そのころ聖王国では
白の聖騎士レオナルドが帝国に仕官したという情報は聖王国にも届いていた。
聖王国では憤る者、悲しむ者、哀れに思う者、そして密かに喜ぶ者と反応は様々だったがその中でも特にレオナルドと身近だった者たちは複雑な思いを抱いていた。
レオナルドの妹のマリーとその夫にしてレオナルドの親友でもある青の聖騎士クレディである。
「まったく、あの兄さんにも困ったものですね!」
兄と同じ聖剣持ちの聖騎士である夫の立場を思って明るく言うマリーだが、当の青の聖騎士クレディはいたって真面目な顔でたしなめる。
「そんな事を言ってはいけない。もともと聖王国がレオナルドを裏切ったのが原因なのだ。命を懸けて姫の退路を守ったために囚われた者を見捨てたのだからな」
「それでも、あの帝国に仕官するなんてびっくりだわ」
マリーは聖騎士の身内とはいえ元々平民なので帝国に対して一般市民が抱いている『周辺各国に侵略戦争を仕掛け続けている悪の帝国』と型にはまったイメージを持っている。
しかし、青の聖騎士であるクレディはそれほど単純な帝国像を抱いてはいない。
「帝国に比べて聖王国が誠実と言える時代は過ぎ去ったんじゃないか。今回の件に関してはレオナルドを政治上の理由で見捨てているし、むしろ聖剣持ちの聖騎士という特別な者に対して上級騎士に対しての正当な身代金しか要求していなかった帝国の方が誠実だと言える・・・」
思いつめるような表情になっているクレディに
(相変わらず真面目な人ね。まあ、そこがいいところなんだけど)
とマリーは白の聖騎士として誠実をうたわれている兄よりも確実に真面目だ思っている夫の事をそんな風に思ってしまう。
「聖王国が悪い国で帝国がいい国だから兄さんは帝国についたのですか?」
「いや、そんな単純な話ではないがな。ただ、もう一つ気がかりな点がある。身代金が払われないとわかってからはタイユフールも行方が分からなくなっているんだ。あいつはレオナルドの事を慕っていたからな。思い余って帝国に潜入したのかも知れん・・・・」
「タイユフールさんが?」
白の聖騎士の伝記作家を自称する詩人でその熱狂的おっかけであるタイユフールが帝国に向かったときいてマリーは思わず聞き返す。
「そうなんだ。あいつも聖騎士候補生だった男だから簡単にやられるわけがないだろうが・・・もし、タイユフールが帝国に囚われていたとしたら・・・不安になるだろう?」
「そうですね、それはとても不安です」
一見この件に関して二人の意見は合っているように見えるが、実際は・・・
(帝国に向かったタイユフールが囚われていたとしたら・・・その命を盾にレオナルドに言うことをきかせて仕官させている可能性がある・・・)
とタイユフールを人質に取られたレオナルドが致し方なく帝国に従っているという三文芝居の様な事を考えているクレディに対して、マリーは
(あの二人がそろうと不安しかない・・・)
と文字通りレオナルドとタイユフールが一緒に行動すること自体に不安を抱いている。
「タイユフールだからなあ・・・」
「そうですねえ、タイユフールさんですからねえ・・・」
クレディに思い出させるのはタイユフールを愛弟子のようにかわいがっていたレオナルドの姿だ。きっとレオナルドはタイユフールを見捨てる事ができないだろうと考えている。
そしてマリーが思い出すのは兄とタイユフールが時々見せていた目くばせだ。あの二人がそういうことをするときは兄は異常なほど目立って活躍していた。はっきりとした証拠はないが兄が目立つためにその伝記作家であるタイユフールが過剰な演出をしていたとマリーは思っていた。
「何事もなければいいが・・・」
「ホントに・・・」
沈痛な顔でうなづく二人だったが、レオナルドはすでに帝国で戦功を上げて中隊長から大隊長になり、さらに大規模な反乱部族を従えてさらなる飛躍を遂げようとしているとは知る由もなかった。




