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なろう小説家のボヤき

作者: 三文字

「……うーん……」


 僕は夕方に目を覚ました。


 陽はほとんど沈み切っていて、申し訳程度、っていう感じの出方をしてる。なんだか中途半端な赤黒っぽさに、金色をデタラメにまぶした様な、何とも形容しがたい空の色は、何だか知らないけど『鼻につく』という表現が似合う感じがした。


「あー、面倒くさいよなあ……」


 そう言いつつも、おもむろに僕は体を起こし始める。何も体を起こすことに、そんなに苦労することはないんだけど、今僕が気にしている唯一のことは、『バイト』だ。


 そのために一応、歯を磨いて、顔を水でバシャッと洗って、着替えまではしたけど、髪にはまだ寝癖が付いてる。


 でも今度はなろう小説のことが気がかりになってきた。バイトに行くまでの時間はまだ余ってるし、ヨーグルトを食べながらでも、とにかく自作の小説の下書きを進められるところまで進めておきたいな、と、バイトのシフト予定を確認しつつもその事ばかりが気になる。


 そして、書き始めた。正直なところ、大まかで、雑とさえいえる起承転結のプロット(?)のメモを奥に置いて、手元には書きかけの小説用ノートを開いておいて、時折メモやPCで必要なことを確認しつつ、つらつらと書いていく。思いっきりアナログなやり方だけど、始めた当初からその方法はなぜか変えてない。


 小説を書いているときの自分の状態はどんなもんだろうかと、当の本人が思う。というのも、メモ帳見開き二枚分のチャートがいつの間にか文章になり、ショートストーリーになり、場合によっては連作小説になっていくっていう、この『メモ』と『小説の下書き』との落差をつないでいるものが一体何なのか、というのが、よく分からないってことだ。


 それをどうしてだろうと不思議に思ってたけど、振り返っているうちになんとなくその二つの間に何があるのかが分かったような気がした。登場人物という、百パー自分とも、また他人とも言い切ることができないものが、小説の世界の中で、何だかんだとアバれ回っているうちに、何やらそのメモを文字の羅列に変換していき、小説の様な何かを作り上げてしまったんだ、と考えた。


 そしてその登場人物たちが、彼らの自由意志のようなものでもって『生きている』姿を見ることこそが、自分にとって何物にも代えられない何かになっているんだろうなあ、とぼんやり感じた。そして今日も、彼らを『放任』してやるために、僕はシャープペンシルを取って作業をしている。


 とは言っても、そういう時に限って時間が経つのは速い。あっという間に執筆作業はバイト終了後のお預けになってしまって、僕は景気づけに一杯のブラックコーヒーを飲んで部屋を飛び出した。


 この時期になっても夜は肌寒くて、あまり気を抜いていると身震いがしそうな瞬間もある。いつの間にか身構えながら歩いていた。そうしたら神様も見るに見かねたんだか、僕をコンビニという暖の取れる場所へ入れてくれたようだ。店長の目線を感じて、脊髄反射的に何か怒られるんじゃないかと縮こまって顔を上げると、店長は微かににやついているらしかった。寝癖が明らかについているのが可笑しかったらしい。


 バイトというのはつまらないもので、特にうちの地域は過疎が進んでいるから、こんな夜中に訪れる者はガラの悪そうな学生やヤンキー位なもんで、暇な時間が変なタイミングでよく来る。時折、客から金をもらい、袋に入れた品物とたまに小銭を返すだけの行為が、なぜ僕という一人の人間の家計を支えるために必要になるのか、などと意味のない疑問が頭に寄りかかってくる。人は退屈に退屈すると哲学を始める、という事に気づいたのが、僕の今日この頃だ。


 退屈さを紛らわしたい時、僕は仕事をしながら、そのコンビニという職場で流れる音楽やらラジオ的なものやら、そういった取り留めのないものを聞くことで何とかやり過ごそうとした。それにも飽きたときは、自分の部屋でやってるドラクエの主題曲とか、星野源のSUNだったりとか、米津玄師のフローライトあたりとかを脳内再生して見た。でもそういう時に限って自分が書いてる小説の続きを考えることは一切ない。考えると書きたくなるから。あと音楽を脳内再生してるよりも、登場人物の独白を脳内再生してるほうがレジ打ちに支障を来たすんじゃないかって思ってた。


 色々とそういった実験を繰り広げてるうちに、ようやっと朝になった。こんなぼうっとした店員でも雇ってくれる、テキトーな店で良かったなと思いつつ店を出た。白茶けた空は茫漠としていて、僕の心を映し出しているみたいだけど、またその空の色に僕の心が染められている、みたいな気もした。侘しいとも虚無とも似つかない、でも『悲しい』ともなんか違う、ヘンな心持で部屋に帰った。


 手洗いとうがいを十秒で始末した後、僕は本を読もうか、なろう小説のサイトを見るかで迷った。理由はないけどなろう小説にした。最近書くだけじゃなくてアマチュアの小説を見るのもたまに楽しいんだけど、最近、本で評論なんかも読むようになったから、なろうの『エッセイ』ジャンルで小説の評論めいたものがないか探してみた。


 あ、と心の中で呟いて即ブラウザバックした。あまりにも内容がナイヨウ、なんて詰まらねえダジャレを思い出した。でも不思議なことに自分の手は再びそのジャンルを巡回しようとしきりにクリックとかしちゃってる。たぶん突っ込み所満載過ぎて逆に気になっちゃったんだと思う。やれ「漱石を嫁」だとか「文学とラノベは違う」だとか「小説上手くなりたきゃ将棋やれ」だとか言っちゃってて、百年前のインテリゲンチヤがタイムスリップして、目の前で自説を繰り広げてるみたいな感じがすごい中毒性があって、ついつい読んじゃう。


 まあしかし江藤淳とか大塚英志とか高橋源一郎とか東浩紀とか宇野常寛とかいった、数々の日本の評論分野の先達がアツくなってやってることを一気にひっくり返して、あえて『王政復古』しちゃう意気込みがあるんなら、それはそれで『新教養主義』だのといって持ち上げる者もいるかも分からんが、あんな評論めいた言説の中でそういった以前の思想が槍玉にすら挙げられてない時点でなんかこれヤバいんじゃねとかバグってねとか一人無双してねとかツッコんでいるうちにこっちも一人の時間が時間泥棒に奪われていっちゃう。


 僕は下らない、下らないと思った。僕は無知が大手を振ってお肉ファースト!とか叫んで行進してる、ポストモダンって時代にいるんだとひしひし感じた。いやむしろもうポストポストモダン、みたいな感じか。かしこかしこまりましたかしこ、みたいな感じか。僕の机の前にはいつの間にかウイスキーの瓶とソーダのペットボトルと透明なコップが置かれてあった。それは僕が自分自身で置いたのかも知れなかったし、運命が僕に対して以前から用意していた小道具に過ぎないのかも知れなかった。


 でも、そんなことはどうでも良かった。僕は自前のハイボールを作りながら、今度はニコ生の放送をすることにした。台所に雑然と置いてあるピーナッツの袋と、冷蔵庫にあるチーズを、デスクトップのある机に持ってきて、僕は放送機材を整えて突然ニコ生の放送を始める。相変わらず今日も人が来ない。ROM専が多い。


 オフ会でも常連の奴らを二、三人、LINEでちょっかいを出す。反応がないなと思いつつスカイプをかける。ノロノロとそいつらはスカイプにやっと出てきて、「相変わらず過疎ってんな」とか「女性リスナーいる?」とか言って僕の配信を散らかし始める。その場の成り行きに任せて僕は思いの丈を述べる。


「どうして僕の小説は売れないんだよ!」

「書籍化されないからだよ!」


 このやり取りは伝統芸能、または僕の放送における法慣習として成り立っていた。そしてそのツッコみに他二人のスカイプ勢が大声をあげて笑うというのも古くからのしきたりとして伝えられ、人々の間ではそれがコメントを稼ぐ材料になると長く信じられてきたという。


 さらに、スカイプ勢は話すネタに困り始めると、僕に言われずとも、僕が昔ニコ生でBANになったという都市伝説をまことしやかにリスナー勢に述べ伝えるという、独特の儀礼を持っていた。その口伝が行われる間に、「BANはウソ! BANはウソ!」と僕が掛け声をあげ始めた時、リスナー勢は、皆一堂に、草を生やさなければならない(『黒歴史の書』第五章、十七ページ参照)。


 何故、僕みたいな、イケボでもなければ出川みたいな声でもない人間が、ちょっと叫んだだけでこれだけ笑われなければならないんだか。それとも僕は爆笑させるようなことを何か言っただろうか。なんだかよく分からない。


 よく分からないといえば、僕の小説だってそうだ。僕は自分が面白いと思った小説しか世に出していない。話の題材や、ストーリー展開だって、陳腐にならないように、ワザとテンプレからずらしてるわけだし。何でバズったり売れたりしないのかなと考えこんじゃう。考え込んでたら、そうか僕の小説には『萌え』が決定的に欠けている、と気づいた。萌えとは女子であり、そして女子から子を取ったら女である。でも僕は女についてあまり研究をしたことがない。ましてやそのことについてフィールドワークみたいな高度な事なんかしたことは一切ない。


 売れる小説にするには、女が必要になる。そして女を釣るにはプロの小説家になって有名になるのが一番手っ取り早い。そしてプロの小説家として必要な技術は、萌えを書くことだ。そしてそのためには女が必要になる。僕の思考はしばらくこんな循環論法に陥っていた。でも五分くらいしたら何か飽きちゃって、「これが社会矛盾なんだ」と無理やり結論付けた。


「何訳分かんないこと言ってんだよタコ」

 みたいな米がウナギのようにたちまち沢山登ってきて、僕はニコ生放送しながらイミフな一人語りをしていたことに気づいた。そんな気恥ずかしさを紛らすために、僕はさらに酒を飲むペースをあげた。そしたら、何だか、この部屋も、リスナーの米も、スカイプの喧騒も、自分の論理も、全てがぼやけているように見えた。良い意味、悪い意味関係なく、ただ単に、「どうにでもなれ」と思ってしまう。僕はいつの間にか、放送もカメラも切らないまま布団に入って目を閉じていた。


 ふと目を開けて、意味もなく部屋を横目で眺める。おびただしい数のウイスキー瓶の抜け殻も、変なフィギュアも、ほの暗い照明も薄汚いこの部屋も、僕がこの訳の分からない生活の中で掴んだものだということは疑いようがなかった。


「疲れたな……」


 気怠いような、幸福なような、妙な気分で僕は徐々に眠りに入っていった。

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