あなたが某の主様か?
『待たせたな、私はレックレス。アドミニストピア最強の勇者。すべてのバケモノは私が倒す!』
「ぎゃあああ」
そこで俺は目を覚ました。
なんだ、夢か。
まだリセマラは終わってないし、数分後には正夢になるだろうが。
「あれ?」
俺は大学で講義を受けていたはず。昨日はリセマラで徹夜したから寝てしまったようだ。
そこまでは覚えているのだが、どうして真っ暗なんだ?
スマホを確認。画面はリセマラが終わって、十連ガチャが引ける状態だ。これは後で引こう。時計を見る。時刻は二十三時。大学はとっくの昔に閉まっているはずだ。
「ちょっと待ってよ。戸締りの人に忘れられたってこと? 冗談きついって」
怖い。もしも、不法侵入者と出会ったらどうしよう。そいつが海外マフィアの一員だったりして。
そう、この大学の機密情報を狙って日本のヤクザとマフィアが抗争を始めるんだ。
銃撃戦。さらには刀で銃弾を斬ったりするかも。いやもしかしたら、表では出回らない危険な薬を使っての異能力者バトルの可能性もある。
俺はそれを目撃して口封じにバラバラにされてコンクリートで固められて海の藻屑に。いや死よりも恐ろしい運命が待っているかもしれない。
どんどん悪い方向に考えが飛躍していく。
「に、逃げよう。マフィアに捕まって最強の暗殺者、銀として育てられる前に帰らなきゃ!」
慌てて机の上のスマホを落としてしまう。
「あ」
拾った拍子に画面をタップしてしまったのだ。
しかも運悪く、十連ガチャのボタンを。
「夜の学校教……」
脳裏によぎったのは夜の学校でガチャをすれば当たるというネットで見た宗教だ。
正直何の信憑性もないバカバカしいものだ。
ただ、少しいつもとちがうシチュエーションで期待してしまう。ほら、いつもの環境とは違うとうまくいくことってあるだろう?
そんな感じ。
欲望が恐怖に勝った瞬間。
固唾を飲んでガチャの結果を見守った。
「ロードが長いな」
高まる期待。
しかし、そんな期待とは裏腹にスマホから煙が立ち上った。
「え?」
スマホ壊れた? もしかしてリセマラのしすぎ?
というか夜の大学で不法侵入状態。しかもボヤ騒ぎ。
やばくないですかね?
「あれ? 臭くない?」
煙の臭さがしない。
煙、いや黒い靄が集まって空中に溜まって塊となる。
次の瞬間、講義室にヤツは降り立った。
「は、はは。暗殺者じゃなくてハンターになるのかな? 俺」
大きな衝撃音と共に黒い靄から落ちてきたのはバケモノだった。
二足歩行で大柄。
影の形だけなら人間に見えなくもない。いやそれはないな。
大人二人分はあろうかという右腕。日本刀のような凶悪で鋭い爪もセットだ。さらに不気味なのは能面を被った青い頭部。
「えっと、顔が真っ青ですよ。病院行った方がいいんじゃないですかね?」
反応はない。じっと俺を見下ろしてる。いくら恐怖でマヒしている頭でもわかる。
こいつはバケモノだ。
体は様々な獣が組み合わさったような見る者の嫌悪感を百二十パーセント引き出すような歪な姿。
「gbapijgmakongoka@n@goa」
鳴き声? それとも言葉?
意味不明。
「わ、わかってるって。この後ハンターが登場して、退治。俺はハンター見習いになってレッツ非日常だろ?」
「GAAAAAAAAAAAA!」
「すいません、許してください。ハンターとか調子に乗ってました。私めはあなたの奴隷となって誠心誠意お仕えさせてもらいますぅ!」
バケモノが擬人化で超絶美少女になったらうれしいなぁ、なんて。
あ、だめ? それに俺の迷いなきジャンピング土下座もお気に召さない?
というか、言葉通じないよね。どう考えても。
バケモノがゆっくりと迫ってくる。
「さ、さよならぁ!」
講義室の出口を目指そうとしたが、その先にも謎の靄が発生。しかも虹色。
明らかに危ない色です。ありがとうございます。あと誰か助けてください。
「後門の化け物に前門の危ない虹色」
終わった。
案の定、その虹の煙からも何かが出てきた。
ビリっという音と共にストンと軽めの着地音。
「あなたが某の主様か?」
虹色の靄より降り立ったのは金髪碧眼の美少女だった。
「イマン……」
見間違えるはずがない。
ここ数か月、リセマラしてきた理由が彼女だ。
アドミニストピアの呼び声の紹介ページにいた、俺が一目で心を奪われた美少女。
修道服なのに胸元が開いた二次元のお約束的なエロい恰好。
長い金髪は動きやすいようにポニーテールでまとめられている。
「tpahohapifha@oboipah」
背後から化け物が俺を追い越す。狙いはイマンだ。
その異常に発達した右の巨碗で障害物となる机や椅子を破壊しながら突き進む。
「属性付与・雷式」
イマンは体に雷を纏う。
そして消えた。
バケモノもキョロキョロとあたりを見渡す。
「少しの間黙っておれ! 主様との会合、邪魔するでない!」
バケモノの懐。そこにイマンはいた。
気づいた時には遅い。
イマンの蹴りがバケモノ腹に突き刺さり感電する。
「GYAAAAAAAA」
バケモノは倒れ、ぴくぴくと痙攣している。
倒れた衝撃で風が舞う。
揺れたスカートからイマンのスラっとした太ももと純白の布が見え隠れした。
「他愛無い。待たせたな、主様。問いの答えを聞こう」
あまりの出来事に唖然として言葉が出ない。
一気に色々起こりすぎて、もうお腹いっぱいだ。
スマホから飛び出してくるバケモノに、美少女。それに主様ってなんだよ。そういうプレイをする趣味はないぞ。
まぁ、聞きたいことはいっぱいあるけど最初に言いたいこと、それは。
「パンツ見えてるよ」
「……」
そう。俺は見ていた。あの極限状態でよく気づいたと自分を誉めてやりたい。
イマンが虹の靄から降り立った時、椅子にスカートが引っかかって破れたのだ。
ビリっと。
自分の破れたスカートに目を落とす。
カァっと顔を赤くした。
それも一瞬だ。再び鋭く冷たい戦士の目に戻る。そして、何事もなかったかのように俺へと顔を向けた。
「某の問いに答えよ」
なかったことにしやがった。
これ以上踏み込むのは怖い。けど、最後にこれだけは言っとかないと。
最低限のマナーだ。
「(純白のパンツ)ごちそうさまでした」
沈黙が場を支配する。そして、イマンが顔を歪めた。それは今までの戦士然としたものでじゃなくて。普通で年下の女の子のようにかわいかった。
「うぅ。なぜ某は大切なところでこう失敗するのだぁ……」
いけない。イマンが肩を震わして涙目になってきた。
謝ろうと思った時、轟音が響く。見ると講義室の窓が割れている。窓を突き破って隣接している経済学部棟に逃げたのだ。
「不覚っ。あのバケモノ、死んだふりであったか」
バケモノが逃げてくれてよかった。これで落ち着いてイマンと話せる。
安堵のため息をつくが、手を引っ張られる。
「追うぞ、主様!」
答える間もなくお姫様抱っこされる。
恥ずかしい、なんて思う余裕はない。
なぜなら、
「あああああああああ」
バケモノの後を追って飛んだのだ。
五階の高さからのジャンプ。
そのまま落下ではなく隣の経済学部棟の開いている窓から侵入、着地した。
「はは、俺にハンターは無理だな。やるとしたら頭脳労働をお願いしたい。指揮みたいなやつーーぎゃ」
俺を抱えていたイマンに突然降ろされる。
お尻が痛いよ。
「何を言っておる! 戯言をのたまっている場合ではないぞ。某があのバケモノを引き付ける。主様はあの女子を頼むぞ」
見ると、さっきのバケモノが女の子に手を伸ばしていた。
見覚えがあった。彼女は幼馴染で同じゼミに所属する京谷京谷京だ。
「危ない、ミヤ!」
「えっ。白洲くん、どうして?」
それはこっちのセリフだ。どうしてこんな夜中にゼミの講義室にいるんだ。
俺の忠告もむなしく、ミヤのすぐ傍でバケモノとイマンが激突する。
その衝撃でミヤが講義室中央に吹き飛ばされる。
「痛い……」
ミヤの右足から血が流れている。
早く助けに行かないと。
けど、行けない。ミヤの周りではバケモノとイマンが激闘を繰り広げている。
早すぎて正直目が追い付かない。
こんな戦場に踏み入れって? 冗談じゃない。こんなの巻き込まれて死んでしまう!
「何をしておる、女子を助けるは男の務めであろう!」
そうは言ったって怖いものは怖いんだ!
ただでさえ臆病な性格にこんな異常事態。例え助けられなくても俺は悪くない、悪くないんだ……。
「私は大丈夫だから、逃げて!」
どうして、どうしてそんな顔をする。ミヤは怖くないのか?
泣きそうになりながら、それでも俺を気遣って笑顔を浮かべる。
このままでいいのか? また逃げるのか、天城白洲!
今までずっと逃げてきた。日常生活でさえ、怖いことは徹底的に避けてきた。
知らない人にはついていかないし、危ない薬に誘われても迷わず断った。
知らない場所に行ったら、突然異世界召喚されてツンデレ美少女の使い魔となって戦争に巻き込まれるかもしれない。薬を飲んで超能力に目覚めた日には攫われて実験台にされてしまう可能性もある。
あらゆる可能性を想定して、警戒した。
だけど。
逃げてきたことで後悔したこともたくさんあった。
俺に勇気があれば、と。
小学生の時にはいじめられていた友達を見捨てた。そして死んだ。
中学の時は仲の良かった女の子がクラス中、いや学校中から無視されていたと知っていたのに目をそらし続けた。
その女の子が今、目の前で俺をかばってくれている。
このままでいいはずがない。
今度こそ助けられる。
だったら、今がチャンスだ。今逃げたらきっと一生逃げ続ける。
ここが分岐点。だから、
「助けりゃいいんだろ、ちくしょう!」
駆け出した。すぐにしゃがみ込み、ハンカチでミヤの足の傷を覆う。何もしないよりかはマシだろう。
「どうして……。私のことはいいから逃げて!」
ミヤの視線が痛い。
中学時代のことを根に持っているのだろう。自業自得だ。
「怖いさ。怖いから早く逃げるんだよぉぉぉぉ」
「きゃ。白洲、くん……?」
かっこいいことを言ったけどそうそう自分を変えられるものじゃない。
ミヤをお姫様抱っこして、駆け出す。
体が震えて、顔を真っ赤にしてる。そりゃあ、過去自分を見捨てた奴にこんなことされたら怒るだろうさ。
「悪いけど、今は我慢しろ!」
「は、はい!」
よし。こんな危険地帯さっさとおさらばだ。
「うわああああああ」
情けない声を出しながら出口まで突っ走る。
扉を開けたその先には、同じバケモノがいた。
「こ、こんばんは。素敵な夜ですね。はは」
「jfajpighjoalkgo@hajmpgja@」
「馬鹿な。もう一体だとっ。逃げろ主様!」
背後で戦っているイマンも驚いている。逃げたいところだけど、肝心の逃げ道がふさがれている。
バケモノの巨腕が振り下ろされた。
やられるっ。
目を瞑った。だが待てども衝撃は来ない。
見ると、ミヤがバケモノに捕まっていた。
「ミヤっ!」
咄嗟に手を伸ばすが、今度こそバケモノに殴られる。
俺は無様に床に転がった。
「ちくしょう」
結局、同じなのか。
これが今まで逃げてきたツケなのか。
また、助けられない……。
さっきまであったなけなしの勇気が絶望へと変わる。
バケモノに鷲掴みにされるミヤを見た。
「私は大丈夫。助けに来てくれてありがとう」
それでもミヤは笑っていた。
助けたい。もう何も失いたくないっ。
そう思った時、手の中に握っていたものに気が付いた。
スマホだ。さっき落としたはずなのに、なぜか手元にある。
それに異様な雰囲気を放っていた。
白だったはずのスマホは変貌して黒に。さらにスマホからどす黒い靄が漏れ出していた。
画面には、ガチャの結果が映っている。画面がノイズと共に砂嵐で書き換えられる。再び映しだされたのは一つのアイテムだった。
『レアリティ:※@* 名称:ア※% 詳細:不明 代償:自?の%@、存*』
嫌な予感がする。
けど、あのバケモノやイマンはこのスマホから出てきたんだ。
迷っている暇はない!
「だめ。私は本当に大丈夫だからっ! 中学の時みたいに私のことは放っておいて逃げて!」
「うるさい! いいからお前は黙って俺に助けられてろっ」
今、この場にいる全員の視線が俺の異様な雰囲気を放つスマホに向けられている。
背後で戦っているはずのイマンともう一体のバケモノも警戒していた。
だったらこのアイテムには何かがある。
いや、なくてもなんとかする。
そして俺は画面をタップした。
『ミ、ツ、@、タ』
形容しがたい不気味な声。そして黒い靄、いや濃厚な闇が画面から噴き出す。
異質な力。まるでこの世のものではないような冷たさと強大さ。
狂おしいまでの感情の激流。
後悔、絶望、無力感、恐怖、自殺願望、自己嫌悪、殺意。
自分が自分でなくなる。
それでも前を向いた。
泣きそうにながら叫ぶミヤを見て己を保つ。
絶対に助ける!
そのためにも、
「力を、よこせ!」
闇が俺の中に収束する。
力、がアフれる。
『レベルアップ、れべるあっぷ、レ@ルアップ、レベルアッ%、れべる%@ぷ』
無機質な機械音だけが不気味に響く。
機械音が止むと嵐の前の静けさが広がる。
「ハハ」
静けさを破ったのは自分の声とは思えない程の冷酷な笑いだった。
「gaihfja@faj@fm@aojfan@f」
バケモノが分裂していく。どうやら俺からミヤを奪ったのはヤツの分身だったわけだ。
分身した計八体もの化け物が目の色を変えて、俺に襲い掛かる。
イマンも、ミヤも、もはや興味がなくなったかのように。
『野生の剛力・負式』
さっきまで見えなかったバケモノの動きが手に取るようにわかる。
恐ろしかった爪はまるで子供のおもちゃのようだ。
「シね」
「hgoajg@oajp!?」
初めてバケモノの感情がわかった気がする。怯えているんだ。だから分身の一体だけを試すようにけしかけたんだ。
俺は禍々しい巨腕を掴み、そして握りつぶした。
「GYAAAAAAAAAAA」
その場でのたうち回る。
他の分身たちが後ずさる。いくら増えようが本体は必ずこの中にいる。
所詮は分身。一番怯えている奴が本体だ。
魔力の色、形、匂い、量、質。そのすべてが今の俺には手に取るようにわかる。
分身の中の一体に接近。急いだつもりはない。けど身体強化した今のオレの速さに目も追い付けていないな。
まるでさっきまで怯えていた無様なオレみたいだ。
「衝撃・負式」
バケモノは窓を突き破って外へと吹き飛ばされる。
勢いはそれで留まらず、大学の棟を複数倒壊させてやっと収まった。
さっきまでいた大教室棟に至っては全壊。その凄まじい力に笑いがこみあげてくる。
もはやあの化け物は跡形もなくなっただろう。
その証拠に分身たちも消えていた。
「大丈夫カ? ミヤ」
「あなたは、だれ?」
ミヤに問われた瞬間、激しい頭痛と耳鳴りがする。
ダレ? だれ? 誰? 俺は闇、深淵、憎悪、ア@※。ちがう、そうじゃない!
俺は、俺は……。
「主様!」
「白洲くん!」
二人の呼びかけで突然現実に引き戻されたような錯覚に陥る。
頭が冷静に働く。同時に体から力が抜ける。さっきの力の代償だろうか。
二人が駆け寄って支えてくれる。それはとてもうれしいのだが今の俺はそれどころではない。
「やばい」
「何がやばいというのだ!」
「治療。治療しなくちゃ! 死なないで白洲くん! あなたが死んだら私っ」
二人は俺の体のことを心配してくれているのだろう。
確かにこの脱力感は得体のしれなさで怖いが、それはまだいいのだ。
もっとやばいのは。
「建物全壊。借金やばい。俺の人生、終わった」
『そこか、主様。心配するのはそこなのか?』
天城白洲。十九歳にして多額の借金を負う。
俺の目の前と人生は真っ暗になってしまった。