クー
「ふんふーん」
キルは機嫌が良さそうに名札を首から下げてライブハウスのスタッフルームからでてきた。昨日の騒ぎを収めた礼としてスタッフから今日のナインライブズのライブにスタッフとして入場させてもらったのだ。
「そんな前例作っちゃっていいんですか?ワザと寸劇演じる奴がでてきますよ」
スタッフの1人が責任者であろう年上のスタッフに言った。
「お前キルにスタッフパスを渡した理由、他の奴に聞いてねえのか?」
「え?昨日の騒ぎの礼じゃないんすか?」
責任者のスタッフは「はぁ」と大きなため息をついて若いスタッフに言った。
「あの後、あいつは客のナイフを握って俺に向けやがったんだよ。『どうする?』ってな」
「はぁ?!脅迫じゃないっすか!あいつの方がタチ悪いっすね。俺ちょっと言ってきましょうか?たかが中坊に舐められたんじゃ、この先やってけないっすよ」
「よせ、キルはこの辺じゃ有名なワルなんだ。喧嘩に勝てる奴なんかいねぇ。郊外の暴走族や都心のギャングを1人で潰したとかの噂が絶えない、奴こそ武闘派だ」
「え?!そんな奴なんすか。そんな風には見えないっすけど割と笑顔が幼い中坊って感じじゃないですか!」
「ああ、族やギャングを潰した時も笑顔だったってよ」
「そ、それは失礼しました」
若いスタッフは固まって、それから何も言わなくなった。
「おい、キル。お前は客じゃねーんだからちゃんと手伝えよ」
リーダー格のスタッフがキルに注意した。
「わかってるよ。うるせーな」
ステージではライブの準備が着々と進められナインライブズのメンバーがそれぞれの楽器の準備を始めた。
それが終わると音響スタッフとの調整をしている。
「どれ?どれがボーカル?今マイクテストしてる奴?」
ステージでギターを持ちながらセンターマイクに「あーあー」と声を出している。
「いや、あいつはギタリストだな。ボーカルのクーはいつもリハーサルには来ないんだ」
「へぇ。そうなの。どおりで冴えない奴だと思ってた。ギターの音も大したことないし」
「あのギタリストはまぁまぁテクニカルだぜ」
「別に上手いとかじゃねぇよ。音が何となく…暗いというか湿っぽいというか…」
「ただの、好みだろ?あのテーブルとイス後ろに運んでくれよ」
「あ、おう。わかったよ」
キルはステージのバンドを見ながら作業に戻っていった。