後、どうなったんだ?」

「あの後?」


 ミヤは首をかしげる。


「ゼミの講義室でのことだよ! 確か夜の十一時くらいだったかな?」

「どうして知ってるの? 私、一人でゼミの資料作りと課題やってたのに」


 なるほど。あんな時間に居たのはそのためか。

 けど、会話がかみ合わない。なんだか気持ち悪い。


「どうしてって、俺たち会ってたじゃないか。それにあんなとんでもないことがあったのに」


 俺のスマホからバケモノと美少女が現れた。

 その訳の分からない両者の戦いに俺とミヤは巻き込まれた。

 いや、俺のスマホから出てきたのだから巻き込んだのは俺か。

 最後にはスマホに宿っていた訳の分からない力で俺がバケモノを撃退したのだが。

 

「私、昨日の夜は大学で誰にも会わなかったよ」


 ごくりと息を飲み込む。

 壊れたはずの建物はきれいに元通り。加えてあんな出来事を体験したはずのミヤは覚えていないという。

 俺は気でも狂ってしまったのだろうか。


「いや、いやいやいや。昨日の夜はやばかっただろ。あんなに激しくて、ミ、じゃない京谷さんは怪我して血まで流してたじゃないか」

「ごめんね。私、よく覚えてなくて」


 俺は、焦りからミヤの両肩を掴んで引き寄せる。

 ミヤはすまなそうに顔を曇らせていた。

 昨日のことは俺の夢だったというのか。あの恐怖が、そして力を手に入れたのは全部夢で俺の妄想だったってことか?

 そんなこと信じられない。

 恐怖に負けそうになりながらもミヤを助けるために勇気を振り絞った。

 あれは間違いなく現実だ。

 

「なぁ、よく思い出してくれっ!」

「あの白洲、くん。近いよ……」


 長い前髪の隙間から、クリっとした大きな瞳が潤んでいる。白い頬はリンゴのように真っ赤に染まっていた。


「わ、悪い。ミヤ」


 しまった。思わず素で昔の愛称で呼んでしまった。

それに強引すぎた。これではミヤに怖がられてしまう。


「いいよ。白洲くんになら別に、何されてもいい」


 予想外にミヤは上機嫌だ。ていうか何されてもいいって……?


「なぁ、今の言葉ってどういうーー」

「夜、激しい、血が出た。何されてもいい。意味深な会話だなぁ。ペロ、甘酸っぱい。これはエロラブコメの味!」

「しかも誰もいない空き教室で二人っきりで、白洲は汗だく。腰につけてるロープはなんかの特殊プレイ用か? 白洲。俺たちも混ぜてくれよ」


 突然会話に入ってきたのは二人組だった。

オールバックで目つきの悪いイケメンが梅永政治。エロラブコメとか馬鹿なことを言った方は、モジャモジャ天然パーマが特徴の四谷慶四郎だ。


「いきなり来て何言ってるんだ。勘違いするなっ。俺と京谷さんはそんな関係じゃないよ。俺はともかく京谷さんに失礼だろ。ねぇ京谷さん」

「………うん」


 あれ? またミヤの機嫌がすこぶる悪くなってる。女の子って本当にわけわからん。


「で、何してたんだよ、こんなところで。もうすぐゼミ始まるぜ」

「もしかしてエロいことなのかぁ! 俺たち三人は童貞の誓いをした仲だったのに。この裏切り者めっ」


 童貞の誓いってなんだよ。その理屈なら政治は俺たちと出会う前から裏切者だろう。

 政治はともかく、馬鹿は放っておくことにする。


「なんでもいいだろ、別に。京谷さんに話があったんだよ。だから出てけ」

「いいけどよぉ、京谷もういないぜ」

「え?」


 すでにミヤは講義室の外にいた。

 俺のハンカチが巻かれた右足を庇いながら、講義室に扉から出ていくミヤの姿が見えた。

 

「ちょっ、待って」


 俺の呼びかけもむなしく行ってしまった。

 ちくしょう。昨日のことを聞きそびれてしまった。

 覚えていないと言われたからもう一度聞いても無駄かもしれない。けど、覚えていないだけで片付けていい問題じゃない。

 まぁ、今はいい。

 まだ話せるチャンスはある。ゼミが終った後なら話せるはずだ。

 

「たくっ。相変わらずだな。何も言わずに出ていくなんてよ。誰ともまともにしゃべろうとしねぇ。だからゼミで誰とも仲良くなれねぇんだ。俺がどれだけお膳立てしてもうまくいかないしな」


 政治はゼミの中心的な存在だ。口と目つきは悪い。けどイケメンで面倒見もよくゼミの皆からは一目置かれている。つまりはモテる。

 まぁ、口は悪いがこんな臆病者の俺にも付き合ってくれるいいヤツではあるのだ。


「まぁ、まぁ。京谷さんは人付き合いが苦手なだけだから」


 実際中学ではクラス中から無視されている。人間関係に億劫になっても仕方ない。


「いや、しらっちゃんとの情事を目撃されて慌てて逃げただけでは?」

「「てめぇは黙ってろ」」


 四郎の馬鹿な発言に俺と政治が一喝。

 四郎はちぇ、といじけてしまった。けど四郎は暴走してしまうと手が付けられなくなる。このくらいがいいのだ。


「けど一つだけ言わせてくれ。エロいことじゃなかったら、そのロープは何? なんで汗だくなの?」

「それは……経済学部棟の壁を登ってこの講義室に来たから」


 シンと静まった後、二人は大爆笑した。


「いやいやいや。壁を登って侵入って泥棒かよ!」

「大丈夫、大丈夫だから。一緒に病院、行こ?」


 そんな憐みの目で見るなぁぁぁ!

 あと、病院はひとりで行け。確実に四郎の方が重病だ。

 仕方ない。仕方ない……よな?

 倒壊したはずの大教室棟が一夜で直ってるんだ。その大教室棟経由じゃないとゼミが開かれる経済学部棟には入れない。

 だったら壁でも登らないと侵入できないじゃないか。

 だが、理由を言っても信じてはくれまい。

 バケモノがスマホから出てきて、スマホゲームのアイテムを使って撃退したらついでに大教室棟も壊れた。なんてことを言っても信じられないだろうし、二人に新しいネタを提供するだけになる。


「ああ、理由は聞かねぇよ。昨日は昨日でひどかったしな。まさか大学に十字架ぶら下げてキリスト教の祭服着てくるなんてよぉ」

「き、昨日はあまりにもリセマラが終らなくて、もしかして呪われてるんじゃないかって不安になったから」

「リセマラで当たらないから呪われてるとか、くっそウケる」


 不本意だ。ものすごく遺憾である。

 俺は爆笑する二人を睨みつけた。


「まぁ、まぁ、そんなに怒るなって。ところでゼミの課題やってきたか?」

「「あ」」


 俺と四郎は間抜けな声を出した。

 色々なことがありすぎて、そんなことはすっかり忘れていた。

 

「見せてやるから、許せ」

「か、勘違いしないでよねっ。これだけで許しただなんて思わないことね!」

「四郎、てめぇはだめだ。あとキモイ」

「そ、そんなぁぁぁ。見せて、政ちゃん。一生のお願いだよぉ」


 二人のコントを見て、俺は笑った。

 隠しきれない不安を払拭するために。


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