白の聖騎士、新たな扉を開ける。
白雲と再会したレオナルドだったが、すぐに連れて行くわけにはいかなかった。
小太りの馬商人がふうふう言いながら走ってくるのが見えたからだ。
ようやく追いついた汗を馬商人汗を拭きながらはレナナルド達に頭を下げてくる。
「いやあー、ありがとうございます。この馬が突然逃げ出してしまって探していたのです。普段はとても気性のいい馬なのですが、どうした事か急に暴れて逃げ出してしまいまして。いや、暴れたと言っても怪我人がでるような暴れ方ではなかったのですよ。ただ、この馬は特別俊敏な動きをする素晴らしい馬なので止めることができずに逃がしてしまったのです」
お礼の言葉に言い訳を付け加えたのは馬が暴れたのは調教が足りないせいだと思われたくなかったし、上手くすればこの騎士に買ってもらえるかと算段したらしい。
その商魂たくましい様子にレオナルドは苦笑いする。
「実はこの馬は私の愛馬にそっくりなのだがな」
レオナルドの言葉に馬商人はギクッとする。
馬商人の顔色が変わったのを見てレオナルドは満足する。
(ふふん。普通の者なら「これは私の馬だから返してもらおう」とでも言うところだが、そんな当たり前のセリフは誰でも言えるのだ。同じ状況でもあえて直接的に言わないで相手に伝えるのが『イイ感じのセリフ』使いってもんよ!チャンスを逃さない俺のドンピシャの『イイ感じのセリフ』にこの男も驚いているようだな・・・。さすがは白雲、帰って来たそうそう俺にこんな『イイ感じのセリフ』を言わせるとはな!)
レオナルドは自分があまりにもタイミングよく『イイ感じのセリフ』を言ったので馬商人がビビっていると思っている(常人にはよくわからない思考だが)が、もちろんそんなわけはなく馬商人が顔色を変えたのは、単純にはぐれ馬の持ち主が現れたと思ったからだ。
「ははあ。逃げ出した馬だとおっしゃるので」
馬商人としても白雲の懐き具合からその言葉が真実だと悟るが、ここまで連れて来たのだ。タダで渡すのはもったいないと思っている。
もともと拾った馬なので全額はもらえないだろうがそれでも保護していた手間賃ぐらいは欲しいという態度がありありとしている。
そんな馬商人の様子を見てレオナルドはマリーを振り返る。
「マリー」
レオナルドに名前を呼ばれてその意図を理解してマリーは大げさにため息をつく。
「・・・わかりました。いい値を払いましょう。これをもってタンク侯爵家に来てください。マリーの使いだと言えばあなたが望むだけのお礼を渡してくれるでしょう」
そう言ってマリーは馬商人にタンク家の印章の押された紙を手渡す。
「こ、これはタンク侯爵家の!あ、あの青の聖騎士クレディ様の?」
「そうです。そのタンク家です」
「ではあなたは・・・」
恐る恐る尋ねる馬商人に、マリーは上品に答える。
「マリー・タンクと申します」
マリーは元々平民だがこのように今では侯爵夫人としての気品を見事に備えている。
「青の聖騎士様の奥方ですか!」
青の聖騎士クレディのタンク家といえば聖王国でも有数の大貴族だ。思わぬ大物に馬商人も興奮を隠せない。
そのタンク家の者だと名乗る女性の言葉に馬商人はしばらく考えるようにして、
「・・・いいでしょう。この馬はお返しします。もちろんお代も頂きません。あなたも立派な騎士の様ですし、あなたの様な方に乗って頂ければきっと聖王国のためになるでしょうから」
「よいのか?」
「ええ。私も聖王国の商人のはしくれ。国のためになるなら多少の損はどうってことありませんよ」
意外と気前のいいことを言う馬商人に、
(ううん、さすがは白雲が選んだ馬商人だけはある。なかなかの『イイ感じのセリフ』言う力を持っているな)
とレオナルドは感心している。
そんな事を思われているとは知らずに馬商人はレオナルドの素性が気になっていた。
「ところでこちらの騎士様はどのような方なのですか?マリー様の事を呼び捨てしていたようですが・・・」
青の聖騎士夫人を呼び捨てにできる騎士なら普通の身分ではないと思ったのだ。
レオナルド達はその鋭い質問に一瞬ドキッとするが、マリーは慌てず答える。
「この方は今は私の護衛をしてくれていますが、兄の古い友人なのです。私の事も幼いころから知っているのでこのように親しい呼び方をされているのです」
マリーが平然とした顔で嘘を言っているのを見て、
(さすがの度胸ね。あえて兄の事を出すなんてレオナルドの妹だけはあるわ)
とレイミアが素直に感心しているのに比べて、
(なんか『イイ感じのセリフ』を言っとる・・・)
レオナルドと白雲はまた見せ場をとられたといった複雑な表情だ。
「兄上と言われると白の聖騎士様の?ははあ、それでこの方はこのような格好をされているのですか。友人とはいえ白の聖騎士様に憧れているんですなあ。わかりますよ。白の聖騎士様は人気がありますから」
青の聖騎士クレディの妻であるマリーが白の聖騎士の妹であることはよく知られているため馬商人も勝手に納得している。
人気があると言われてレオナルドは(え?マジで?なんかこんな感じで言われると新鮮だなあ)と思う。自分の事を白の聖騎士だとわかって騒がれるのには慣れているが、第三者として白の聖騎士の評判を聞くのは初めてだ。
「他の聖騎士様のマネをするなど恐れ多くてできませんから、手近な白の聖騎士の格好をしているだけですよ」
レオナルドはその喜びを隠してあえて謙遜するが、馬商人はさらに褒めてくる。
「いやいや、隠さなくてもいいですよ。あなたも白の聖騎士様のファンなんでしょう?」
「ファン?」
「白の聖騎士様は立派ですよねえ。聖王国を裏切って帝国に寝返ったなんて言ってる者もいますが、きっとなにか深い考えのあっての事です。何しろ『自己犠牲』の聖剣ですからね。『全体に奉仕する』とかカッコつけている貴族たちを退けて平民ながら白の聖剣に選ばれた方です。保身のために聖王国を裏切るはずなんてありえませんよ。まあ聖騎士様の中でも白の聖騎士様は各段に高潔で優れた方だと私は思いますね」
馬商人は白の聖騎士のファンを自称するだけあって白の聖剣の条件まで知っているようだ。
普通だったら中年のおっさんに興奮気味に褒められても(これが可愛い女の子だったらなあ・・・)と思いそうなものだが、この白聖騎士は全くそんな事はなく、心の底からこう感じていた。
(俺って知らない人が俺の目の前で俺の事を絶賛する・・・。これって気持ちいいなあ。『イイ感じセリフ』とはまた違う良さがあるなあ!ありがとう、おっさん!)
レオナルドは新たな扉を開けつつあった。




