白の聖騎士と猛虎
ある日のレオナルドの試合後にタイユフールが遠慮がちだが、しびれを切らしたように問いかける。
「レオナルド様、差し出がましいかもしれませんが、本日対戦した『双剣の猛虎』はかなりイイ線いっていたとおもいますが・・・」
「いや、あの程度ではダメだ」
レオナルドはあっさり否定する。
「そうなのか?『猛虎』はなかなか強かったと思うが、レオナルド様はそう思わないのか?」
アリアスが改めてレオナルドに問うと、本人が答える前にタイユフールが横から同意してくる。
「そうですよ。今までの相手では一番健闘していましたし、何よりラインベイスでの地位も高い方ですよ、『猛虎』」
今日レオナルドが馬上試合で戦ったのはラインベイスの貴族の中でも上位に当たる身分で、戦場でもその勇猛さから『双剣の猛虎』の二つ名をもつ騎士だ。ラインベイスの中でもある程度の発言力が期待できる男なのだ。
「そうだぜ。それなのに試合の後に招待された会食を断るなんてもったいなくないか?『猛虎』も残念そうだったぞ」
戦闘以外の事はあまり興味のないアリアスでさえ、せっかくラインベイスの名士と知己になれる機会だったのにと不満に思っているが・・・。
(なんだ、そんな事か。まったく、食い意地のはったやつらだ。アリアスはともかくタイユフールまでそんな風に思うとはな・・・。呆れた奴らだ)
レオナルドはただ単に『イイ感じのセリフ』を言うためにこの馬上試合に参加しているだけなので、『馬上試合で名を上げてラインベイスの名士と知り合う』という『作戦』を知らない。(隊長であるレオナルドだけ攻略作戦を知らないのはおかしな話だが)
そのためタイユフール達の言葉を誤解してしまう。
「ここが我慢のしどころだ。あせる猟師は稼ぎがすくないぞ」
(おっ、このセリフ良くない?どこかできいたことあるような言葉だけど意外と使いどころが難しいやつだよ。何よりあせっている者を諭すのはそれだけで気持ちいいものだ!)
もはやラインベイス攻略の事など全く考えていないレオナルドにこう言われて、
(『猛虎』でも力不足だと思われているのですね。確かに『猛虎』は身分の高さのわりに頭は悪そうでしたからね。しかし・・・)
考えすぎるタイユフールは一応納得するが、
「だが、あまり時間をかけすぎるのはよくないのでは?」
残してきた帝国遊撃隊の事が気になっている。
隊長のレオナルドがラインベイスに潜入していても帝国遊撃隊は遊んでいるわけではないのだ。ラインベイス近郊に陣を構えて偵察隊を繰り出してこの自由都市ラインベイスにプレッシャーを与えている。
ラインベイス攻略を命じられている以上、何もしないでいたずらに時を過ごすわけにもいかないのだ。
もっとも、陣を構えていると言っても帝国遊撃隊は自隊の被害を出さないためにラインベイスの防衛設備の整った城壁には近づこうとしないので案外市民には動揺はなかったが、流通に少し支障が出始めていたのも事実だった。
タイユフールとアリアスがレオナルドに付いて来たのでそんな難しい役割を持った帝国遊撃隊の本隊を預かる者が必要となったが、レオナルドが指定したのは意外な人物だった。
カウニッツだ。多くの反乱部族を従えていただけに指揮能力には問題はないが、この前まで敵として対峙していたカウニッツに本隊を任せる危険性にタイユフールだけでなく、反乱部族の出身であるアリアスでさえも反対したがレオナルドはそれを押し切って決めたのだ。
「カウニッツは裏切らないよ。それにもしそうなったとしても私には考えがある」
レオナルドにそう言われると、不思議と説得力があったのだ。何しろ今までも誰もが思いもよらないような作戦を考え付いて実行してきたのが白の聖騎士、レオナルドだ。とみんな思っている。
実際には全く考えなどなく、ただただ『イイ感じのセリフ』を言っている結果にすぎないだのが。
(『私に考えがある』これはいつ言っても『イイ感じのセリフ』をだよねえ!)
このセリフを言ったときのレオナルドの脳内はこの通りである。
そんなレオナルドの考えの中身を知っていたら二人ともこれほど大人しく認めなかっただろう。
普通に考えればカウニッツの裏切りを予防する策や仮にカウニッツが裏切ったとしてもそれをどうにかできる策がレオナルドにあると思うだろう。
しかし、当然レオナルドにはそんなものはない。
一応考えはあったがそれは・・・
(仮にカウニッツが裏切ったら『カウニッツ、お前もか!』みたいな裏切られた時にしか言えないレアなイイ感じのセリフを言えるからな!裏切られないと言えないセリフを言えるチャンスになるならそれもまたあり、だな!)
という(裏切られたらどんな『イイ感じのセリフ』を言おうかなあ!)だけだった。