白の聖騎士はイイ感じのセリフを言うために命を懸ける
レオナルドとピジョンはもはや誰も入り込めない激烈な戦いを始める。
「人間をあんまり舐めるなよ、紫の精霊神!」
「・・・調子に乗るなよ、人間如きが!」
「その人間如きの力を存分に見せてやろう!」
「くっ、認めたくはないが貴様には本気を出さなければならないようだな」
「死にたくなければそうして頂こう」
冷静に受け答えするレオナルドの姿にピジョンは、
(信じられん!なぜ、人間がこれほどの力を出していながら正気を失わないのだ!なぜ、力に溺れないのだ!ありえん!こんな事はありえないことだ!)
その人間とは思えない無欲な精神に愕然としていたのだが、
(うひょー!!この圧倒的な、ぱわー!マジでハンパねーわ!こんだけ力を出してもぜんっぜん尽きる気がしない!いやあ、あるところにはあるんだなあ。うひひひひっ!出せば出すほど、出れば出る!まさに『イイ感じのセリフ』言いたい放題まつーり、だいかいさーい!)
しっかり力に溺れて正気を失っているレオナルドだったりする。
ただ、正気を失っていても普段から本心を隠して『イイ感じのセリフ』を言うのがもはや生命維持活動の一部になっているレオナルドなので、表面的には冷静な態度で『イイ感じのセリフ』だけが口から出ている状態になっているのだ。
ピジョンが言うように人間の限界を超えた力を得てしまえば、その欲望もまた際限なくなってしまい、この世の全てを自らのものにしようとして普通なら暴走してしまうだろう。
しかし、レオナルドは全ての欲望が『イイ感じのセリフ』だけに向いているために暴走が暴走に見えないですんでいるのだ。
その一見まともに見えるレオナルドとピジョンの戦いを見ながら、
「・・・わかりましたよ。なぜ今までレオナルドが本気で戦わなかったのか」
「どういうことだ?」
独り言のようにつぶやいたポッパーにクレディが疑問を投げかける。
「レオナルドが言っていたでしょう。タイユフールたちが来たことでピジョンを倒せるようになったと。つまり『自己犠牲』で守る者が増えた事でピジョンを倒せるほどの力を白の聖剣から引き出せるようになったのでしょう・・・」
「でも、たった2人増えただけでそんなに変わるものでしょうか?」
シエナの疑問にポッパーは淡々と答える。
「2人と言ってもその所属が重要なのです。2人は私たちは違ってレオナルド自身が所属している同じ帝国から来ています。つまり今のレオナルドにとって同じ帝国の者たちを守る時の『自己犠牲』こそが真の力を引き出せる条件だったのです」
「私たちよりも彼らの方が今のレオナルドにとっては大事な仲間なのですね・・・」
シエナの言葉は暗い。自分たちがレオナルドを見捨てたのが先なのだから、こんな事を思う権利などないが苦悩してしまう。
「いえ、単純に条件の問題でしょう。聖剣の条件は私たちが理解している以上に煩雑です。恐らく自国の者のための『自己犠牲』でなければ白の聖剣は反応しにくくなっているのでしょう」
「じゃあ、レオナルドが5分だけ時間稼ぎをしてくれと言ったのは・・・」
「ええ。きっと何らかの方法でタイユフール達が来るのを察知していたのです」
実は全く見当はずれの事を言っているのだが、結果だけ見ればポッパーの解説は見事に当てはまっているので皆すっかり納得している。
そしてタイユフールはその事実を後世に残そうとしっかりと目に焼き付けて記憶しようとしている。
だが、無限とも思える力を出している白の聖剣の力をもってしても『精霊神』であるピジョンを倒すには至っていない。
やがて・・・レオナルドの『イイ感じのセリフ』はだんだんと粗雑で荒いものに変わっていく。
「いい加減に、死ね、死ね、死ねー!く、た、ば、れー!」
さすがのレオナルドも戦いが長引くにつれて内に納めていた暴走が外に出始めていた。顔つきも普段の冷静なものから狂気に満ちたものに変わっており、明らかに無理をしているのがわかる。むしろ『イイ感じのセリフ』が言いたい一心だけでここまでよく保った方だ。
「レオナルドの様子がおかしい・・・?」
「やめてください、レオナルド!」
「無茶をするんじゃない!」
シエナたちはレオナルドの異常に気付いて口々に制止しようとするがそれはもうレオナルドには届かない。すでにレオナルドは正気ではないのだ。今も正気ではない状態で『イイ感じのセリフ』を言いたいために無意識で戦っているにすぎない。
ポッパーもシエナもクレディもそれぞれの聖剣の力を最大限に引き出した状態になった事があると思っていた。それこそついさっきまでその状態だと聖騎士たちは自覚していた。
だが、今のレオナルドを見ればそれは間違いだったことがわかる。
自分たちが引き出した力など聖剣に秘められた力のほんの一端に過ぎないのだ。
今、ピジョンと互角以上にわたり合っているレオナルドの白の聖剣から発せられている力はそれまで自分たちが引き出していた力を全部合わせても全く及ばない。これで正気を保てと言う方が無理があるだろう。
すでに後のない状態になっているレオナルドだったが、実はそれはピジョンも同じだった。限界が近づいていたのだ。それは誰にも気づかれていないはずだった。平静を装っていたのだから。
だが、ピジョンの限界に反応した者がいる。
レオナルドだ。
あと少しで『ピジョンを倒せる』そんな最高の『イイ感じのセリフ』のシチュエーションにほぼ意識を失っている状態とはいえレオナルドが反応しないはずがなかった。
限界をとっくに超えて、もはや思考は完全に停止していたレオナルドだったが、それでも執念の『イイ感じのセリフ』を言う力を発揮して渾身の『イイ感じのセリフ』を言い放つ!
「ピジョン!お前はここまでだ!」
「ぐああああああああああああああああああああ!」
これまでで最大の力を白の聖剣が発揮してピジョンに致命的なダメージを与える。別に『イイ感じのセリフ』自体がダメージをあたえたわけではないのだが、レオナルドは
(やはり、『イイ感じのセリフ』は最強だぜ!)
と勝ち誇った顔だ。
「・・・おのれ!ただではやられんぞ!こうなれば貴様もこの世界も道連れにしてくれる!」
ピジョンが断末魔の悲鳴を上げながら紫の聖剣からどす黒い紫の光を放っていく。触れるモノ全てを崩壊させていくその光が広がっていこうとするのを、
「望むところだ!元よりこちらは命懸け。私は、これに、命を、懸けて、いるのだ!」
レオナルドの最後の『イイ感じのセリフ』とともに、紫の光を抑え込むように白の聖剣からの白い光が紫の光を侵食していく。
レオナルドには自然とわかったのだ。最後の決め『イイ感じのセリフ』を言ったことで自分がどうしたらいいのか。
(最後の決めゼリフ!これを言ったからには絶対に終わらせないとな!これで終わらなかったら『イイ感じのセリフ』とは言えないだろう!このセリフをちゃんと『イイ感じのセリフ』にしてみせる!)
そんなわけのわからない理屈で倒されるピジョンは納得できないだろうが、現実として光が収まった後、レオナルドとピジョンの姿は消えていた。
「レオナルド・・・この世界のために命を懸けるなんて・・・」
いつの間にか精霊の間に戻っていたシエナはそれ以上言葉にならなかった。
しかし、レオナルドが命を懸けてピジョンと消え去ったのは世界のためではなく、ただ一言の『イイ感じのセリフ』を言うため、それだけなのだ。
誰も知らんけど。
*
「レオナルドおじさんの話はこれで終わりなの?」
マリーは4歳になる娘、レナに問われて優しく頭をなでる。
「そうね。『白の聖騎士の物語』はここで終わってるわ。でも、ママには信じられないのよ。あの兄さんがこれで終わりなんてね。また、そのうちとんでもないところ現れて、なにか信じられない事をするんじゃないかってね」
5年前に『精霊神』と共に光の中に消えた兄をもう戻ってこないと思っている者も多くなっているが、マリーはそうは思わない。
(兄さんは死んでも死なないものね。いや、違うか。死んでもよみがえってくるのよねえ。どうせひょっこり現れて『待たせたな!』とでも言うんだわ)
自分の想像上のレオナルドに思わず笑みをこぼしてしまう。その姿があまりに現実的すぎて笑いがこらえきれなかったのだ。
そんなマリーを不思議そうに見上げていたレナはその抱かれていた手から立ち上がると宣言する。
「あたし、おおきくなったら白雲に乗ってレオナルドおじさんを探しにいくね!」
「ふふふっ。それは楽しみね」
無邪気な娘の提案にマリーは微笑むが、次の言葉に思わず顔を強張らせる。
「あたし、レオナルドおじさんを見つけたら、おじさんみたいにかっこいい事を言うんだ!」
「え・・・?」
「それでタイユフールさんに本にしてもらうの!あたしの活躍とそのセリフを!」
満面の笑みを浮かべて言うレナに、マリーはなんだか懐かしい頭の痛みを感じたのだった。
完結しました。今まで読んでくださった方、感想を書いてくださった方、レビューを書いてくださった方ありがとうございました。
またいつか新しい作品でお会い出来たら嬉しいです。
追記:2022年8月13日(土)23時くらいから次回作『勇者の考えは全部筒抜け』を投稿予定です。読んで頂けたら嬉しいです。