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白州、暗殺者となる

「お疲れ様です」


 あのバケモノに襲われてから十年。今、俺は仕事場のオフィスで残業をしていた。

 大学の棟の破壊のせいで大学は中退。

 建物の賠償金はすさまじく、借金は俺が死ぬまで必死に働いてなんとか返せる額だった。

 繰り返される地獄のような毎日。代り映えのしない仕事。されど過酷で低賃金。これが死ぬまで続くと考えると絶望しかない。

 けど、今日は少しだけマシだ。

 なにせ半年ぶりに定時に帰れるのだ。三時間は残ったがこの程度残業には入らないな。

 週休二日制? はは、何それ? おいしいの?

 

「おやぁ? 天城君。今日は早いですねぇ」


 顔についた脂ぎった贅肉を揺らしながらいやらしい笑みを浮かべる。

 嫌な予感がした。


「は、はい。今日はなんとか仕事が終わって」

「そんなんで、うちでやっていけると思ってんの?」


 敬語がなくなった。気づけば周りに人はいない。

 そう。このいやらしい上司は何かにつけて仕事を押し付けてくる。いわゆるパワハラというヤツだ。


「どういうことですか?」

「この資料、間違ってるしやり直しね」

「いや、これは私が提出したものではーー」

「君、高卒だろ? 誰がお情けで面倒見てるのか、わかってんの? 白洲くぅん」


 いや、あんたじゃねぇよ。と言いたいところだが抑える。

 この上司に歯向かったらこの職場にはいられない。高卒の三十路では再就職はむずかしいだろう。


「というわけで、明日までだから。よろしくお願いしますね」

 

 俺の目の前に資料の山が置かれた。これが俺の日常だ。

 

******


「くそぉ。結局終電ぎりぎりになっちまった」

 

 時刻は二十三時三十分。

 スーツで汗だくになりながら、路地裏を全力疾走。

 そこで見てしまったのだ。

 血まみれの死体。傍に立つ男。そして、血まみれのナイフを持った少女。

 

「ひ、ひぃ」


 二人の目が俺を捕らえる。

 直感的に悟った。

 死ぬ。


「目撃者はどうするか。わかりますね、シュバルツ?」

「はい、ワイス」


 わき目も降らず、俺は走った。

 ゴミ箱を弾き飛ばし、つまずきながらも全力で。

 大通りが見えた。人だ。助けが呼べる!


「遅い」


 俺は突然開いた扉から建物の中に強引に連れ込まれた。

 恐怖で声が出ない。

 少女の物とは思えない力で俺は押さえつけられる。

 そして、血まみれのナイフが振り上げられる。


「バイバイ」


 やられる! 

 目を瞑ったがいつまでも痛みはない。目を開けるとさっきの男が俺の顔を覗き込んでいた。


「君、いい目をしていますね。過度の残業で欲望が押さえつけられている餓えた狼の目だ。いいですねぇ。特別にあなたに選択肢を与えましょう」

「選択肢?」

「我が組織の暗殺者になりませんか?」

「ならないって言ったら?」

 

 男はにっこりと笑い、傍の少女に目を向ける。

 少女はその無機質な目で俺を見つめてきた。

 気づけば目の前には血に染まったナイフ。ナイフを伝って俺の頬に血が滴り落ちる。


「わ、わかりましたっ。暗殺者にでもなんでもなります!」

「いいでしょう。今日からあなたは我が組織最強の暗殺者、ジーバです」


 言葉が終ると同時にナイフの柄が俺の額に叩き落される。

 

 そこで、俺の意識は覚醒した。



******



ジーバは嫌だぁ!」


 目の前には見慣れた自分の部屋。今いるのはベッドの上だ。

 怪しい男もおらず、ましてや三十路の会社員でもない。

 今の俺はまだ大学生だ。


「よかったぁ」


 雀の鳴く音が朝だと俺に知らせる。

 全く冗談になっていない夢だった。

 俺が大学を中退して、ブラック企業に勤める。これだけでも気が狂うっていうのに最強の暗殺者だなんて。

 そこで俺は昨日の夜の出来事を思い出した。


「ははは。大学の棟、俺がぶっ壊したのは現実だった……」


 途端に全身から嫌な汗が噴き出る。

 今のが夢ではなく、正夢になる可能性は十分にある。

 とにかくわからないことが多すぎる。

 スマホを起動。ゲームアプリ、アドミニストピアの呼び声を起動する。特に変わったことはない。強いて言うなら、チュートリアルイベント開催の告知がされていた。

 時間的には、今日ゼミの講義が終わった後くらいか。


「そうだ。ミヤに聞けばいいんだ」

 

 昨日どうやって家まで帰ってきたのかは覚えていない。俺が意識を失う寸前にミヤはいた。何か知っているはず。

 ミヤがゼミをサボったところは見たことがないから、会えるはずだ。


「よし、今日の二限目だな。早く行こう」

 

 入念に身支度をする。準備を怠ってはいけない。

 そしてカバンを背負って玄関までダッシュ。

 少々時間はかかったせいで、朝食を食べる時間が無くなった。


「ごめん、母さん」


 ラップに包まれたサンドイッチと朝ご飯はしっかり食べなさい、と書かれた母さんのメモ。それを無視して走る。今は緊急事態なのだ。

 俺は玄関を飛び出し、急いで大学に向かった。


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