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黒喰龍アントロポファジー

 銃弾が芝生に直撃。


「ghoahgokanjghagkoah[ifjakohgioa@h」


 凄まじい叫び声に耳を抑えた。

 地面が揺れて、そして、奴は現れた。


『凄まじい魔力……!』


 俺は言葉を発することができなかった。

 芝生から轟音を上げて現れたのは巨大な蕾の植物だ。

 七階建ての外国語学部棟の高さにも匹敵する巨体。赤黒い血管のような筋が蕾にまとわりつくように浮き出ており、脈動している。

 

「知っているのか?」

『わからぬ。どこかで見た覚えはあるのだが。とにかくこやつは魔物なのだ。異世界がこの世界を浸食するために生み出した生き物。今までの敵とは一線を画すのだ』


 イマンでさえ知らない未知の敵、異世界自体に生み出された魔物は、何をするでもなくそこにあるだけだ。

 周囲の人間も武器で脅した俺に対しては敵意を見せているが、この魔物に対しては何も反応していない。

 間違いなく奴がこのピロティを支配している敵だ。

 時はすでに夕刻。あまり長引かせると不利になるのはこちらだ。

 

「イマン、牙に火を」

『属性付与・火式』


 牙が紅の炎を宿し、獲物の切れ味を鍛える。火式の効果は単純。持っている武器に炎の属性を付与し、そのスペックを大幅に強化する。

 炎に反応して、蕾の魔物の先端がこちらに向けられる。そして先端から種のようなものが打ち出される。


「遅い。これなら避けられる」


 敵の攻撃を避けて、跳躍する。レベルが上がった俺の脚力はすでに人の域をはるかに超えていた。


「届かないか」


 それでも高層ビルに匹敵する魔物の蕾には届かない。


『属性付与・水式」


 絶妙なタイミングでのイマンのサポートだ。牙を振るい、水の刃が蕾を切り裂く。

 蕾にはは血管のような亀裂が入った。

 着地。

 


 依然として、魔物は同じ攻撃だ。種を打ち出しては俺が避ける。

 なんだこいつ。弱い。それが逆に不気味だ。


『おかしい。奴は確実に追い詰められているはず。なのに何もせぬとは』

「ためらってもしょうがない。根元を斬る!」


 野生の剛力、そして炎の属性付与。

 加えてレベルの上がった俺の力で植物の魔物の太い茎はあっさりと両断されてしまった。

 蕾は大きな音を立てて、芝生に落ちる。


「え?」


 さすがの弱さに驚いた。あれだけ、千さんやイマンがやばいと言っていた敵だ。どれだけの強さかと戦々恐々していたのだが、あっさり倒してしまったな。


『油断禁物! まだ魔力反応は消えておらぬ。』


 振り返ると、蕾の血管が広がっていた。いや、これは血管じゃない。亀裂だ。そう、まるで生まれてくる雛が卵の殻を破ろうとしている、そんな光景だ。

 

「やばい」


 気づいた時にはもう遅かった。

 蕾は砕け散り、中から現れたのは黒く巨大な種だ。

 

「銃を!」


 コルト・マギカを魔力の配分など考えずに種へと放つ。しかし、びくともしない。俺の攻撃を意にも返さず、種は芝生に埋まってしまった。

 次に地響きがする。

 嫌な予感がして芝生から退避。


「gno@shgksjkoghsokngjs@hgisnko」


 芝生から生えてきたのは巨大な黒龍の頭だった。それは天高く伸び、校舎と同じくらいの高さから俺を見下ろす。


「これからが本番か」

『こやつは、黒喰龍アントロポファジー……! 龍などおとぎ話の中の存在ではないか』

「奴の特徴は?」

『黒喰龍現れし時、己を見失うべからず。奴と相対した兵が残した言葉なのだ』

「意味不明だ。要するにわからないってこと?」

『すまぬ』


 なら、攻撃あるのみだ。

 芝生に突入した瞬間、黒喰龍のブレスが飛んでくる。

 黒くドロッとした気持ち悪い塊が飛来。黒喰龍に向かって走りながら避ける。

 

やっぱり攻撃速度はたいしたことない。

簡単に目の前まで来れた! 


 しかし、芝生の四方から土煙を上げながら巨大な植物の蔓が姿を現す。さっき蕾の状態で種を飛ばしていたがそれが芽吹いたのだろう。

 四方から襲い掛かる。芝生は黒喰龍のテリトリーというわけか。攻撃動作も途端に鋭くなってるし。

 仕方ない、か。

 俺はひざを曲げて屈む。


『衝撃』


 イマンが俺のやろうとしたことを察してくれた!

 空高く飛び上がり、黒喰龍の正面までたどり着く。しかし中途半端な場所で飛んだせいか距離が足らず、牙は黒喰龍の鼻先に触れただけ。

 けれど、これで十分だ。


「イマン!」

『衝撃』


 衝撃は自身の体と手で触れている物なら好きな場所から放てる。

 牙の切先から衝撃が放たれ、黒喰龍は大きく仰け反った。同時にその勢いで俺も弾き飛ばされる。

これで敵の攻撃可能範囲からの脱出にも成功。攻防一体、というやつだ。


 うまく地面に着地。

 今の攻撃の効果は絶大で、黒喰龍は鼻を抑えながら悶えていた。


「よし、倒せる!」


 異世界が生み出した魔物だとか大層な奴だがなんのことはない。

 思わず笑みがこぼれる。しかし、黒喰龍の眼に射抜かれた時どうしようもなく嫌な予感がした。

 そして、黒喰龍の体から黒い煙のようなものが発生する。

 

「うっ。毒か?」

『ちがうのだ。これは魔力? 否。もっと純粋でドロッとした何か、得体のしれないもの。だが、魔力ではない以上毒のように直接ダメージを受けることはないはずなのだ』


 これは攻撃じゃない? だったら目くらましか。しかし、十分距離を開けている状態ならイマンの魔力察知で大抵の攻撃は避けられる。

 

「イマン、風だ」

『属性付与・風式』


 刃の竜巻を発生させる。竜巻でこの黒い霧を払おうとするが、想定以上に濃い。最低限の視界をやっと確保できる程度にしか霧は払えなかった。

 

「なんだ。何もないじゃないか」


 霧が晴れたが特にさっきと何も変わらない。周りにいる人たちが傷つけられていることもなければ、黒喰龍が変わった様子もない。

 なら、攻撃あるのみだ。


『主様何か飛んでくるのだ、後ろから』


 咄嗟に振り返る。飛んできたのはカッターナイフだった。

 

「いて」


 レベルが上がり、さらに野犬の剛毛鎧も装備している俺には大したダメージはなかった。しかし、飛んできたカッターナイフは抜き身で明らかに殺意が宿ったものだ。

 

「誰がこんなもの投げたんだ?」


 見ると、周りの人たちが全員俺に敵意の眼差しを向けていた。

 黒喰龍に気を向けていて気が付かなったが、今は周りの人たちが話している内容が聞こえた。


 なんで俺たちの楽園を壊したんだ!

 さっきからあいつ異常だ。きっと外にいるバケモノたちと同じだ! 

 なんだって。人間に化けたバケモノだってことか。

 さっきあいつは異常な威力の銃で俺たちを脅した。こんな状況で脅すなんてバケモノにちがいない!

 殺さなきゃ。さもなければやられるのはこっちだ。


 そんな何の根拠もない悪意が次々と蔓延する。

 さっき黒喰龍が撒いた黒い霧のようなものが周りの人間たちにまとわりついていた。


「ちがうっ。俺はバケモノじゃない! 人間だ。みんなを守ろうとーー!」

『主様、後ろだ!』


 今度は黒喰龍のブレス。

 前は黒喰龍。その他の方向からは人間から物を投げられる。


「やめてくれ! どうしてこんなひどいことをするんだ」

「ひどいだぁ? お前が俺たちの楽園を壊したんじゃないか! お前がここに来てからすべてがおかしくなったんじゃないか!」


 一人の男子学生が俺を責める。

 確かに、俺がここの平和を壊した。しかしそれは仮初だ。魔物の餌となり、いずれは破滅する。


「この龍が皆を餌にしてたんだ! 皆の感情を食い物にしてた。今は平和かもしれない。けど必ず破滅する! そんなの見過ごせるかよ」

「誰がそんなことを頼んだ! 外は地獄だ。逃げることもまともに死ぬことすらできない! だったらこの楽園を勝手なお前の都合で壊すな! この偽善者め!」


 気づいている人もいたのか。気づいていて尚ここで死に果てようというのか。だったら俺がしたことはここの人たちを不幸にしただけじゃないか?


『呆けるな! 主様』


 黒喰龍の凶悪な翼から黒いかまいたちが発生。

 咄嗟に牙で受け止めるが吹き飛ばされてしまう。ごろごろと転がって壁に激突する。

あ、スマホがポケットから飛んで行ってしまった。早く取り戻さないと。

転がった痛みから回復して目を開けると、たくさんの人たちに囲まれていた。

 すべての人たちの眼には憎悪が秘められていた。


 怖い。


 顔を踏みつけられる。体のあらゆるところを蹴られた。リンチだ。痛みは少ない。けどこの憎悪が、俺個人に向けられる悪意の視線がどうしようもなく痛くてつらい。

 バケモノの憎悪などそよ風に感じられる程、怖い。


 死ね。バケモノ。略奪者。偽善者。クズ。

 

 体が動かない。気力がなくなる。

 どうしてこんなになるまでがんばらないといけないんだろう。

 怖がりの俺が勇気を出してここまで戦ってきた。

 体の奥底から、この理不尽に対する怒りが沸き上がってくる。

 

「そうだ。あんたらがそんなことをするなら俺だってどうなっても知るかっ」


 リンチされながらも、強引に立ち上がる。

 リンチしていた人たちは俺の眼光とコルト・マギカに竦み、一歩後ずさった。


「どうせお前らは、俺がイベントボスを倒せば生き返るんだ。だったら殺しても大丈夫だよな?」

「よぉ、随分ご機嫌なことやってんじゃねぇか」


 聞き覚えのある声。けど、どうでもいいか。どうせ罵倒の一種。戯言だ。

 コルト・マギカを人に向ける。


「私様を無視してんじゃねぇよ! 釜揚げシラス!」


 突然人が飛んできた。しかも一直線に俺へと足を向ける形で。そして腹にクリーンヒット。


「ぐぇ」


 痛い。リンチされよりよっぽど威力があるんだが。

 なんだ? と思い見ると飛んできたのは四郎だった。

 そして怒っていた。


「面白い体験ができるってついていったらひどい目にあった。それもこれも全部、しらっちゃんのせいだ!」

「は?」

「せっかく体張ってがんばったのに何もないの? ねぇ、これから俺Tueeeeeeeするんでしょ? ねぇ、ねぇ?」

「いや何を言っているかわからないんだけど」

「だぁ、かぁ、らぁ。面白いもの見せてくれるって約束したっしょ? なのにやられるだけで何にもない。ストレス溜まる展開ばっか。これじゃあ、読者離れていっちゃうよ。いいの?」


 面白い、とは確約していないのだが。


「す、すいません。がんばります」


 戯言なはずなのに、なぜか妙に心に突き刺さる。そうだ。これは罵倒じゃない。あの嫌な感じがしない温かい言葉だからだ。


「お、お前、突然入ってきて邪魔するんじゃなーー」

「うっせー。ばーか! 今は取り込み中なの。リンチごっこは後にしてくれる? 用が終ったら返してあげるから!」


 四郎の妙な勢いで俺を囲っていた人たちが気圧される。

 ついでにコルト・マギカで牽制も行う。もう友達が傷つくところは見たくない。これで膠着状態にはなるはずだ。

 周りの奴らはあくまで俺が反撃してこないから、遠慮なく攻撃できた。だが今の状態では、武器もない手ぶらでは手が出せないだろう。


「え? 返しちゃうの? 俺たち一応友達だよな?」

「友達? こんな簡単に敵の罠に嵌って闇落ちする人なんて知らない。全然面白い展開じゃない。周りの戯言なんて気にするな! シラッちゃんがいいやつだなんてことは十分知ってる! だから他人の言葉なんかでいちいち揺らぐな!」


 やばい。滅茶苦茶うれしい。それに友達にこんなこと言われたの初めてだ。

 そうだ。思い出した。なぜ俺が戦っていたのかを。

 別に見知らぬ誰かを命がけで守る事が目的じゃない。それはついでだ。友達を守りたかった。俺を支えてくれる人や期待してくれている人に応えたかった。

 ただそれだけだったんだ。


「ありがとう。それとごめん」

「別にいいさ。いや、失敗したかも。よく考えたら闇落ち展開も面白いな。やっぱり今のなしな方向で行かない?」


 おい。

 ツッコミを入れようとしたら、また何か飛んできて顔面にぶち当たる。

 スマホ? ていうかさっきから妙に威力が高いのは何なんだ? と思ったら千さんがニヤニヤして俺を見ていた。

 あの人かぁ!


『主様。主様! ご無事だな? 体に怪我は?』


 取り戻したスマホからイマンが必死の形相で語りかけてくる。


「ない、と思う」

『そうか、とりあえずは問題ないのだな』


 イマンはほっと溜息をついていた。随分心配をかけさせたみたいだな。あとで謝ろう。

 

『主様まで黒い霧に憑りつかれた時はどうしようかと思ったのだ』


 周りを見渡す。いつのまに周囲は黒い霧で覆われた妙な空間にいた。

 そして俺をリンチしていた人たちの四肢には茨が巻き付いていた。

 俺の体も同じだった。


「これは敵の攻撃か」


 茨を斬り払う。

 すると頭の中の靄が晴れたように気分がだいぶマシになった。


「黒喰龍現れし時、己を見失うべからず。そういうことか」

『うむ。どうやら周りの人間の感情を誘導して争わせる。今、この状況こそが敵の攻撃ということになろう』

「そういえば、四郎は正気を保っていたな。どうしてだ?」

「いやぁ、それがさ。僕も周りの人たちとノリノリで罵倒してたんだ。ビクビクへっぽこ変人変態ムッツリ野郎、いつも変な行動してて皆スルーしてるけど心の中ではドン引きしるんだぞ、て感じでさ」


 本当にこいつと友達でいていいのだろうか? 

 いや、今は言うまい。


「そしたら、セーラー服のエロい姉ちゃんに面白いことがあるからついてきてって言われてほいほいついて行ったんだ。そしたら突然投げられた。あとはしらっちゃんも知ってる通りの展開だ」


 なるほど。あの人のおかげか。結局助けられてしまったな。

 

『主様、今はコルト・マギカで抑えられておる。されど急がねばまた周囲の人間はお主を襲ってくる。疾く敵を打倒する策を練るのだ!』


 周りは今にも俺たちに襲い掛かろうとしてくる人間ばかりだ。

 まずはこの空間から脱出しないといけない。そして、黒喰龍が操る人たちも問題だ。きっと立ちはだかってくるだろう。

 そして霧の外には黒喰龍がいる。姿は見えない。けど、その眼光と口元だけは見えた。

 笑ってる……!

 俺たちが、同士討ちしているのを面白そうに眺めていたんだ。

 絶対に倒してやるっ。


「この空間からの脱出。そして周りの人たちを無効化する。最終目的は黒喰龍の撃破。ヤツ自体はそこまで脅威じゃないのが幸いだな」

『この空間は悪感情を霧にして覆ったものなのだ。先刻は、竜巻一つでは無理であったが複数同時に発動させれば、霧を払うことは可能であろう』

「次は立ちはだかる人間か」


さっきまでの俺ならともかく、もう殺して先に進もうなんてことはできない。

 

「それは僕がなんとかしようか?」

「できるのか?」

「うん。それくらいならやれる。それにこういう連係プレイはワクワクするね」

「どうするつもりだ?」

「僕がヘイトを稼いで皆を誘導する」


 四郎は俺の耳元でささやいた。

 依然として、周囲には黒喰龍に操られた人たちに囲まれている。聞かれないようにしなければ。

 俺も四郎になるべく近づいて小声で会話する。

 要は四郎が周りの注意を引いて安全な場所まで誘導しようということだ。


「けど、どうやってヘイトを稼ぐんだ? きっと皆俺めがけて来るぞ」

変装チェンジがあるのだ。これで二人の見た目を入れ替えれば、おそらくは……』

「僕がシラッちゃんになるのかぁ。不安だ」


 だよな。下手したら死ぬかもしれない。やはり俺一人でやったほうが……。


「しらっちゃんの挙動不審っぷり再現できるかな?」

「不安なのはそこかよっ」

「え? だって他に不安要素ある? 僕がやばくなったらシラッちゃんが助けてくれるでしょ?」


 俺を信じて疑ってない。

 この信頼に応えたい。本当なら四郎を止めないといけないけど、そう思ってしまった。


「ああ。それにもうタイムリミットの様だ」


 黒喰龍がしびれを切らしたのだ。周りの人間に茨の剣を持たせる。これで互いに武器を持ってしまった。

コルト・マギカが作り出した膠着状態は終わる。

 じりじりと周囲の人垣が俺たちへとにじり寄ってきた。


「イマン、四郎にありったけの付与と武器を!」


 突然現れた装備にすげーと四郎が興奮している。浮かれている場合じゃないんだがなぁ。

 

「じゃあ、さっそく始めるぞっ」

『うむ!』

「どんどん、ぱふぱふ、いえー!」


 どこからか取り出したクラッカーを鳴らす。

 パンパンパン!


「パーティじゃないんだからそれはやめろ」


 なんというか締まらない反撃の狼煙だった。


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