白の聖騎士、感傷的になる
レオナルドは引き渡しの日を明日に控えて少し感傷的になっていた。
(いろいろあったが、帝国での日々も悪くなかったな。白雲も返してもらえるようだし、捕えられなかったら言うことができなかったはずの『イイ感じのセリフ』もたくさん言えたし、新しい知り合いもできたしな)
敵ながら終始敬意をもって接してくれたジル、東方の侍で若年ながら達人級の実力を持つシンゴ、元リンツ公国の姫君で帝国第8軍団の将軍になっていたフローラ、ちょうどいい悪役のレイミア。
皆、レオナルドの捕虜生活を充実させてくれた者たちだ。
(特にジルの兄貴がいなければこの捕虜生活は暗いものになっていただろうな)
そんな風にレオナルドに評価されていたジルだったが、その日はいつもと違って緊張した面持ちだった。
ジルはひげを蓄えた恰幅の良い初老の男を一人ともなっている。
初めて見る顔だったがレオナルドには心当たりがあった。
「お初にお目にかかる、と言うべきかのう。帝国第三軍団将軍ボードワンである」
(やはり、この人がボードワン将軍か・・・)
レオナルドは顔こそ合わせた事はなかったが、自分の扱いについていろいろと好意的に取計らってくれていたボードワンに感謝していたので、自然と礼節を重んじた対応になる。
「ご挨拶が遅れました。聖王国、聖騎士レオナルドです。将軍のお気遣いには感謝しています」
「まあ、そう堅苦しいことを申すな。それに・・・今日はちょっと言いにくいことを言いにきたのでなあ・・・」
レオナルドの挨拶にボードワンは決まりの悪い表情で、髭を撫でている。
「言いにくい事とはなんでしょうか?」
「うーん、それがじゃなあ。・・・ところでレオナルド殿はシンゴ君に勝ったそうだな?しかも聖剣なしで。聖騎士は聖剣がなければ大したことがないと言う者もいたが、レオナルド殿は聖剣などなくとも十分に強いことを証明されたな。いや、実にあっぱれだった!」
「いえ、あの手合わせはたまたま勝てただけです。実力はシンゴ君の方が上ですよ。
・・・そのことを言いに来たのですか?」
「いや、そうじゃないのじゃが・・・。そうそう、レイミアが迷惑をかけているそうだな?孫は少しやんちゃなところがあってな。まあ、わしがほんの少しだけ甘やかしすぎたせいもあるかもしれんが、あれで素直なところがあってなあ。悪い子ではないのじゃ。祖父思いなところがあるしのう」
「あの、それを言いに来られたのですか?」
(まさか、孫自慢か?)そんなわけはないと思うレオナルドにボードワンは手を振る。
「いやいや違う・・・。そういえば・・・」
「将軍!後回しにしても意味はありませんよ!」
ボードワンはしびれをきらしたジルに叱られている。
「そうだな。どうせ言わねばならんことだな。
実は・・・明日、レオナルド殿を聖王国に戻すことができなくなったのだよ」
「どういうことですか」
レオナルドは内心(マジで!)と大慌てだったが、いつものように表面上は落ち着いている。
その様子を見てボードワンは(やはり並みの騎士ではないな)と素直に感心している。
「今になって聖王国側がレオナルド殿の身代金の支払いを拒否してきたのだ。
ジルからも伝えていたと思うが、今回の身代金交渉は順調に進んでおったから明日にも身代金と引き換えにレオナルド殿を解放する予定だったのだがなあ」
「なぜそのような事になったのか将軍にはおわかりですか」
「うむ。はっきりとした事は聖王国側の使者は言わなかったが、おそらく聖剣を引き渡せないと言った事が原因のようだな。だが、聖剣を引き渡さないのは我らとしては当然のことだからのう」
それは無理はなかった。捕虜の持ち物は捕らえた側が好きにすることができるのが常識だ。特に聖剣のように価値ある物ならなおさらだ。
帝国として当たり前の処置したいるだけだったのでレオナルドは抗議することなくボードワンに自らの処遇をたずねる。
「それで私はどうなるのですか?」
「今までは高額の身代金と引き換えとなるため他の捕虜とは違う扱いをしてきたが、こうなってくるとそうはいかなくなってな。この貴族用の独房から通常の捕虜用の牢に行ってもらうことなる」
「わかりました」
並みの者なら大慌てするところだろうが、レオナルドはあっさりとその状況を受け入れている。
(マジかあ・・・。まあ、でも身代金が払われないなら仕方ないよな。すぐに処刑されなかっただけでもマシかな。もともと俺は貴族でも何でもないし、これまでが分不相応だっただけだ。それに通常の捕虜ならおそらく大部屋だろう。また新しく『イイ感じのセリフ』を言えるやつらに会えるからな!ものは考えようだぜ!)
しかし、レオナルドは通常の捕虜用の牢に移された後にその考えが甘かったことを思い知ることになる。
(まさか・・・こんな事になるとは・・・)
三日後、レオナルドは絶望を味わっていた。




