白の聖騎士、姫騎士にイイ感じのセリフを言う
「こうなっては仕方ありませんね・・・。敵の本陣へ突撃して一人でも多くの敵兵を道連れにするとしましょう」
落ち着いた声色で言っているが、聖王国の姫騎士、シエナ・リアは自らの失敗を悟っていた。
さすがに表情こそ変えていないが、聖王国の宝石といわれるその整った顔からは血の気が引いている。
姫騎士シエナの率いる親衛隊の当初の目的は聖王国の同盟国に侵攻してきていた帝国軍を側面から奇襲することだった。
その奇襲はうまくいった。
いや、うまくいき過ぎたと言っていい。
姫騎士親衛隊は少数精鋭だからこその機動力はあるが、防戦になると弱いので奇襲後はすぐに本隊に合流する必要がある。
しかし、勝ち戦続きに調子に乗ってしまった結果、本隊から離れすぎた。
今や姫騎士はその親衛隊ごと帝国軍の包囲網に巧みに引き込まれて孤立してしまっていたのだ。
「わかりました!聖王国の誇りを帝国の奴らに見せてやりましょう!なに、やつら如き我ら金色の姫騎士親衛隊が木端微塵にしてやりますよ!」
そう息まいているのは青の聖騎士、クレディだ。
それに呼応するように親衛隊の面々は「そうだ!やつらに目にモノをみせてくれる!」「帝国の豚どもなど我らの敵ではない!」と呼応する中で、一人の騎士が静かな、しかし、よく通る声で言い放つ。
「ふう・・・、皆さん冷静になってください。ここで突撃してどうするんです」
全員の視線が声の主に集まる。白の聖騎士、レオナルドだ。
白の聖騎士の名の通り、白い甲冑に身を包んで白馬に乗ったその姿は毅然としていて、絶体絶命のこの状況でも普段とかわらない。
長い白髪に端正な顔立ち、その気品ある姿から生まれながら貴族と思っている者も多いが、実は平民の出身である。
平民ながら努力を重ねて最下級の騎士として叙勲され、その後は数々の戦場で自らの危険を顧みない献身的な働きすることで聖王国の騎士としては最高の名誉である聖騎士の称号を得た騎士だ。
「レオナルド・・・。あなたにはなにかいい考えがあるのですか?」
姫騎士シエナは救いを求めるようにその美しい瞳を白の聖騎士レオナルドに向ける。
シエナは幾度となく窮地を救ってくれたこの白の聖騎士に絶大な信頼を寄せている。
しかし、今の状況はその白の聖騎士でもどうしようもないと思っていた。だからこそ敵陣へ突撃などという無謀な事を言い出したのだ。
そんなあきらめの状況下でもいつもと変わらない様子の白の聖騎士レオナルドにシエナは嫌でも期待してしまう。
「私がこの場で敵を食い止めます」
キッパリと言い放つレオナルドの言葉にシエナは少しがっかりする。
「親衛隊をふたてに分けるというのですか?それでは少ない我らがさらに寡兵になってしまって各個撃破されてしまうだけなのでは・・・」
そんな事がわからないあなたではないはずなのに・・・。そういいたげなシエナに、
「ふたてにわかれるわけではありません。私一人がこの場で敵を食い止めます」
「そんな!いくらあなたでも一人では・・・」
聖王国の誇る聖騎士たちは各々の聖剣に選ばれた一騎当千の猛者達だ。聖剣を装備した聖騎士は一般の騎士に比べて天と地ほどの実力差がある。
しかし、その聖騎士であっても数千の軍勢を一人で蹴散らすことなどできない。そんな事ができるのは三文芝居の主人公だけだ。
「大丈夫です。一人で戦うのは足手まといが欲しくないのです。上手くあしらったあとは頃合いを見計らい私も撤退するつもりですので」
レオナルドは意外なほど明るい声で言うが、
「だけど・・・」
シエナはまだ煮え切らない。白の聖騎士の力は信頼しているが、それ以上に彼を危険に晒したくない気持ちが強かった。
「姫様、聖王国の事を考えてください。聖王国のためにあなたは生きなくてはいけないのです」
レオナルドはシエナを小さな子供するように静かに諭す。
「レオナルド!残るなら俺も付き合うぞ!俺ならば足手まといになるまい。ともに聖王国の聖騎士の力を見せつけてやろう!」
そういきりたつ青の聖騎士クレディに白の聖騎士レオナルドはゆっくりと首を振る。
「クレディ。君はダメだ。マリーをもう未亡人にする気か?マリーの兄としてそんな事は許さんぞ」
青の聖騎士クレディはこの戦いの一か月前に結婚したばかりだった。しかもその相手は白の聖騎士レオナルドの妹のマリーだった。
そのことを指摘されてクレディはいつもの勢いをなくしてしまう。
「それに君までここに残ったら誰が姫様を守るんだ?私が食い止めると言っても打ち漏らす敵もいるだろう。なんせあの数だ。その敵から姫様を守る役目が必要ではないか。頼むよ。クレディ、君にしか頼めないことなんだ」
レオナルドのまっすぐな視線にクレディはその覚悟の強さを悟る。
(レオナルドはこうして俺に使命を与えることで俺を死なせないようにしてくれている。確かにマリーのためにも俺はまだ死ねないか・・・)
「レオナルド・・・。死ぬなよ」
「ああ、姫様を頼む・・・」
クレディはレオナルドの言葉にうなづくと、まだ何かいいたげなシエナを無理やりうながして撤退を指揮しはじめる。
「レオナルド・・・。どうしてもあなたが・・・」
シエナはそう言おうとしてその続きを言えない。その続きは白の聖騎士の代わりに他の誰かに死んでくれというようなものだからだ。
「姫様・・・。先ほどは聖王国のために生きてくださいと言いましたが、姫様に生きていて頂きたいのは私のわがままでもあるのです」
少し芝居がかったレオナルドのセリフにシエナはハッとしてほほを赤らめて
「わたしも・・・他の誰よりもあなたに生きていて・・・」
それを遮るように、
「それ以上は言わないでください。クレディ、姫様を早く!姫様、ご武運を!」
クレディは黙ってうなづくと半ば強引にシエナを連れ去っていく。
「これでいい・・・これで・・・」
レオナルドは撤退する自軍を眺めながらひとり呟く。
「これで・・・」
(俺が一番イイ感じのセリフを言えたよな~!まったく姫様やクレディには困ったもんだよ。油断するとすぐにイイ感じのセリフを言おうとするんだよ。あの二人は。それしても我ながら今回はかなりイイ感じのセリフを言えたなあ!『未亡人にする気か?』は定番中の定番だし、やっぱ、最後の『これでいい・・・』をこのシチュエーションで言う機会なんてめったにないもんなあ!くううっ、しびれるセリフだぜ!まさにここぞって感じだったな!)
そんな事を真剣な表情のままで考えているのは白の聖騎士レオナルド、その人である。
そう、この白の聖騎士はただ単に『イイ感じのセリフ』を言いたいがために生きているのだ!
今までだってそうやって生きてきた。
彼は皆から尊敬されていた。
いつも自ら危険な場所に行き、仲間を救い、自己を犠牲にするその姿勢から真の騎士だと言われていた。
しかし、それはただ単に『イイ感じのセリフ』を言いたいがために無茶な状況に自ら進んで参加した結果だった。
彼が白の聖騎士として名をはせさせた行動は傍から見たら自己犠牲をいとわない献身的な働きだったが、全ては『イイ感じのセリフ』を言うためだったのだ!
つまり白の聖騎士レオナルドにとって優先順位は、
『イイ感じのセリフ』≧仲間たちの命>自分の命>騎士の誇り>お金その他とか、なのだ。
(でも、つい『イイ感じのセリフ』チャンスだったからあんな事言っちゃったけど、かなりヤバくね?帝国兵軽く見ても三千はいそうだよ?一人で食い止めるとか無理じゃね?俺死ぬんじゃね?)
冷静になってみると自分の置かれた状況がかなりまずい事に白の聖騎士は気づいた。
(それに一番の問題がある・・・。誰もいなくなったら俺は誰に『イイ感じのセリフ』をいったらいいんだああああ!)
これらの事を真顔で考えながら白の聖騎士は迫りくる帝国軍を見つめるのだった。