タイユフール、戦う
一人残ったタイユフールはシンゴの予告した敵を少し高揚しながら待っていた。
レオナルドの伝記作家という立場上、戦場では常にサポート役になっていたタイユフールにとって、自分一人で戦うという経験は初めてだ。
早くから実力を認められたタイユフールは聖王国の聖騎士候補生だったが、聖剣に選ばれず、その後にレオナルドという稀代の英雄を追いかける事を生きがいにしたのは今でも間違っていないと思っているが、
(なんか・・・意外と悪くないな、これ)
タイユフールはそんな事を考えている自分に驚く。
自分は主役を引き立てる事を好んでいると思っていたが、いざ主役の役回りをしてみると、それを喜んでいるのを自覚する。
(さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・)
そこに現れた人物を見てタイユフールは息をのむ。そして自分がバカな事を考えていたとすぐに後悔する。
(何が主役だよ。私の冒険はここで終わりらしい)
タイユフールがそう悲観したように絶望的な相手だった。
「ラインハルト様だったんですね」
「タイユフールか。となるとレオナルドのやつも来ているのか」
ラインハルトは淡々と話している。その様子に敵意は感じない。そうなるとタイユフールも少し警戒を緩めて尋ねる。
「どうしてここに来たんですか?」
「これでも元黒の聖剣の所有者だからな。本継承が行われたら嫌でもわかるさ」
「なるほど、それは確かにその通りですね」
ラインハルトは自由都市ラインベイスでのレオナルドとの決闘に敗れた際に黒の聖剣を奪われている。黒の聖剣がシンゴに本継承される事で聖剣とのつながりを完全に断ち切られたことを感じ取ったのだろう。
「お前たちの狙いはピジョン宰相か」
「・・・」
「隠すなよ。俺は元々ピジョン派だが、聖剣を失ったことで奴の異常さには気付いてはいる。前は俺の出世のためにピジョンを利用するつもりでいたが、今はそんな事は関係なく奴を守る気になっている。おかしなものだな。奴の異常さがわかってもそれを否定できないのだからな」
「ラインハルト様・・・」
聖剣の加護を失ったことで自らの利己心のためにピジョン派だったラインハルトが、今では盲目的にピジョン派になってしまった事を自嘲するように吐き捨てるのをタイユフールは複雑な気持ちで見る。
英雄譚を書く事を喜びにしているタイユフールからしたら黒の聖騎士であったラインハルトはレオナルドの敵とは言ってもやはり畏怖すべき存在だった。そんなラインハルトが精神魔法に操られた情けない姿は見たくなかった。
「ラインハルト様、いやラインハルト。あなたがピジョン宰相の味方をするなら私が相手をしますよ」
「聖剣のない俺になら勝てるとでも思っているのか?ずいぶん偉くなったものだな」
ラインハルトは不気味な笑みを浮かべる。その様子にタイユフールは怯みながらも宣言する。
「時間稼ぎ、させてもらいます!」
もちろんタイユフールは勝てるとは思っていないが、ここで引くわけにはいかなかった。
*
(こいつ!こんなに強かったのか!)
ラインハルトは驚愕する。聖剣候補生だったので当然強いと思っていたが、かれこれ30分以上戦っている。
ラインハルトの考えでは10分もあれば決着がつくはずだった。
時間を稼ぐと言っていたタイユフールだが、防御に徹するどころか全く傷つく事を恐れていないようにひたすら攻撃してくる。
実際、猛然と押しているように見えるタイユフールの方が細かな傷を無数に負っているが、ラインハルトは全くの無傷だ。力量差を考えれば当然と言えば当然の結果だ。
気迫ではタイユフールが勝っているが、元聖騎士と聖騎士候補生では超えられない壁がある。ラインハルトは冷静に対処すれば負ける事ないのだ。
(こいつは死ぬのを恐れていない!それどころかこの後の事など何も考えていないのだ。これだから考えなしのバカの相手は嫌なのだ。あのバカを思い出すからな)
ラインハルトにはこうやって余計な事を考える余裕があるが、タイユフールは無心で剣を振るっている。何かを考えながら戦えば自分がすぐに負ける事を理解しているのだ。
(仕方ないな。少々危険だが・・・)
ラインハルトはわざと大きな隙をつくる。
それを見逃さないタイユフールは決死の一撃を放つが・・・
ガギン!という鈍い音とともに折られたのはタイユフールの剣だ。
「くっ!」
タイユフールは最後のあがきで剣を投げつけるがそれもあっさりと弾き返されてしまう。
「終わりか?」
ラインハルトの言葉に「まだまだ!」とタイユフールは素手で突っ込んでくる。
(自暴自棄になったか?いや、こいつはそういうタイプではないな)
「ぐっ!」
ラインハルトは左手に痛みを感じる。弾き飛ばしたはずのタイユフールの折れた剣が突き刺さっていた。
よく見るとその剣の柄には細いワイヤーが付けられていてその先がタイユフールの手に握られている。
「器用なまねをするんだな。騎士としては卑怯な気がするがな」
ラインハルトの嫌味にタイユフールは毅然として答える。
「卑怯は承知です。こうでもしなければ私はあなたに傷一つつける事ができませんから」
(卑怯を認めるか。それでも成し遂げたい事があるということか)
ラインハルトはタイユフールの純粋な思いを羨ましく思う。そして出世のためにピジョンについた自分をあさましく思った。
(黒の聖剣も俺を見限るはずだな・・・)
「わかった。もう行っていいぞ。俺はこれ以上お前たちの邪魔はしない」
ラインハルトの突然の心変わりにタイユフールの一瞬とまどうが、すぐにレオナルド達を追いかけなければならないと決意する。
「ラインハルト様、失礼します」
そう言って立ち去ろうとするタイユフールをラインハルトは呼び止める。
「待て・・・。こいつを持っていけ。そのオモチャの剣よりはマシだ」
そう言ってラインハルトは自分の剣を差し出している。
ラインハルトの行動の意図を図りかねたタイユフールが手を出せないでいると
「何かの役にたつだろう。聖剣とまではいかないがそれ相応の魔法剣だ。こいつを持っていればピジョンの精神魔法の影響をかなり軽減できるはずだ。黒の聖騎士ラインハルトが保証する・・・。まっ、元だがな」
ライハルトの言葉にタイユフールはハッとする。
「それじゃあラインハルトさんは・・・」
「ああ。多少の影響はあったが俺の意思を維持できていたよ」
ラインハルトは自らがピジョンの精神魔法の影響下になかったことを告白する。
「それなら、どうしてピジョン宰相の味方をしたんですか」
「言ったろ。俺は元々ピジョン派だ。・・・話はこれくらいでいいだろう。俺が結構時間を稼いだからレオナルド達はかなり先に行っているぞ」
皮肉を言って立ち去っていこうとするライハルトの背にタイユフールはもう一度声をかける。
「ラインハルトさんも付いてきて頂くわけにはいかないのですか?」
「俺はもう疲れた。あの自己犠牲バカによろしくな」
『イイ感じの捨て台詞』を吐いて元黒の聖騎士は振り返りもせず立ち去ったのだった。
なんだろう。主人公出ないと別の小説みたいになる・・・。




