白の聖騎士、イイ感じのセリフを言いそびれる。
レイミアの機転のおかげで張り詰めた空気はいくぶん穏やかなものに変わっていた。
一見、ただのわがまま娘に見えるレイミアだが第三軍団副将軍の名は伊達ではない。このくらいの事は狙ってできるだけの分別はあるのだ。
(レイミア様もなかなか侮れないですね)とタイユフールはレイミアに対する評価を一段階上げている。レオナルドの伝記作家であるタイユフールはその伝記に登場する人物に対する評価をなるべく公平なものにしようと心掛けている。
もっとも、その公平にはレオナルドは含まれていない。その人物像はかなりひいき目に書かれている。タイユフールに言わせると「主人公には特権がある」ということらしい。
そんな主人公なレオナルドが帝国からの面々の紹介をはじめると、マリーからあらかじめ説明を受けていたのか、シエナはうんうんと頷きながらレオナルドの話を聞いている。
(マリーからすごくきれいな子が一緒にいるって聞いから心配していましたけど、この様子ならレオナルドとは関係はなさそうです。あの子はむしろあのシンゴっていう男の子が好きみたいですね)
シエナにとって一番の関心事はそこだったのでまずは一安心だった。
困ったことにこの姫の関心は『帝国の者たちが聖都に潜入した目的』よりも『レオナルドが帝国から伴ってきた人物(女の子)』にあった。
レオナルドが聖都に戻って来ているとマリーから聞いた時は嬉しさのあまり涙まで流したシエナだったが、その後に一緒に来た者の中に女の子がいる事を知ってある疑念を持っていたのだ。
だが、実際にレイミアに会ってみてマリーの見立てである『レイミアはシンゴさんに好意を持っているみたい』に大いに納得していた。
シンゴと言う東国の美少年は表情を変えないのでよくわからないが、レイミアがシンゴを意識しているのは会ったばかりのシエナから見ても丸わかりなのだ。
(とりあえずこれで心配していた事は大丈夫とわかりましたね。心置きなく本題に入れます)
金色の聖剣の持ち主であるシエナは聖剣の条件である『真実一路』のためにレオナルドに対する恋慕の情を隠してまで他の話をするのが難しかったのだ。なかなか困った聖剣の持ち主である。
シエナは一息ついて口を開く。
「あなたはどうして聖都に帰ってこられたのですか。まさか本当に黒の聖剣の本継承をするためだけに帰ってきたわけでないのでしょう?」
「このくだらない戦争を終わらせるためです」
シエナの問いにレオナルドは帝国第三皇子のガラハドに帝国出立前に言った言葉で答える。
あまりに大胆な発言にシエナはにわかには信じられないと言った表情をするが、レオナルドは自分の言葉の真意を淡々と説明していく。
レオナルドには帝国に仕官してからわかったことがある。帝国は侵略国家と言われるように確かに外国への伸長政策をとっているが、それは武力一辺倒のものではない。
現にレオナルドが関わった戦いでは敵も味方もほとんど人的被害は出ていない。反乱部族の時も力で抑えるのは極力さけられていたし、自由都市ラインベイスにしても神聖同盟に加入して帝国に敵対しなければレオナルドの率いる帝国遊撃隊が派遣される事もなかっただろう。そしてラインベイスに対しても最終的には血を一滴も流さずに解決している。
レオナルドが聖王国にいた頃の帝国に対する認識は強大な武力を背景に近隣の小国を無理やり併合しているという印象だった。
その非道を正すために聖王国は『神聖同盟』の盟主となり近隣諸国を庇護していたはずだった。
しかし、実際はどうだったのだろうか。
帝国の内実を知ると一概にはそうとは言えない。
逆に神聖同盟の一員であったフローラの故国などは帝国に併合されてからの方が扱いがいいくらいだ。少なくともレオナルドにはそう見えている。
「本当にそんな事が・・・にわかには信じられないけど・・・」
聖王国での情報しか知らないマリーはさすがに理解が追い付かないようだが、シエナは思い当る節があるようだ。
「あなたは『神聖同盟』を推し進めた者がこの戦争の原因になっていると言いたいのですね」
「その通りです」
「『神聖同盟』を提唱したのは私の父である聖王エスケレス2世ですよ」
「わかっています」
かつての主君である聖王エスケレス2世の名前を出されてもレオナルドは動じていないが、マリーはさすがに
「兄さん、いくらなんでも聖王様に対して・・・」と口を挟もうとするが、シエナが制して話を続ける。
「提唱したのは父上ですが、それを推し進めたのはピジョンです。というよりも元々神聖同盟はピジョンの案なのです。彼が父上に提案してその筋書きを書いたのです」
ピジョン宰相は聖王エスケレス2世の寵臣でレオナルドの身代金の支払いを拒否した人物だ。
「しかし、ピジョン宰相は神聖同盟に否定的だったじゃないですか。以前、神聖同盟の庇護下にある同盟国でも見返りがなければ助ける事は意味がないと反対していたでしょう?」
聖王国の内情をある程度知っているタイユフールがシエナに確認している。
「ええ。神聖同盟に反対している。それが聖王国内のピジョン像ですね。しかし、それは表向きの話です。神聖同盟の加盟にはほとんどピジョンが関わっています。実際、この前の自由都市ラインベイスの加盟もピジョンが主導して加盟させてものです」
「そんな事が・・・」
タイユフールは一般国民よりも正確な情報を持っていると自負していただけに衝撃が大きいようだ。
「言われてみれば聖都の人たちの帝国の評判は散々だったわ。あれもそのピジョンとかいう宰相のせいなの?」
レイミアの問いにシエナは大きくうなずく。
「私もレオナルドの話を聞くまでは帝国は悪逆非道の国だと思っていました。でも、その情報の出どころはあの男です。あの男が宰相になってから一番最初に掌握したのが外交部でした。そして内政では情報部を。あの者が自分に都合のいい情報を国内に流していた可能性は否定できません」
シエナはピジョンの事をあの男呼ばわりしている。それだけ怒りがあるのだ。そしてシエナは確信したように続ける。
「レオナルド、あなたは以前からピジョンに疑いの目を持っていたのではないですか?だから、あえて帝国に捕まった。そして帝国を内部から探るために帝国に仕官した。一歩間違えれば命を落とす危険な行為ですが、さすがは『自己犠牲』の聖剣の持ち主です。そしてピジョンは薄々あなたが自分を疑っていることに気づいていた。だから身代金を払わないであなたを帝国に始末させようとした。こう考えれば全てはつながります。レオナルド、あなたはピジョン宰相が全ての黒幕であるとわかっていたのですね」
一気にまくしたてるシエナにレオナルドは、
「その通りです」
そう言いながら、本当は聖王が黒幕だと思っており『かつての主君であってもその非道を正すのが真の臣下なのです!』という『イイ感じのセリフ』を準備していたレオナルドは内心冷や汗をかいていたのだった。
 




