マルチェッラ②
レオナルドの問いにマルチェッラは意外にも笑いながら答える。
「ラインベイスを降伏させるために私を人質にでもとるつもりですか?それでしたらご期待に添える事はできないでしょうね。仮に私を殺すと脅してもラインベイスに何も影響はないでしょう」
追い詰められていたはずのマルチェッラの反応が気にくわなかったのかアリアスがムッとしたように、
「だが、あんたはラインベイスの軍事をつかさどる大貴族なんだろう?あんたの命には価値があるはずだ」
アリアスは誰であっても敬語を使えないのでこんな時でも平気でマルチェッラをあんた呼ばわりしているが、それをとがめるでもなくマルチェッラは続ける。
「ええ。確かに我がフルブライト家は軍事をつかさどる家の一つです。でも、その命に特別な価値があるわけではありません。ラインベイスには軍事をつかさどる家はもう一つありますし、その一つも敗れたとしても七人衆の誰かが指揮を執ってラインベイスはその自治を守るために最後の一人まで抵抗し続けるでしょうね」
自由都市ラインベイスの厄介なところはここだろう。七人衆の合議制からなるラインベイスは他の王国のようにトップが定まっていないので1人を制しても意味がないのだ。そしてラインベイスの市民たちは自由都市の市民という誇りを強く持っており、それは他の国の国民たちが持つ愛国心とはまた違うベクトルの自立心という厄介なものだ。
彼らはラインベイスの自治を守るためならばその命を惜しまない。つまり、ラインベイスを制圧する場合はラインベイスの全てを相手にしなくてはいけないのだ。
勝つためには上層部だけでなくラインベイスそのものを屈服させなくてはならない。これがラインベイスを相手にする難しさだろう。最初の作戦会議でも言われていたようにもともと帝国遊撃隊だけでどうにかなるような相手ではないのだ。
(おいおい、タイユフールさん~。話が違うじゃないか。闘技場で俺がマルチェッラに勝った時に(もうこれで大丈夫)みたいな感じになってたじゃないか。マルチェッラのこの反応、大丈夫どころか全然無理な感じじゃないか?)
そんなレオナルドの焦りを焚きつけるようにマルチェッラが問いただしてくる。
「あなたは帝国遊撃隊の隊長だそうですが、本当にあの規模の軍でラインベイスがおとせると考えているんですか?」
(ぐっ、全く何も考えていない俺には答えにくい質問を・・・。なかなかやるなマルチェッラ!だーが、こういうときにも使える『イイ感じのセリフ』があるんだよ!)
「やり方次第ではできると思っている」
目を閉じて静かに言うレオナルドにマルチェッラは突き放すように言い放つ。
「失礼ですが私は無理だと思います。我らがラインベイスの防御は完璧です。あの魔法城壁は外部から攻撃を仕掛けてもちょっとやそっとではどうにもならないでしょう。それこそ帝国の正規の軍団が来ても単独では陥落させるのは無理でしょうね。これは身内びいきの見立てではないつもりよ」
(ですよねー。俺もラインベイスに滞在してみてわかったがマジでこの町を外から攻めようと思ったら帝国の軍団が2つ3つ来なくては無理だと思うわー。あー、もう無理無理。無理だわー、これ無理だわー。無理無理だわー)
レオナルドが『無理無理人』になっている(外見はいつも通り冷静そのものだが)と、タイユフールが待ちきれないようにを挟んでくる。
「レオナルド様も人が悪いですね。そろそろ種明かしをしてあげたらどうですか?」
「ニヤニヤするな、タイユフール。失礼だろう」
「すみません。でもこちらの思惑も知らずにあまりにも自信たっぷりに言われるものですから・・・」
その思惑をレオナルドも知らないとも思わずにタイユフールは笑いをこらえている。
「もういい。そんなに言いたければタイユフール、君から言うといい」
仕方のない奴だとばかりに言うレオナルドだったがいつものように心中では
(よっしゃー!なんとか自然につながったわー!これでタイユフールに説明させる事ができる!偉い!俺!窮地に耐えてよくやった!俺!感動した!俺!)
歓喜していた。そんな事とは知らないタイユフールはいそいそと説明し始める。
「それでは私から説明しましょう。確かにマルチェッラ様のおっしゃる通りラインベイスの防衛力はかなりのものです。外から突き崩すには大部隊が必要でしょう。ですが・・・もし魔導部隊一個大隊がラインベイスの市内に入り込んで中から攻撃をしたらどうでしょうね」
「それは無理ね。ラインベイスは自由都市の名に恥じないように来るものは拒まずですからあなたたちのように少数なら潜り込むこともできるでしょうけど、さすがに一個大隊並みの人数をすんなり潜入させるほどあまくはないわよ。たとえ幾人かの組にわけてするにしてもそれだけの人数が入り込んでいたら間違いなく露見するでしょうね」
マルチェッラの返事を予想していたのかタイユフールはニヤリとして答える。
「魔導部隊はモノの例えですよ。実際に魔導部隊が入る必要はないのです。要は魔導部隊一個大隊並みの攻撃力を発揮できればいいのですからね。・・・1人でもね」
「何を言ってるの?そんな事を1人でできる人間がいるわけが・・・あっ!」
マルチェッラはあることに思い当る。
「そうです。ここにいるレオナルド様は単独で魔導部隊一個大隊並みの攻撃を繰り出すことができるんですよ。それはあなたが一番よくわかっているはずです」
タイユフールの言葉にマルチェッラも青くなる。事の重大さに気付いた。レオナルドがいるという事はすでに魔導部隊一個大隊がラインベイスに潜入しているのと同じ事なのだ。
「じゃあ、闘技場であの技を使ったのもあえてしたことだったのね。あの場で使えば私たち軍人だけでなくラインベイス市民にも威力を印象付けることができる。あんなものを市中で神出鬼没に使われるという恐怖を市民全体に抱かせるためだった・・・」
あの時は闘技場の地面に向けて使われたので闘技場が半壊する程度ですんだが、城壁に向かって使われたら外からの攻撃には鉄壁の強さを誇るラインベイスの城壁も間違いなく破壊されるだろう。しかも魔導部隊と違って少人数であるためにその所在が掴みにくいから事前に察知するのも難しいだろう。
(なんてことなの・・・。ここまで考えて行動していたなんて・・・。白の聖騎士、ただ強いだけでなく戦術能力も桁違いってわけなのね・・・)
マルチェッラはここにきて(この方法なら確かにラインベイスが陥落するかも)と思い始めていた。




