ピジョン宰相、神話を語る
ピジョンは宰相という立場から尊大な男ではあったが、一方で姫であるシエナや聖王国の戦力の要である聖騎士たちには表面上は敬意を払って接していた。国王から絶大な信頼を寄せられている宰相という立場であっても、聖騎士たちは無視することのできない存在だった。
だが、先ほどシエナたちが『精霊の間』に突入してからは言葉遣いこそ丁寧なものの、どこか開き直ったかのようにふてぶてしい態度で望んできた。
事実、取るに足らない相手であるかのように(姫であるシエナに対しても)完全に上から目線で応対していた。
そんなピジョンが、レオナルドの『茶番』発言に対してはイライラする感情を隠せなかった。
レオナルドが自分の存在を目立たせるためだけに発した『茶番』というセリフだったが、これが不思議なほど効果があったのだ。
元々ピジョンはレオナルドが聖王国にいた頃から目の敵にしていたのだが、それを考えても異質な反応に見えた。
レオナルドの『イイ感じのセリフ』は時として、相手を挑発する効果を伴う(もちろんレオナルドはそんな事を意識していないが)のだがピジョンのレオナルドに対する悪感情はそれだけではないように見えた。
(白の聖騎士、やはり気にくわぬ。あの『白の聖剣』を持つだけはある)
ピジョンのレオナルドに対する悪感情はレナナルド自身に対するものだけはなく、『白の聖剣』に由来するもので、それはピジョンにとって積年の恨みと言っていいほど根が深いものだ。
『白の聖剣』に対して冷静ではいられないピジョンだったが、それでも自分自身を落ち着かせるように、小さく首を横に振ると、
「茶番・・・ですか。前から思っていましたが、やはり貴公は気に入らないですね」
「光栄だな。だが、そろそろ本題に入ろうじゃないか」
何が茶番で何が本題かわかっていないくせに何もかもお見通しの様な言い方をするレオナルド。普通の者ならハッタリをかました場合、なにかしら心に引っかかるものあるのだが、この白の聖騎士にはそういうそぶりが全くない。常に自信満々である。
これは別に自信満々なわけではなく、(『イイ感じのセリフ』を言えたわー!)という満足感が表にでているだけなのだが、そんな事を知らない者たちはレオナルドが確信を得ていると勘違いしてしまうのだ。
(白の聖騎士め。どこまで気付いている?そういえばこいつは聖騎士のくせに魔法研究のためと王宮の書庫に入り浸っている事があったな・・・)
本当に魔法を研究するためにレオナルドは書庫に入り浸っていただけなのだが、疑心暗鬼になっているピジョンにはそれすらも怪しく思えてくる。
ピジョンは何かを決心したかのような表情でため息をつくと、問いかけてきた。
「君たちは『精霊神話』を知っていますね?」
『精霊神話』は聖王国に伝わる十本の聖剣の成り立ちを伝える物語で聖剣の持ち主で聖騎士たちではなくても聖王国の者なら誰でも知っている話だ。
「聖剣の元になったのが『精霊神』っていうあれの事ですか」
ポッパーが子供でも知っている事を何を今さらといった感じで答えている。
「まあ、それです。その口調ではあなたは信じていないようですね」
「神話なんてものはそれを伝える者に都合のいいように作られているものですからね。さすがに悪魔たちから人間世界を救った『精霊神』が聖剣に宿っていると言われてもピンと来ませんよ」
『精霊神話』が伝える聖剣の成り立ちは聖王国の成り立ちと言ってもよい。
しかし、聖剣の主である聖騎士でありながらポッパーは『精霊神話』を全く信じていない。
「それはいくらなんでも不謹慎すぎないか」
生真面目なクレディは苦虫をかみつぶしたような顔をする。聖騎士たる者『精霊神話』を信じていてもおかしくないと思っているのだ。
「クレディは真面目ですね。でも、あの話には矛盾がありすぎますからね。まず、事実ではないでしょう」
まず悪魔が人間世界を支配していたという事自体あり得ない事だと思っている。何しろ悪魔なんてものは神話の中でしか登場せず、仮に大昔に滅んだとしてもその痕跡すら残っていないのはあり得ない事なので今では空想上の生物だというのが常識になっている。
「私もポッパーほど割り切れませんが、『精霊神話』は作られた物でしょうね」
姫であるシエナも『精霊神話』は眉唾ものだと思っている。だが、それに対して反対意見を述べる者がいる。
レオナルドだ。
「全てを否定するのは早計だろう。何か元になった出来事があったと考える方が自然だ」
この時のレオナルドは『早計』と言いたかっただけだが、いろいろ考えてはいた。
(また俺を置いて話をすすめようとしちゃってさあ!困るよえね~、マジで姫やポッパーは空気が読めない!それに比べてさすがは親友のクレディだな。クレディも『イイ感じのセリフ』使いだが考察系『イイ感じのセリフ』使いの姫やポッパーと違って、衝動系『イイ感じのセリフ』使いだから考察系の俺ともかぶらないし!)
・・・ロクでもない事を考えていたようだった。
「事実、聖剣は『精霊神』がもとになっているのですよ」
子供を諭すようにピジョンは言うと、さらに続ける。
「もっとも、この世界が悪魔に支配されていたというのは誤りで、この世界は十人の『精霊神』によって適切に管理されていたのです。愚かな人間側からしたらそれが支配という事になったのでしょうが、違います。『精霊神』は人類の庇護者であり、人類のために私心なく彼らを撫育していたのです」
「悪魔を精霊神と置き換えるわけですか。ずいぶん独創的な説ですね」
ポッパーは皮肉な言い方をしているが、ピジョンはそれに全く怯むことなく、むしろ高らかに宣言する。、
「説ではありません、事実なのですよ。人類は愚かで醜い生き物です。管理する者がいなければ、争い、自滅してくのはわかりきっていました。そのため『精霊神』は人類を管理してあげていたのです」
荒唐無稽な事を言うピジョンだがその顔は真剣そのものだ。
「ですが、ある時『精霊神』の中に裏切り者が出たのです。そして『精霊神』はその裏切り者もろとも『聖剣』に封じられてしまったのです。そう、『白の精霊神』の裏切りによってね!」
そう言ってピジョンは恨めしそうにレオナルドをにらみつけるのだった。




