白の聖騎士、好機を逃さない
シエナは聖王国と帝国の争いの元凶をピジョン宰相だと決めつけて話を進めていたが、
「でもピジョン宰相って本当にそんなに悪い人かしら。そんな風には見えないけど」
マリーが遠慮がちに疑問を呈したのを皮切りに、
「そうですね。私もそう思います。確かにピジョン宰相は方針の違いから聖騎士たちを嫌ってはいたようですが、その他の事では公私を混同しない立派な方だと思います。政治家としての能力も高いですし、実際、聖王国の経済を繫栄させたのは大した手腕だと言っていいでしょう」
伝記作家として公平な人物評を心がけているタイユフールもピジョンに対して悪いイメージを持っていない事を明言する。
それに続いて聖王国と敵対している立場である帝国のレイミアまでも同様に、
「私もその宰相の事はよく知らないし、町の噂でしか知らないけど、そんなに悪人の印象はないわね。民衆の評判って案外バカにできないものだけど、悪い話はきかなかったわ」
口をそろえてピジョンをかばうような事を言い出している。
(やはりこうなってしまいましたか・・・)
シエナがピジョンの行いを否定的に話した時に何度この光景を見たのだろうか。シエナは思わず下唇を噛む。
(ピジョンの事を悪く言うといつもこうなるのです。父上はピジョンの言う事は全て盲信しているし、王宮で少しでもピジョンの事を否定的に言うと周りの者たちに諫められるだけで、皆ピジョンの味方になっていく。いわく、「ピジョン宰相は悪くない」と)
まだ会ったばかりのレイミアは別にしてもマリーもタイユフールもシエナに対して以前から好意的な人物だ。そんな彼らですらピジョンの事になるとシエナの意見に対して否定的になっている。
マリーたちの態度は王宮での出来事をシエナに思い出させて、うつむかせる。
シエナは(どうやってもここに行きついてしまう・・・)そんなあきらめに似た徒労感に囚われようとしていたが、
「ピジョンは悪だ。それは間違いない」
レオナルドの確信に満ちた一言にシエナは顔を上げる。その顔は嬉しさで泣きそうになっている。
これまで否定され続けていた事が一番認めて欲しい人物に認めてもらえたのだ。嬉しくないはずがない。
しかし、レオナルドの言葉はあまりに暴論に聞えたのか思わずレイミアが口を挟んでくる。
「敵って、そりゃあ帝国からしたら敵だけど・・・」
「そうではない。奴は帝国側から見なくとも悪なのだ」
レイミアに皆まで言わせないで断言するレオナルド。その堂々たる態度に「え?でも・・・」とレイミアは不満そうながらも反論できなくなる。
そんなレイミアを横目で見ながらレオナルドは、シンゴに意見を求める。
「シンゴ、君はどう思う?」
「僕もここで聞いた事でしか判断できませんが、少なくとも好ましい性質の人とは思えませんね。その行動の有様を考えると裏のある卑劣な性格だと思います。どうして皆さんがそんなにかばいだてをするのか理解できませんね」
一刀両断するように言い切るシンゴ。それまで黙っていたシンゴがそこまで言うとは思わなかったのか皆一様に驚いている。
シンゴは元々苛烈な物言いをする事がなく、淡々とした話し方をするだけに今回の発言は際立って聞こえた。
盲目的にピジョンを擁護する発言をする事への反感がシンゴにそうさせたようだった。
そしてレオナルドが(ここだな!)と決意して『イイ感じのセリフ』を言い放つ。
「これでハッキリしたようだな」
そう言って全員の顔を見渡す。
(決まった・・・。これは完全に決まったな。正直、この議論がどんな方向に向かっているのか実は全くわからないが、今ここで言うべきセリフはわかる。この『これでハッキリしたようだな』。これしかないはずだ!)
いつものように議論の流れも何もかもレオナルドの頭脳では理解できていなかったが、レオナルドは独特の嗅覚で今言うべき『イイ感じのセリフ』を嗅ぎ取っている。
それはまさに熟練の戦士が戦場での好機を本能的に嗅ぎ取るように、レオナルドも熟練の『イイ感じのセリフ』使いとして、議論における『イイ感じのセリフ』を言う好機を逃さなかったのだ。
もちろんこんな調子なので何が「ハッキリした」のかレオナルド当人もわかっていないが、きちんと説明してくれる人物が出てくるところがこの『イイ感じのセリフ』使いのすごいところだ。
「聖剣持ちだけがピジョンの事を無条件で好ましい人物と思っていない。つまりピジョンは広範囲に精神操作系の魔法を使っている事がハッキリしましたね」
シエナの説明は間違っていなかった。それほどの規模の魔法を一個人が行使するとは信じられないがピジョンは聖王国中に精神操作魔法をかけてピジョンに対して敵意を抱けないようにしていた。
ただ、聖剣の所有者だけは聖剣の加護のおかげでその精神魔法の影響を受けずにすんだのだ。
つまり、金色の聖剣のシエナ、白の聖剣のレオナルド、黒の聖剣のシンゴ。この三人だけがピジョンの印象に対して自分の意思で判断できている状態だった。




