ピジョン、大いに語る
一度は声高にレオナルドをにらみつけたピジョンだったが、やがて冷静さを取り戻したのか『精霊神話』をたんたんと話始める。それはまるで実際に見て来たかのような真実味をある話しぶりだ。
「人を守護している『精霊神』はそれぞれ別種の力を持ち、考え方も違っていましたが人間を正しい方向に導いてやるという点では共通した使命感に燃えていました。
『赤の精霊神』は人間が思いもよらないような先を見通す知恵を与えました。
『青の精霊神』は人間に迷わずに決断する勇気を与える事で人間を繁栄させました。
『緑の精霊神』は状況に応じたとっさの対応を人間にとらせる事を可能にしました。
『黒の精霊神』は人間に個で生きる力強さを持たせました。
このように他の『精霊神』たちもそれぞれの得意とする力を示すことで、人間たちを正しい道へいざなっていたのです。
この国に伝わる『精霊神話』では『精霊神』は人間を支配した『悪魔』と自ら戦った事になっていますが、事実は違います。『精霊神』は人間という愚かな生き物自身が持っていた愚かな性質である、不安、逡巡、葛藤、混乱といった『悪魔』から人間たちを解放するために教え、導いてやったにすぎないのです。
だが、その導きを良しとしない者が『精霊神』の中に現れました。『白の精霊神』レオニードです。
『白の精霊神』レオニードは十人の『精霊神』の中でも強い方ではありませんでした。どちらかといえば目立たないほうでした。
正直、その『自己犠牲』という能力も特殊すぎて、それに適合する人間も少なく、数えるくらいしかいなかったため人間たちからも注目されていませんでした。
そんな偽善神レオニードはある時人間への干渉をやめようと言い出しました。
他の『精霊神』は反対しました。
当たり前です。『精霊神』が導いているからこそ、人間たちは滅びずに、発展し続けているのです。
『精霊神』の導きがなければ人間は愚かな行動を勝手にすることは明らかでした。
例えば戦争一つにしても、『精霊神』の管理の元に行えば、痛みは伴うものの、その後の悲惨な運命を回避するために必要な戦争だけを選別してする事ができますが、人間が勝手に欲望のままに起こした戦争ならただ無駄な犠牲がでるだけで後になにも残りません。
そんな人間にとって正しい道を教える『精霊神』が干渉をやめるなど狂気の沙汰に思えました。
だが、『白の精霊神』はすでに狂気に取りつかれていました。
自らも囮にして『精霊神』たちを騙して封印の地に集めると、自分もろとも『精霊神』を聖剣に封印したのです。
たった一人の『白の精霊神』に他の『精霊神』たちが封印されたのは不思議に思えるでしょう。
それを可能にしたのは『白の精霊神』の能力にありました。己も犠牲にする事で『白の精霊神』はその力を最大限に発揮して封印できたわけです。
こうして人間たちは『精霊神』の庇護を失い、かわりにただ適合する者に力を与えるだけの聖剣を手に入れたのです。全く、愚かな事です」
ピジョンの長い独白が終わるとしばらく、沈黙が続いたがやがてポッパーが口を開く。
「つまり、『白の精霊神』は自分自身も封じられる覚悟で『精霊神』たちを封じて、人間たちを『精霊神』の導きという名の支配から解放したと言うことですね」
「まさに『自己犠牲』の白の聖剣らしい『精霊神』ですね」
考察が好きなポッパーやシエナはひとしきり感心しているが、白の聖剣の所有者に選ばれているレオナルドは、
(そんなわけないだろうなあ。この白の聖剣の元になった『精霊神』だろ?この病的なまでに自己顕示欲の強い聖剣の『精霊神』は絶対にそんなしおらしい事を考えるタイプじゃないはずだ)
と違和感を感じていた。
(そういえばさっきピジョンが『白の精霊神』が目立たない方だって言ってたよな・・・。ここが一番の違和感だよなあ。ピジョンも勘違いしているようだが白の聖剣は『自己犠牲』なんていう特性を持っていないはずなんだよな。それなら俺が所有者に選ばれるはずないし。むしろ、もっと・・・ん?まてよ、もしかしてこういう事なのか!)
レオナルドはハッと気づく。そしてレオナルドが白の聖剣をチラリと見ると、小刻みに震えている。それは武者震いというよりは何か恥ずかしい事が見つかったか事を隠すような動きに見えた。
(なあ、相棒。お前は人間たちを『精霊神』たちの導きという名の支配から解放したいとかではなく、中途半端な力しか持たず、『精霊神』でも目立たない立場だったから、その状況を打開して誰よりも目立つためにした一世一代の大博打だったんだろう?人間たちを『精霊神』から解放すれば『精霊神』たちからも人間たちからも注目される存在になれる。『白の精霊神』は自己顕示欲のために命を懸けた・・・たぶん、こんなところじゃないかなあ。そうだろう?)
白の聖剣はレオナルドの心の中の問いかけに、照れくさそうに一度だけ光る。
その様子はまるで(いやあバレちゃいましたか)と言っているようだった。