黒の聖騎士は退屈する
「つまらんな・・・早くここが戦場になればよいのだが」
迎賓館の貴賓室で物騒な事を言っている黒の聖騎士ラインハルトは自由都市ラインベイスでの生活に飽き飽きしていた。
赤の聖騎士であるゴドフロア将軍の命令でこの自由都市に留まっているのだが、ライハルトからすると自由都市ラインベイスの者たちは平和ボケしている様に見えるのだ。
ゴドフロアが自分をこのラインベイスに留めている理由はわかるが、それを理解していてもラインベイスの退屈さはラインハルトにとって耐えがたくなってきている。
(少しは緊迫感を持つべきなのだ。聞いたところでは帝国ではあのレオナルドのやつがラインベイスの攻略を命じられているとの事ではないか。ここのやつらはあいつの厄介さを理解していない)
神聖同盟に加わって帝国と戦争状態に入っているというのに、今までとなんら変わりのない生活をラインベイスの市民は送っている。それはラインベイスの絶対的な防御能力に信頼を置いているからなのだが、ラインハルトには何も考えていないように見えた。
この前も自分を闘技場の観戦に誘ってきた能天気な者がいたが断っている。
(思い出しただけでも腹立たしいわ!なにが注目の騎士がいる、だ。このような所で見世物のように戦う騎士にまともなものいるはずもない)
ラインハルトはその時の事を思い出していた。
*
聖王国の聖騎士であり、神聖同盟締結の使者である黒の聖騎士ラインハルトは自由都市ラインベイスにおいても要人として丁重に扱われていたが逆にそれが自分は戦場における騎士だと自覚しているラインハルトには気にくわなかった。
なにしろラインベイスにはこの世のありとあらゆる娯楽があり、連日のようにパーティを行い、ギャンブルに誘い、様々な見世物に連れ出して歓待していたのだが、それらは全てラインハルトには無用の物だった。
やがて体調不良を理由にそれらの誘いをラインハルトは断るようになっていたが、それは建前で提供されている娯楽を楽しめていないのは明らかだった。
そんなふうに退屈していたライハルトを楽しませようとラインベイス側が提案してきたのが闘技場の試合観戦だ。聖騎士ならばレベルの高い馬上試合に興味があると思ったのだ。
見世物の戦いなどには全く興味がないラインハルトだったが、一応礼儀としてどんなものか尋ねた時のラインベイスの高官が得意げに緩んだ顔を今でもラインハルトは思い浮かべる事ができる。
「実はものすごい騎士がいるのです。ここ最近になって参加し始めた全身白の鎧で固めた正体不明の騎士なのですが、それが強いのなんの。剣の腕もさることながら魔法のかなりの使い手でしかも乗っている馬も素晴らしい名馬なのです。あれは一見の価値がありますよ」
(全身白い鎧・・・。あの野郎を思い出させる不快な奴だな。あの野郎が出ていたら面白いが、いかにあの野郎が滅茶苦茶な奴でもこんな所で見世物試合に出るわけがない。やつも道化ではないからな)
ラインハルトは自分の想像に苦笑する。
珍しく笑顔を見せたラインハルトにその男は喜びかけたが、
「遠慮しておこう」
とラインハルトの返事はいつもの様に冷たいものだった。
この時ラインハルトが闘技場に行っていればさすがに白騎士が白の聖騎士その人だと気付いただろう。いかにあり得ないことであっても白の聖剣を使える人物はこの世に1人しかいないのだ。
そして闘技場に行かなかったことで、ラインベイスが神聖同盟から外れる事になるとはこの時のラインハルトは知る由もなかった。




