プロローグ 〇〇〇〇が終らない
何度見ただろうか。この光景を。今回で本当に終わるのだろうか。
巨大な黒板の前。いつもなら大学の講師が立つであろう場所にそれは現れた。
『我は汝。汝は我。すなわち鏡。世界の歪み、そのもの也』
『僕は負けない。世界の歪みは正さなければならないっ。だからこそ、お前を倒す!』
俺は無表情に眺める。
世界と世界が接触したことによって生じた歪。その歪は異形の魔物となって俺立ちはだかっているらしい。
『倒すことが是か? 正義か? 否。我を討とうとも歪みは終わらぬ。世界は救われぬ。なにも変わりはせぬ。戦うことはむなしいことぞ。故に我を受け入れよ』
『確かにお前を受け入れたら楽だろう。だがそれじゃあ、だめだ。ここまで来れなかった友や彼女たちのために。たとえ世界が救われなくても僕は戦う!』
『その息やよし! ならば応えよう。我の最強をもってして。我は汝。汝は我。己という夢幻に惑いて死ぬがよい』
そんな御大層なセリフを吐いて、戦闘は開始される。
俺がやることはたった一つ。
それを実行しただけで俺の目の前は真っ暗になった。
一瞬で時間が経過し、場面が移り変わった。
『クックックッ。見事なり。だがあまりにも未熟。それでは届かぬ。見ろ。お前の未熟で友が消える』
『くっ、どうして僕の攻撃が通用しないんだ。それどころか攻撃すればするほど僕にダメージが来るなんて』
『言ったであろう。我は汝。汝は我』
化け物は不敵な笑みを浮かべる。
圧倒的な戦力差。だが俺がやることは変わらない。
俺はさっきと同じようにそれを押した。
また暗転する。
『無駄な足掻きであったな。されど、悲観することはない。世界は我が救おう。歪みは正され、今生きる者はすべからく粛清されるであろう』
そろそろ限界だ。
もう我慢できない。
今はそれができないとわかっていても俺の指は動いてしまう。だが暗転しない。何も変わらない。
発狂しそうだ。
『僕は死ぬのか。ここで、何もできないまま』
その時、目の前で靄が発生する。
『ヌッ。バカな。異世界の接触は制限したはず。ありえぬ!』
『一体何が起きてるんだ……。こんなの僕は見たことがない』
俺は固唾を飲んでその光景を見守った。
靄の色は赤。そして金変わる。ここからだ。ここが重要だ。
金は虹に変わった。
きた。来たきたキター!
今までの苦労が報われるようだ。
発狂しそうだったのに今では天にも昇る心地。
さぁ、何が来る。
俺は期待に胸を躍らせた。
そして、それは虹色の靄から出てきた。
『待たせたな、私はレックレス。アドミニストピア最強の勇者。すべてのバケモノは私が倒す!』
白の鎧を携えたさわやかなイケメンだ。
俺は震える。
ああ、こいつは強い。スペック的にも最強の勇者だ。きっとこのバケモノにも勝てるだろう。だからこそ、俺は言った。
「男はお呼びじゃないんだよ! せめて美少女来いよ! ていうかイマン一点狙いなんだよ、ちくしょうぉぉぉぉぉ!」
俺はそれを、スキップボタンを再び連打する。
今までの会話は、スマホ用ゲーム《アドミニストピアの呼び声》のチュートリアルイベントである。
画面が暗転していたのはスキップしたから。
途中で飛ばせない会話イベント挟むのが本当にクソ。
今時のソシャゲはチュートリアル全スキップとかできるユーザーに寄り添ったゲームもあるというのに。
リセマラ必須のこのゲームはチュートリアルをしっかりと毎回やらせる。
マジ面倒くさい。
「いや、絶望するのは早い。まだ十連ガチャがある」
まだチャンスはあるんだ。
終わりじゃない。
チュートリアルをクリアしたら十連ガチャが引ける。期間限定だ。今が最大のチャンスなんだ。
面倒くさいのがこのチュートリアルイベントのボスは、本体が隠れている。そしてその本体は主人公に取りついている。
だから主人公の体力をゼロにする必要がある。最初はそれがわからず、何度もやり直しをさせられた。どうしてこんなことをしたのか。
ユーザーのことを何にも考えられていない。頭悪すぎだろ。いや、むしろ嫌がらせなのか? きっとそうだ。
やはり運営はカスだな。
よし主人公が死んだ。
スキップ連打。メインメニュー画面に移動。
『メインストーリーをタップしてね』
説明セリフはもういいんだよっ。俺が何百回見たと思ってんだ! もう暗唱できるわっ。
タップを連打。スキップできないとわかっていても連打してしまう。
そして待望の十連開始ボタンを押す。
今でも覚えている。あのホームページで何千、何万もの最高レアリティの美少女がいた。
その中でも俺が一目ぼれをしたのはイマンだ。まさに俺の理想の美少女そのもの。
彼女以外はどうでもいい。有象無象だ。
だが、無慈悲にもガチャ演出である靄の色は変わらない。
すべて緑色、レアだ。
そして、最後。十連目のガチャ。
いつも通りの緑。そして色が赤に変わる。
「お?」
さらに金になる。
これはひょっとしてひょっとする? きたんじゃない?
ついには、靄が虹色に輝きだした。
きたか?
いやだめだ。ここで油断するな。物欲センサーが反応するとロクなことがない。俺はガチャには詳しいんだ。
だからここは本命のイマンを来いと願うのではない。
「レックレス来い。レックレス!」
目を閉じて祈る。イマンを願えばイマンは来ない。だがレックレスを願えばどうだろう。神様はとてもひねくれている。
だから、こうすれば絶対に大丈夫だ。
根拠のない自信が沸き上がる。
演出の音が止む。
『シュイン』とキャラが登場する効果音がした。今目を開ければ何が来たかわかるだろう。
このドキドキ感がたまらない。
恐る恐る、俺は目を開ける。
そこにいたのは。
『待たせたな、私はレックレス。アドミニストピア最強の勇者。すべてのバケモノは私が倒す!』
「あああああああああああああああああああああああああ。本当に来るなよぉ。しかもダブり! リセマラが終らないぃぃぃぃ!」
物欲センサーは正しく作動したようだ。