白の聖騎士、イイ感じのセリフで説得する
黒の聖剣の適合者に対するタイユフールの意見を聞いた(アイデアをパクったともいう)レオナルドは早速、黒の聖剣の適合候補者の元に足を運んでいたが、その説得は難航していた。
「その件はお断りします」
まっすぐな黒い瞳でレオナルドを見ながらそう答えているのは東方出身の天才少年剣士シンゴだ。
この美少年はその容姿に似合わず凄まじいほどの剣の腕前をもっている。
その強さは純粋な剣術ではレオナルドも「まず勝てない」と認めているほどで帝国十剣士でも下の方の相手なら二対一でも軽くいなせるレベルに達しているが、本人は「いまだ修行中の身」と思っている。
そんなシンゴに対してレオナルドは本心では(まだ修行中ってどこまで強くなるつもりだよ。十分強いわ!その強さで満足してないって別の意味で怖いわ!)と恐れているがもちろんそんな事はまったく表情に出さない。
達人とは己の心を他人に読ませないものだが、レオナルドもある分野での達人なのでこの点ではさすがだった。
「一応、理由を聞いておこうか」
こんな感じで『一対一でシンゴに勝った強者』をごく自然に演じている。
「僕は自分の剣術を磨きたいのです。剣の力によって強くなりたいわけではないのです。強くなれば何でもいいわけではなく、己の技、力を高めたいのです」
シンゴは静かに答えているが、そのしっかりとした物言いと考え方はとても10代の少年とは思えない。
(くうっ、なかなか『イイ感じのセリフ』を言うじゃないか。さすがシンゴだな。俺が認めただけはある。だが、そのセリフが言えたのも俺の『理由を聞いておこうか』がアシストになっていることを忘れないでくれよ!これがなかったらその『イイ感じのセリフ』は言えてないんだからな!)
レオナルドは変なところで恩着せがましい。
ただ、シンゴはレオナルドと違って『イイ感じのセリフ』を言いたい病にかかっていないので恩にきる事はないだろうが。
「剣の力で強くなりたくない、か…」
意味ありげにシンゴの言葉を復唱するレオナルドだが、特に意味はない。
ただ単に『剣の力で強くなりたくない』というセリフをこの『イイ感じのセリフ』を言いたい病患者は自分でも言ってみたくなっただけだ。
しかし、シンゴはそう受け取らなかった。剣の力で強くなっても意味がないという自分の考えが間違っていると言われたように感じたのだ。
「それはどういう意味でしょうか?」
「わからないのか?」
自分でも意味などないのでとりあえずそう答えるレオナルド。下手に外見がいいのでこんな意味のない会話でも深い考えがあるように聞こえるのが恐ろしい。
「はい。未熟な僕にはわかりません」
シンゴは少し悔しそうに答えている。
「そうか…」
レオナルドは静かに息を吐く。その仕草はいかにも意味ありげだ。
そしてこのレオナルドの行動はもちろん意味などなく単なる時間稼ぎだ。この場を切り抜ける『イイ感じのセリフ』を絞り出すために5秒ほど欲しかったのだ。
そもそもシンゴの性格を考えるとこうなる事はわかりきっていた。己の力を高める事を至上としているこの少年は剣の力で強くなる事を潔しとはしないだろう。それでもレオナルドは黒の聖剣の適合者になるようにシンゴを説得したかった。
黒の聖剣を帝国のために役立てたいから?
シンゴという好敵手に聖剣を持たせて対等の条件で戦ってみたいから?
しかし、この白の聖騎士がそんな普通の理由でシンゴを説得したいわけがない。
レオナルドがシンゴを説得したい理由は、ただ一点。
(黒の聖剣の適合者になることを何かと渋るであろうシンゴを説得するためにはきっと『イイ感じのセリフ』をたくさん言う必要があるだろうな!それもよほど『イイ感じのセリフ』でなければ説得できないだろう!)これだった。
帝国のために?好敵手にしたい?そんな些末な事を考えるレオナルドではないのだ。
シンゴが黒の聖剣の適合者になるかどうかなど、どうでもよく、大事なのはその説得の過程で『イイ感じのセリフ』を言えるチャンスが確実に来る!その事だけを考えていたのだ。
そして『イイ感じのセリフ』チャンスをものにすることに関してはこの聖騎士は達人の域に達している。
そのチャンスが来たこの時もその世界一と言っていいその力を存分に発揮して『イイ感じのセリフ』を絞り出していた。
「シンゴ、確かに君の言うように優れた剣を持てば強くなれるわけじゃない。しかし、強すぎる剣を持ってもなお、自分の強さを見失わない者こそが本当の強者なのではないのか」
(おっ、これ『イイ感じのセリフ』だねえ!『自分の強さを見失わない者こそが本当の強者』…いいわあ、我ながら『イイ感じのセリフ』だわあ)
頭脳を高速回転させたレオナルドがこのセリフを言ったのは「そうか…」と言ってからジャスト5秒である。さすがの『イイ感じのセリフ』言い力だ。
「つまり、剣の性能に負けないだけの実力を僕が持てば、剣の強さが気にならないという事ですか?」
そんな事とは知らないシンゴは素直に受け止めている。
「そういう事だ。私は君に聖剣の強さに負けない実力があると見込んで黒の聖剣の適合者に選んだのだ」
(よっしゃー!上手くいったようだな!ここまでくれば後は流れに沿って『イイ感じのセリフ』を繰り出すだけだぜ!)
話の流れに沿って『イイ感じのセリフ』を繰り出すのはこの聖騎士の得意技だ。
この後、レオナルドはどこかで聞いたことのあるような『イイ感じのセリフ』を思う存分言いまくって、ついにシンゴに黒の聖剣の適合者なることを承諾させたのだった。




