女性社長とライバル会社の女社長が意識し合っちゃう百合
「前年度はシェアの差を縮めるどころか差が開いてしまったんだよ!?いつ追い上げるかと聞かれたら君達はどう答えるの!」
力強い声(怒号と言うべきか?)がプレゼンテーション室を駆け抜ける。私としてはこんな大声を出すつもりはなかったのだが、思わず熱くなってしまった。
「今年度です。今年度で追いついて……いや、追い抜かしてみせます」
かわいい部下は私に顔を向け、真剣な表情でこう話す。しまった、重荷になってしまうかな。
一つ自己紹介を。私の名前は佐嘉野 美奈。年齢は25。職業は企業の社長。まだ20代の私が社長に上り詰めたのはこの企業が同族経営だったからである。祖父が創業し、父が2代目になり、父が早くに死んでしまったため一人娘である私が無理やり社長にされてしまったというわけだ。
この私が社長として勤めるこの企業"S.G.Invention"は主に電化製品を生産している企業だ。国内シェアは順位にして20位で、名は結構知られていると自負しておこう。
先ほどの怒号についても語っておいた方がいいのだろう。我が企業"S.G.Invention"にはライバルと言っていいであろう企業が存在する。それは"戦島工業"。同じく電化製品を生産する企業で、国内シェアは18位。
こちら側とあちら側は何かと共通点が多く、それ故にライバルとして争うようなことになっている。
まず会社に関して。こちら側と同じく同族経営で電化製品を扱う。
次に社長に関することだ。向こう側の社長である戦島 叶は22歳で社長に就任し、現在は24歳の女性だ。そう、私と歳が近く同性なのである。
と、このようにだ。共通点の多い私たちはもう何年も争いあっている……のだが一向に勝つことができない。どれだけの知略を尽くし、どれだけの努力を重ねても。
会議が終わり、皆が各々のデスクへ戻る。私の言葉がプレッシャーになったりしないといいが……。これからは気をつけていきたい。
私も部屋に戻ろうとしたその時、LINEの通知音が、私に連絡が来たことを伝える。誰だろう、と思いスマートフォンの画面に映る通知を見る。噂をすれば影、LINEは戦島 叶からだった。文面は次のようだった。
『またこっちの勝ちー!S.G.が戦島に勝つ日なんて来ないわよ!』
煽られる。盛大に。叶がこんなやつだから私は今勝ってやろうと必死になって働いている。今年度負けて顔に絶望を宿す様が今から楽しみだ。私は彼女に返信する。
『今年度は負けないから。覚悟しとけ』
『あいよー』
恐ろしいほどにレスポンスが速い。仕事してるのかこの社長は。
そこから続けざまに連絡が来る。
『今日いつもの居酒屋集合ね。勝者である私が敗者の美奈をバカにしてやるわ』
まだ煽る。こいつは煽ることしか頭に無いのか。
『了解』
言い忘れていたが、私にとって叶はライバルでありながら良き飲み友達だ。この連絡から察するに彼女もそう思ってくれてるらしいけど。
仕事が終わってから1時間後くらい。私たちは居酒屋の個室に集まっていた。
「でさぁ……会社にずっといるジジィが五月蝿くてさ?口だけ達者でなんもできない木偶の坊のくせに」
アルコールを摂取し顔を真っ赤にしながらかなちゃんは私に言う。すでに呂律は怪しい。
「まぁまぁ、その人もなんだかんだで仕事してるだろうし……」
「そういうみーちゃんもウザいと思うジジィいるんじゃない?絶対いるでしょ!」
かなちゃんは酔うと私のことをみーちゃんと呼ぶ。ライバル企業の社長同士がこんな関係ってどうなのだろう。そんな考えを胸の奥に隠しながら私は返答する。
「それは……いないこともないけど……」
「だよねー!やっぱりウザいジジィはどの企業にも備わってるんだって!備品だよあれは!」
かなちゃん、ジジィに対する怒りが強すぎる。
「で、敗者である私をバカにしにきたんじゃないの?」
「そんなのいいんだよ!そういう名目で愚痴聞いてもらうために呼び出しただけなんだから!」
愚痴聞くのなら私以外でもできると思うんだけど……。
「それ、私以外でよくない?」
と聞いてみる。
「絶対ダメ。みーちゃんじゃなきゃこんなこと言えないし、言う気にもなれないし、とにかくみーちゃんじゃなきゃダメなの」
かなちゃんは強い声色でそう話す。なんだか真剣な表情をしていて、必要とされているのを理解できて照れくさい。
「なんか、ありがとう」
「別に感謝されることなんてしてないけど、どういたしまして」
こういう関係もいいな、と考える。いつまでもこういう関係でいれるとなおのこといい。
「ねぇかなちゃん。私たちずっとこんな関係でいられるかな?」
私も結構酔っているようだ。変なことを口走ってしまう。
「なにそれ。愛の告白?」
「違う」
「急に冷たいね。まぁ、あなたが望む限りは一緒にいられるんじゃない?私はあなたと険悪になるつもりなんてないし、唯一無二の存在だと思ってるし」
「なにそれ。愛の告白?」
そっくりそのまま返してあげた。
「そうかもね」
かなちゃんはすぐに冗談を言う。真剣6割、冗談4割みたいな割合。加えて、冗談を言うときは絶対に少し笑みがこぼれる。顔を見たら真剣かどうかが分かるのだ。
わたしはかなちゃんのかわいらしい顔を覗く。
その顔はとても、
いつも以上に、
今まで見たことがないほど、
真剣なものだった。
心なしかいつもより寂しそうな眼差しに、私の心はとくんと打たれてしまう。まじまじと見ることがあまりなかったのだけれど、かなちゃんはかわいい。まだ大学生といっても通じそうなほど若くて、黙っていると凛とした涼しげな女の子だ。
思わず意識してしまう。いや、そんなはずがない。これも冗談のはずだ。またからかってるんだ。
「えっと……」
「お互い頑張ろうな、仕事。そろそろ帰ろっか」
かなちゃんはそういって無理やり締めようとする。なんとも言えない気まずい雰囲気が辺りに漂う。
「酔ってるみたいだけど大丈夫?かなちゃん」
「大丈夫だよ」
そんなこんなで彼女と別れてからの家への帰路。あの言葉は本意だったのか、もしもあれが本意だとして私はどうしたらいいのか、そんなことを考えていた。
甘酸っぱい恋が始まるのかな。
でも、ライバル企業の社長同士だよ?
しかも女同士だよ?
いいのかな。いいのかも?
アルコールのせいだろうか、無意識下で起こる紅潮が何かの始まりを感じさせた。