白の聖騎士、イイ感じのセリフを言う
大した考えもなく発言したレオナルドだったが、それに対してピジョンは大仰に手を叩く。
「よくできました。そう、白の聖騎士が言ったように私自身が『精霊神』なのです」
その言葉には嘘があるようには見えなかった。しかし、ポッパーは指摘する。
「でも、あなたが『精霊神』なら辻褄が合わない事がある。聖王国にある十本の聖剣は所有者がいないもの含めてその力を失っている剣はありません。もし、『精霊神』の封印が解けているならその聖剣の力は失われているはずです」
相手が本当に『精霊神』だったら・・・と考えているポッパーの口調は心なしか丁寧になる。
「ふふふ。相変わらず緑の聖騎士は論理的ですね。しかし、論より証拠。証明して見せましょう」
ピジョンの言葉に紫の聖騎士、ショウ・シースが物陰から出てくる。ショウはどこに隠れていたのか全く気配を感じさせていなかった。
「いつの間に来ていたのだ、ショウ!」
単騎での戦闘力はこの中では一番高いクレディが驚きの声を上げる。クレディが気付かないなら誰も気付けるはずがなないが、本来のショウの実力ならクレディに気配を悟られないほどの力量はないのだ。
「ショウ!あなたは聖騎士でありながら宰相の味方をするのですか!」
シエナの叱責にショウは一瞥をくれることもなく、
「あるべきものをあるべきところへ」
そうつぶやいて紫の聖剣をピジョンに渡す。その後はまるで魂を抜かれたようにただ棒立ちになっている。
元々表情に乏しい紫の聖騎士だが、今はその顔には生気すらない。確かに生きているにも関わらず、人として生命を感じさせないその異様な様子に言葉もない聖騎士たちにピジョンは親切に解説する。
「これはただの鞘です。紫の聖剣の真の所有者は私なのです。いえ、私自身が紫の聖剣と言った方が正しいですかね」
ピジョンの発言の真意を図りかねていると、それを証明するかのように、
「『紫の精霊神』の『自由自在』の力はこう使うのです!」
ピジョンが紫の聖剣を一振りしたかと思うと、周囲の景色が一変する。
「こ、これは・・・」
王宮内の『精霊の間』にいたはずが、草一つ生えていない、岩も、山もない、ただひたすらに地平線が続いてる場所に変わっていた。
「信じられないわ・・・」
シエナは辺りを見回しながら呆然とつぶやいている。
聖剣を使用しての空間転移には『聖騎士の道』があるが、『聖騎士の道』の場合ある程度の範囲内でないと同行者を連れていけない。しかし、レオナルド達は異様な雰囲気を纏ったピジョンに対して何かを仕掛けられても大丈夫なように十分に警戒した距離を保っていたのだ。
それを無視して無理やり空間転移に巻き込んだのだ。しかも、レオナルド達よりもピジョンの近くにいたショウはもう必要ないのかこの場に転移していない。広範囲かつ、範囲内で対象者を選別して空間転移させた事になる。
そしてそれ以上に驚くのは、ここがどこなのか全くわからないことだ。
レオナルド達が知る限り聖王国内には草も木もない永遠に地平線が見えるような場所はない。聖王国は緑豊かな土地なので砂漠地帯などはないし、それこそこんな草木も生えない荒地などないはずだ。
(国外まで飛ばされたのか?そんなバカな・・・)
ポッパーは息をのむ。『聖騎士の道』なら聖王国内で、しかも限られた範囲にしか使用できないはずだ。空間転移はそれほど難しく、聖剣の持つ膨大なエネルギーを使用しても何の制限もなく使える術ではないのだ。
その常識外の事をいともあっさりとやってのけたピジョンは、
「王宮の中ではあなたたちも戦いにくいでしょう。この空間ならあなたたちが聖剣の力を引き出しても王宮には影響はありませんよ。ここは人間界とは別の空間ですからね」
ここは『別の空間』とさらりと言ってのける。
その言葉に思わず全員抜剣するが、ピジョンは首を振る。
「ああ、誤解しないでください。私は別にあなた達と戦いたいわけではないのです。そんな事をしても意味はありませんからね。ただ、あなたたちが早とちりをして私を倒すために攻撃を仕掛けて来たら王宮が無事では済まないでしょうから、そのためにここに飛ばしたまでです」
「早とちりとはどういう事だ!俺たちでは相手にもならないと言うつもりか!」
クレディの気合にピジョンは冷静に答える。
「私はあなたたちの敵ではないので戦う意味がないということです。むしろ、なぜ戦うのです。何度も説明していますが『精霊神』は人を守り導く存在です。あなたたちも人である以上私の敵ではないのです」
「人の敵ではないならなぜ聖王国を操って戦火をいたずらに広げたのです。あなたが主導しなければ帝国との争いは起こらなかったはずです」
神聖同盟を推し進めて帝国と敵対する道を作ったのはピジョンである事をシエナが指摘する。
「この戦いは人の世にとって必要な事なのです。犠牲は出るでしょうが、結果的に人類全体に利するのは間違いないでしょう」
「犠牲が出る事を認めるのですか。私は国民に犠牲が出る事を認める事はできません!」
ピジョンの言葉にはなぜか高ぶった気持ちを落ち着かせるような重みがある。それを振り切るように毅然とした態度で責めるシエナだったが、むしろピジョンはシエナのセリフに我が意を得たりといった顔をする。
「そう、それが問題なのです。姫は確かに国民の事を考えているでしょう。しかし、それは人類全体のためではない。それは仕方のない事です。それぞれの立場によって守るべきものがあるのですから。しかし、『精霊神』である私には愛国心はありません。私は人ではないので私欲で判断する必要がないのです。人は国、主君、名誉、家族、仲間、金、領地・・ など大事なものがあるのでそのために戦うでしょう。でも、それではダメなんですよ。何のしがらみもなく全体の事を考える必要があるのです」
シエナは自分が聖王国の事しか考えていないと指摘されてしまって反論できなくなってしまう。
「そもそも聖剣という強力な力を与えられた者が自国の事だけ考えていいのでしょうか。力がある者はそれでけ果たすべき義務があると思いませんか。さほど国土の広くない聖王国が神聖同盟の盟主になって帝国に対抗できたのは聖剣という武力があるからです。それだけの力を聖王国は有しているのにそれを自国のためだけに使ってよいのですか」
クレディもポッパーもピジョンの問いかけに答える事ができない。
確かにピジョンの言う事は間違っていないと思えてくるのだ。聖剣という強力な力を持つことの責任をこの二人の聖騎士は放棄していない。それまではその責任を聖王国だけに向けていたのを人類全体で考えろ、というピジョンの主張に否定できない説得力を感じているのだ。
思い悩む三人の様子を見てピジョンは満足するが、一人レオナルドだけはいまだ反抗的な目をしている事に気付く。
(おかしいですね。紫の聖剣を手にした私が本気で『精神制御』をかけているのに、まだ納得しないなんて・・・いくら聖剣の加護があるからといっても『精霊神』の本気に逆らえるはずはないのですが)
「白の聖騎士、レオナルド。あなたはどうですか。自己犠牲の聖剣を持つあなたなら全体に奉仕するべきだという私の言っていることが理解できるでしょう」
ピジョンはさらに『精神制御』を強めてレオナルドに話す。
しかし、レオナルドから出たセリフはピジョンの予想しないものだった。
「・・・気にくわないな」
(まだ、反抗するというのですか。人間の分際で!)ピジョンは信じられないものを見るような目でレオナルドを見るが、再びレオナルドに『精神制御』を集中する。
「気にくわないとはどういう事ですか。それでどうするつもりですか」
片眉をあげるピジョンだが、レオナルドはさらに続ける。
「・・・邪魔をする」
たった一言、絞り出すように言ったレオナルドのこの一言が流れをかえる。
「はははっ!確かに気に入りませんね。どんなに人間のためだと言われても押し付けられた発展は人間をダメにすると思います。私も邪魔することにします」
あまりに単純すぎるレオナルドのセリフにポッパーは苦笑しながら同意する。これは単純にレオナルドの言葉が目を覚ますきっかけになったいうよりはレオナルド一人に『精神制御』を集中させた事によりポッパーたちへの影響が弱まったためだ。
「俺には難しい事はわからない。しかし、一度レオナルドを見捨てた俺は二度と見捨てないと誓った。今度はレオナルドと共にある」
同じく『精神制御』から解放されたクレディは理屈ではなくレオナルドに付いていく事を宣言する。
「レオナルド、あなたの一言ははいつも私たちを勇気づけてくれますね」
シエナに至ってはレオナルドが『イイ感じのセリフ』を言ったことを認めるような発言をして、
(いやあー、さすが姫!よくわかっていらっしゃる!)とレオナルドを歓喜させている。
さて、当のレオナルドはどうやってピジョンの『精神制御』に対抗して反抗的なセリフを言えたかというと・・・
実はレオナルド自身も『精神制御』に対抗できていたわけではなかった。
事実としてピジョンの『精神制御』を集中してかけられて意識がもうろうとしながらも、『イイ感じのセリフ』を言いたい一心で
(このまま話がまとまるような事になったらピジョンと戦う理由がなくなって、これ以上俺がイイ感じのセリフを言う事ができなくってしまうのは・・・『気にくわない』。俺がイイ感じのセリフを言うのを・・・『邪魔をする』な!)
なんとか絞り出せた言葉がこれだっただけなのだから。




