白の聖騎士、妹に『イイ感じセリフ』を言おうとする
「・・・とりあえず落ち着いて話す必要がありそうですね。皆さん、どうぞおかけになってください」
皆が立ったままだと気づいたマリーが椅子をすすめる。マリーはレオナルドの妹とは思えないほど気遣いができる。いや、レオナルドの妹だからこそこんな性格になってしまったのだろう。
全員が着席したのを見届けると「少しお待ちください」とマリーは言い残して立ち去っていく。
しばらくしてお茶のセットをお盆に乗せたマリーが入ってくる。マリーはおもてなしをするために台所に行っていたのだ。この家には誰も住んでいないが時折マリーが来て管理しているので一通りの生活用品はある。
マリーは手際よくお茶を淹れて帝国からのお客たちに出していく。
今は聖王国の大貴族の妻だが元々庶民の出なので家事は手慣れたものだ。実際、マリーはクレディの両親たちもにもこうやって自らお茶を出すことがある。タンク侯爵家は大貴族なのに嫁のこうした庶民的な行動を嫌がらないでむしろ楽しむような度量の広さがあった。
「へえー。いい葉を使ってるのね」
レイミアは久々に屋根のある場所でのお茶を喜んでいる。帝国領内ではまだしも聖王国の領地に入ってからは野宿続きだったのでこうやってのんびりするのは久しぶりだ。
「マリーはお茶にこだわっているからな」
レオナルドはお茶は妹の趣味の一つであることを説明する。
「それにしてもいいお茶よ。帝国にはないものだわ。この香り、かなりの上物ね」
絶賛するレイミアに苦笑しながらマリーは
「よろしければお土産に持って帰ってください」
とすすめる。
「え?いいの?悪いわね」
レイミアは遠慮せずにその申し出をうけている。無事に帝国に帰れるかもわからない任務中なのだがそんな事は関係ないらしい。
レイミアは聖都という敵地のど真ん中にいても変わらない。落ち着いているわけではないが自分の行いを普段通りに貫いている。そんなレイミアの姿を見てマリーは(綺麗な人だけど内面は兄さんに似てるなあ)とほほえましく思う。
どんな時、どんな場所でも常に冷静な態度を見せるレオナルドと同じように、どんな場面でも常に自信に満ち溢れているように見えるレイミア。全く違う性格のように見えてマイペースなところが共通しているように見えておかしかったのだ。
(でも、兄さんともちょっと違うかなあ)とも思いなおす。
マリーの見立ては正しい。
レイミアは生まれ持った性格だったが、レオナルドの方は幼い頃から意識して身につけてきた性格だった。それは『イイ感じのセリフ』を格好良く言うための努力の上で培った性格だったが、その完成度高さゆえに身内であるマリーにしかそのマイペースが作られたものだという違和感を与えていないのがすごいところだ。
マイペースは作れるのだ。少なくとも外見上は。
皆が一息ついたところを見計らってマリーが切り出す。
「それで兄さんたちはいったい何しに来たの?自分の現状はわかっているんでしょう?」
「それはもちろんマリーに会うためだ。マリーがここを管理しているのを知っていたからな。ここに来たら必ず会えると思ったのだよ。そのために来たのだ」
レオナルドは真剣な顔でマリーの眼をしっかり見すえながら、これこそ感動の再会!のような事を言っているが、マリーは冷めた顔で
「それは目的じゃなくて目的のための手段として私が必要だったって事でしょ。何しに来たかは知らないけど、まさかこの聖都で協力者もなしに目的を達成できると思ってないんでしょう。そのために私が必要だった。そうでしょ?」
核心をついたことを言う。
(こういう時の兄さんは甘い顔をすると話が長くなるし、むしろその長い話を楽しんでいるのよね)
早く本題に入りたいマリーはレオナルドの『イイ感じのセリフ』を言う機会を奪っていく。
「すまないな」
「別に謝らなくてもいいわよ。協力するわ。別に兄さんの事は嫌いじゃないし、私だって無事に会えてよかったと思ってる。それに兄さんのやろうとしている事は聖王国に本気で損害を与える事じゃないんでしょう?そのために自分の命を危険に晒してもね」
マリーはなんだかんだ言っても兄の聖王国への思いを信じているし、確かにその見解は間違いではない。帝国に帰属してもレオナルドは聖王国を自分の出世の道具にするつもりはないのだ。
だがマリーは知らない。この兄は自分の命よりも聖王国の事を大事に思っているが、それ以上に『イイ感じのセリフ』を言う事を大事にしている事を。
つまりレオナルドにとっては
〔自分の命<聖王国〕なのだが、〔自分の命<聖王国<『イイ感じのセリフ』〕でもあるのだ。
レオナルドの事を誰よりも理解しているマリーだが、さすがにそこまでは兄の事をわかっていない。
普通に考えて一言のセリフと一国の存亡が釣り合うわけがないのだがこの白の聖騎士、レオナルドは普通ではなかった。
「ありがとう。よくできた妹を持って俺は幸せだな。マリーの協力を得られるなら今回の任務は九分九厘成功したようなものだ」
マリーの勘違いを知らないでレオナルドはそれなりに『イイ感じのセリフ』を言うがマリーの返答はそっけない。
それらしいことを言っては後の事は相手のリアクションに問題解決を丸投げすることがあるのを知っているマリーなのだ。
「相変わらず人任せなんだから。兄さんが帝国に行った後、こっちは大変だったんだよ。私は大丈夫だったけどその他にも兄さんに関係している人はたくさんいるんだよ。いつまでも一騎士として無茶していい立場じゃないんだからその辺をちゃんと自覚してよね」
普通の者なら心を折られそうな妹のガチ説教に対してもレオナルドは反省しているような顔をしつつも、どこか余裕のある苦笑をして見せる。
「すまなかったな。ありがとう」
とレオナルドにお礼を言われたが、マリーは疲れたような顔をする。
(こういうところなのよね。兄さんの困ったところは。私以外は全く違和感を感じていないようだけど)
マリーが思っているようにレオナルドの伝記作家であるタイユフールなどは(さすがレオナルド様。些細な事では動揺一つされていない。これぞ英雄の証ですね)と感心している。
実際、レオナルドその人は平然とした態度を崩さないままで、
(あー、そうだったああああ。みんなすまない!そうだよなああ。やっぱり迷惑かけていたかああああああ!だっ、大丈夫だったんだろうか?俺の無鉄砲な行動のためにひどい目に合わせてしまった・・・。あー、俺はバカだ!『イイ感じのセリフ』に目がくらんで後の人の事を考えてない行動ばかりして・・・。何が白の聖騎士だよ!俺は大バカ騎士だよ!マリーにも迷惑かけたなあ・・・本当に俺の妹に生まれたばっかりに・・・すまない!マリー!)
今更ながらに盛大に後悔していた。
そんなレオナルドの心中をマリーは敏感に感じ取ってため息をつく。
(これ、かなり落ち込んでいるみたいね。反省してるみたいだからこれ以上責めるのはかわいそうね)
「お礼ならタンク侯爵家に言ってよね。兄さんの邸宅は最低限の人員しか雇っていなかったけど、それでも兄さんが帝国に捕まってからは行き場をなくした人たちをタンク家で雇い入れたり、他の職を世話したりと力になってくれたんだから」
タンク家が関わってくれたと知ってレオナルドはその意図を考える。
「そうか。クレディが動いてくれたのだな」
マリーが嫁いでいるとはいえ、ここまでの好意をタンク侯爵が見せてくれたのはレオナルドの親友でもある青の聖騎士クレディの意志が大きいだろう。
「そういう事ね」
マリーも否定はしない。
「・・・クレディとは戦いづらくなったな」
深刻な表情でつぶやくレオナルドだったが
(『戦いづらくなった』これはけっこう『イイ感じのセリフ』だよな・・・)
ちゃっかりそんな事を考えていたのだった。




