白の聖騎士、文句は言わせない
レオナルドとラインハルトに果たし合いはレオナルドの勝利という結末になったがラインベイスの神聖同盟離脱はすぐには行われなかった。
そもそも果たし合い中にラインハルトによって聖王国側から同盟の破棄を一方的に宣言されているわけなのだが、ラインベイスは相手側から一方的に言われたからと言って「はい、そうですか」と受け入れるような政体をしていない。
ラインベイス七家や市民議会によって政策が決定される自由都市ラインベイスは、どうやっても避けようがない決まり切っている事柄でも結論がでるのが遅いのだ。きちんと意見を出して、それに対して議論を行い、しかるべきのちに結論を出すようになっている。
ラインベイスが神聖同盟離脱の論議をしている間、レオナルド達はマルチェッラの私邸で過ごすことを余儀なくされていた。
「しかし、わからんね。聖王国の聖騎士が同盟破棄すると宣言したじゃないか。ラインベイスのやつらは何を話そうっていうんだ」
単純思考のアリアスの当然すぎる疑問に、
「同盟破棄と言っても宣戦布告されたわけじゃないからね。同盟関係から今までの中立状態に戻っただけからね。黒の聖騎士の処遇も含めて慎重に考えたい気持ちもわかるよ。ラインベイスからしたら同盟破棄したとしても聖王国との関係を簡単に悪くしたくないんだよ」
タイユフールが訳知り顔に答えているが、アリアスは再び疑問に思う。
「黒の聖騎士を捕えたのはレオナルド様だろう。生殺与奪の権利は俺たち帝国にあると思うがな」
「黒の聖騎士ラインハルトの身柄はラインベイスに預ける事になるだろう。身代金はラインベイスが払うそうだ」
今度はレオナルドが答えている。
「そんな事をしてもいいのか?」
いくらレオナルドが帝国遊撃隊としてラインベイス攻略を任されているとはいえ、黒の聖騎士の処遇を帝国本国に黙って決めるのはアリアスにもまずいように思えたが、
「構わないさ。私が降伏させた者をどう扱おうと文句は言わせない」
レオナルドは自信たっぷりに言い放つ。その堂々とした態度に、
(さすがはレオナルド様だ。新参者だからといって帝国に対しても卑屈な所がない)
とアリアスとタイユフールは感心するが、レオナルドはただ単に『文句は言わせない』と言いたいだけであった。
だが、そう言ったからにある程度根拠をしめす必要があった。たいていの場合レオナルドは話をそらして根拠をうやむやにするのを得意にしていたが、今回は珍しく根拠があった。
「私の時だって身代金さえ払えば釈放されていんだ。帝国は人質戦略はとらない。人質戦略は弱き国がとるやり方だと帝国の上層部は思っているからな」
レオナルドは自分が囚われていた経験から帝国のやり方を熟知していたのだ。
「もっとも、私の時と同様に黒の聖剣は預からせてもらうがな」
「黒の聖剣はこっちで確保するのか。よくラインベイスがそれで納得したな」
「聖剣を抱え込むようなやっかいな事はしたくないのさ。白の聖剣に続いて黒の聖剣まで他国に所有されるような事を聖王国が安易に許すわけがないからな。帝国ならいざ知らずラインベイスが所有することになれば聖王国はすぐに取り戻しに来るだろう。武力に訴えてもな」
「それなら、黒の聖騎士と一緒に聖剣も聖王国に戻したいとラインベイスは思っているんじゃないのか。聖王国に悪い印象を持たれたくないんだろう」
「そうさ、悪い印象を持たれたくない。だからアリアスの言うように黒の聖騎士の身柄は聖王国に戻すだろう。だが、神聖同盟が決裂した今は聖王国の戦力を下手に増強したくないのもラインベイスの立場からしたら事実なんだ。だから、黒の聖騎士だけ帝国から受け取って、聖剣は帝国にある方が都合がいいんだよ。私が黒の聖剣は渡せないと言ったら、あっさりと引き下がったからな。『帝国からなんとか黒の聖騎士の身柄を引き受ける事はできましたが、残念ながら聖剣は取り戻せませんでした』とそういうシナリオだろう」
「そして、問題なのはその後のラインベイスのあり方ですね。神聖同盟破棄を受けて以前のように中立を保つか、帝国よりになるか」
タイユフールが話をまとめにはいってくる。
「なるほどなあ。今はそれを話し合っているってわけか」
「ああ。ラインベイス七家は別にしても市民議会は帝国に好意的に動いてくれるはずだ」
実際、現在ラインベイスで行われている議論の結論はレオナルドの目論見通りになろうとしていた。聖王国の突然の裏切りに市民たちは素直に怒りを覚えた事もあるが、それ以上に市民たちの間では『馬上試合の英雄』の味方になりたい気持ちが高まっていたのだ。
ただ目立って『イイ感じのセリフ』を言うだけのために馬上試合に出ていたレオナルドだったが、それが思わぬ効果を生んでいた。相変わらず『イイ感じのセリフ』を言っていればなんとかなるレオナルドだった。
しかし、そんなレオナルドの元にもたらされた知らせは、神聖同盟破棄よりも衝撃的なものだった。