NINE LIVES
「明日のチケットいくら?」
キルがライブハウスのスタッフに話しかけた。
「ん?あぁ、キルか。珍しいな自分でチケット買うなんて。明日は…ナインライヴズか二千五百円のドリンクチャージで三千円だぜ」
「え?高っ!どうしよっかな~」
キルが迷っているとスタッフの男は続けて言った。
「ソールドアウトだけどな」
「なんだよ。そりゃ」
キルは溜息をついた。男はハハッと笑っている。
「人気なんだよ。特に女に」
「このライブハウスに出入りしてるバンドでそこまで人気あるのっていたっけ?」
「一年ほど前からな。人気があるのはボーカルだけさ」
「ああグットルッキング系ね」
グッドルッキングとは音楽性や実力は微妙だが顔が良くて人気のバンドを揶揄していう言葉だ。
「いや、そういう訳でもないぜ。演奏はまぁまぁだしボーカルは一応歌も上手くて人気がある。ジャンルは好き嫌いが分かれるところだが…」
「へぇ、どんなの?」
「ダーク系パンクってとこか。それともゴシックパンク」
「ふ~ん。よくわかんないな」
「俺も一度だけステージを見たがボーカルは不思議な雰囲気だったな。暗くて憂鬱な感じ…存在感はピカイチでライブのたびにカルト的な人気になってきてる。ん、それよりもキル。お前自分のバンドはどうしたんだよ。半年前にライブやったきりじゃねぇか。そろそろ次のステージないのか?」
「あぁ~、ちょっと複雑で」
「どうしたんだよ。良かったぜ。キルのギターがあんなに巧みだと思わなかったわ。フォーリンだろ?あのバンドは女性ボーカルで実力派だから好きなジャンルじゃなくても名前を売るなら文句なしじゃんよ」
その女性ボーカルがキルに告白してバンド内が気まずいとは言えなかった。しかも、他のメンバーが元カレであったり片思いであったりして三角関係、四角関係になっているのだ。リハーサル自体は週に一回参加しているのだがそのたびに微妙な雰囲気の中で空気が重かった。
「いや、ジャンル的に好きじゃないとかではないんだけどさ」
「じゃ、バンドで経験積んでキャリアを重ねるんだな」
「わかったよ。そうする。じゃね」
キルはスタッフに挨拶してその場を離れた。
(どいつもこいつも、プロになるとかキャリアを積めとかそれしかねぇのかよ)
キルはプロになるためにギターをやっている意識はなかった。ギターの音色が落ち着くとか。どちらかというと自分のためだ。それに公園で見たDhurのギタープレイはショービジネスとは関係ない純粋なギターの音が鳴っている気がした。
(とにかく今はそんな気分じゃない)
そうしてキルはまたライブハウスの壁際にもたれかかると腕を組んで炭酸水を飲んでいた。ステージはちょうど次のバンドに変わるセットチェンジの時間だった。その準備が終わろうとしている時
ザワッ
次のバンドを見ようとステージのそばに集まっていた客が騒ぎ出した。2人の男性客が喧嘩をしているようだった。
客たちが喧嘩をしている2人を避け円になり周りを囲んでいた。喧嘩の男性は殴り合いになっている。どちらも酔っ払っているようで訳のわからない大きな声をあげていた。
「おい、ありゃやべーな。どうすんだ?」
ライブハウスのスタッフ同士がキルの側で話し合っている。
「止めに入ってとばっちりは勘弁だぜ」
「しかし、なんとかしねぇと収集つかない。ライブどこじゃねぇぜ。おい」
そのうち喧嘩で劣勢だった客の方がナイフを相手に向けた。
「キャー!」
他の客から悲鳴があがる。
「け、警察呼ぶしかねぇな。ライブは中止だ」
スタッフが焦って叫んだ。
「おい!」
キルがそのスタッフの肩に手をだし呼び止めた。
「俺が止めてやろうか?あの喧嘩」
「はぁ?あぶねぇぞ。お前でも客に怪我人がでたとなりゃ明日からの営業も中止なんだよ。何もやらかすなよ!」
「俺が穏便に止められたら明日のライブに入れてくれよ。スタッフ枠で」
「ふざけんな!手を出すなっつってんだろ!」
「ふんっ。じゃ、勝手に喧嘩に加わるのなら文句はねぇな?ちょうどイライラしてたんだ」
「な?!」
キルはそういうと出口に向かっている客たちとは逆に喧嘩の2人に近づいていった。
ナイフを持った男はもう相手の男がナイフにひるんだことをいいことに躊躇なく刃を向けて切りかかっていった。
「キャー!」
「うわっ!」
男性客も女性客も大きな声をあげた。
ドッ!
キルがナイフを持った男の腕を振り下ろした拳で殴った。
「ひっ!」
男はナイフを落として腕を押さえる。キルはすかさず男の体をボレーシュートのように横から蹴った。
ドカッ
男は吹っ飛び転がっていったところを数人のスタッフや男性客に取り押さえられた。
ザワッ
周りの客たちが安堵の息をついた。
「おう、ありがとな。あぶねー奴だ」
ナイフ男と喧嘩していた男はキルの方へ近づいてきた。
ドカッ
キルはその男に振り向きざまに今度は下から足に蹴りを入れた。
「ぐあっ」
男は足を抑えてひぃひぃと声を出している。
「オマケだ」
キルは男に冷たく言い放つとライブハウスの後ろに戻った。