大きな大きな壁
トール様との戦いか、出来れば避けたいところだが。
「これ以上は…行かせるわけにはいかないのよ!」
「……」
私はトール様のミョルニルをギリギリで回避した。
何処にも接触はしていないはずなのだが。
「ち」
私の頬からは確かに真っ赤な血が噴き出した。
完全に避け、当る要素などは無かったはずだ。
だが、私の頬からは確かに鮮血が飛び散った。
なる程、流石の威力だな、これは。
正面から受けたら敗北は間違いないだろう。
最悪、擦るだけでも致命傷に至る可能性もある。
「ふん!」
だが、その一撃はあまりにも大きい、大きすぎる。
当然、その大きな攻撃の後には大きな隙が生じる。
私はそのままトール様の腹部に斬り付ける、だが。
「…これは」
私の刃はトール様の身体に傷を付けることは出来なかった。
確かに手加減はしていた、殺すつもりは無かったからだ。
だが、無傷というのはあまりにも衝撃的すぎるな。
「私をどかせたいなら…殺す気で来なさい!」
「く!」
確かに盾で防いだはずだが、トール様の拳は強烈だった。
私はその一撃で吹き飛ばされてしまう。
私は吹き飛ばされながら、何度か受け身を取り、勢いを殺して
そのまま体勢を立て直した。
「……やはり、そう易々とは倒せませんか」
さっきの一撃で肩が外れるかも知れないとは思ったが
どうやら、私の体はそこまでヤワでは無かったようだ。
これでも師匠の訓練を乗り越えてきたんだからな。
ヤワな身体のままではやっていけないか。
「本気で殴ったつもりだったのに、結構元気そうね」
「これでも元戦乙女です、ヤワな身体ではありませんとも」
「元…ね」
「もはや私は戦乙女では無い…私は神に仇なす…ただの人間ですよ!」
「く!」
トール様相手に後手など不利でしか無い、こちらから攻めるしかない。
そして、トール様相手に手加減など不可能だ。
相手は軍神、侮ってはならない…確実に殺す!
オーディーンを排除するための障害となるなら、私はこの方でも殺す!
「ふん!」
「うぐ!」
私の刃はトール様の身体に傷を付けた、だが、致命傷には至っていない。
あまり深く刃は入っていないし、急所も外れている。
「はぁ!」
「く!」
「どうしました? トール様、何故ミョルニルを使わないんですか?」
「そんなの、分かりきってるでしょう…隙が大きいからよ!」
「…言い訳を、最初の一撃だって、狙いが甘かったですよ。
あなたは私に自分は手加減をして勝てる相手じゃ無いと言いましたね。
ですので、私からも言わせて貰います…私は手加減をして勝てる相手じゃ無い。
自分で言うのもなんですが、私の実力は無駄に高いですからね」
「そんなの…分かってるわよ、私に傷を付けて、私を苦しめるなんてね。
巨人とか、そんなレベルの脅威度じゃ無いわ」
「なら、私に対して手加減など、愚策でしょう?
そもそも私は反逆者、あなたが手を緩める必要はありません」
「そうでしょうけど、そんな風に割り切れないのよ! 私は単細胞よ。
そんな風に簡単に切り替えられるほどに、頭が良いわけじゃ無いんだから!」
トール様の一撃、その一撃はミョルニルでは無かった。
ただの拳だった。
「手加減して、私は倒せない」
「ぐはぅ!」
私はその拳を避けた瞬間にトール様の腹部を切った。
この一撃はそれなりに深いと、そう感じた。
……だが、命を奪うまでには至っては居ない。
致命傷にまでは届いては居ない、ただ入っただけだ。
恐らく、内臓までは届いては居ない。
だが、トール様はもう動くことは出来ないだろう。
現に、トール様はその一撃を受け、その場に跪いた。
手に持っていたミョルニルも地面に落下、小規模の地震が生じる。
「……軍神である…この私が、膝を付くなんて…ね」
「……言ったでしょう、手加減をして勝てる相手では無いと。
本気で戦えば、私はかなりの重傷に至っていたでしょう。
いえ、そもそも一撃必殺のあなたと戦ったんだ
あなたが本気を出せば、私は死んでいたかも知れません」
「……無理を承知で…言うわ…この先には…いかないで」
「これ以上いけば…あなたはもう、引き返せない…」
「……ここまで来て引き返すはずもありませんよ、私はオーディーンを殺す」
「……あなたが恨むのは分かるわ、オーディーンがした事を考えれば。
でも、それでも、これ以上は駄目…あなたは…戻れないわ!
あの幸せも…大事な戦乙女の皆と笑うことも…もう、出来なくなるわ!
それだけは…止めて頂戴」
「…裏切り者である、この私まで心配してくれて、ありがとうございます。
でも、私は…止まりません、それ位の覚悟は出来ています」
「…あなたが幸せだと感じていること、全てを犠牲にしてまで…
きっと、あなたのお母さんもお父さんも…そんな事、望んでないはずよ」
「…あんな雑兵共を集めるために殺された父…
そのせいで病を拗らせ、命を落としてしまった母…
怒りを覚えていないはずは無い…例え、望んでいなかったとしても
私は許せない! だから、全てを捨ててでも、あいつを殺します」
「……だったら、私を殺しなさい」
「…あなたにも娘は居ますよね、スルズが…それなのにあなたは」
「スルズちゃんも大事よ、勿論よ、誰よりも大事よ。
だからこそよ、だからこそ、憧れの先輩が
神に反逆し、命を捨てるところは見せたくないのよ」
「あなたを私が殺せば、スルズは更に傷付くでしょう。
それ位の事も分からない程、馬鹿では無いでしょう?」
「えぇ、だから、ハッキリ言うわ、スルズの為ってのは建前よ。
苦しむスルズを見たく無いから…私を殺せと言ってるの」
「自ら命を捨てると? 娘の為では無く、自分の為に」
「えぇ、神様って言うのはね…自分勝手なのよ」
本当にその通りなら、きっとこんな事は言わないはずなのにな。
…だが、きっとこれが私が聞く、最後のお願いになるのだから。
「…良いでしょう、私も、最後の願いくらいは…果たして上げますよ」
私はトール様に敬意を示すため、フルルートも抜いた。
「誇り高き軍神の最後、手加減をした一撃では失礼でしょう
私の最大の一撃で、あなたを屠ります」
「……恩に着るわ」
「最後に、言い残すことはありますか?」
「……そうね、最後って訳じゃ無いんだけど…あなたは幸せ者よ」
「…何を」
「どんなに辛い思いをしても、どんな間違いを犯したとしても。
あなたを殴ってでも、あなたを助けようとする大事な友達が居るからね」
「……」
「それ以上はやらせないわよ! エリス!」
「な!」
背後からの一撃…私の体は自然に動き、その一撃を受け止めた。
「……メアリー!」
「間に合ったわ、これ以上はやらせない、あなたをぶん殴ってでも!
私はあんたを救ってやるのよ!」
「私の邪魔をするなぁ!」
メアリーは一刀の剣を両手で持ってでの一撃
…二刀である私がその一撃を片手で止めた。
今のメアリーは隙だらけだ、殺すのは容易!
……でも…でも!
「邪魔を…邪魔をしないでくれぇ!」
「させませんよ! 先輩!」
「な!」
ニール…なんで!
「何故だ、何故私の邪魔をする! 勝てないのは分かってる筈だ!」
「えぇ、分かってるわ、でもね、勝てないからって!
大事な親友を見捨てるなんて出来るわきゃ無いでしょうが!」
「例え先輩に剣を向けることになろうとも、私は大好きなあなたを護る!
その為に、私は今まで先輩の元で鍛えていたんですから!」
「ぐ、ぐぅうう! らぁああ!」
「あぅ!」
…勝てるわけが無いじゃないか…2人がかりで挑んでも
私は2人の力を片手で容易の押し返すことが出来る。
力の差は歴然、それなのに、即席のチームワークで私に挑むなんて…
「やっぱり強いわね…まぁ、それでも戦い続けるんだけど」
「どれだけ巨大でも、ひたすらに挑み続けますよ、あなたを護る為に」
「……こんな私の為に、剣を振るわないでくれ!」
「ふふん、あなたの為に振るってると思ってるの?
自意識過剰ね、珍しく、残念だけど私が剣を振るうのは私の為よ。
あんたと一緒に過ごす毎日って、本当に楽しいんだから。
だから、その毎日を守る為に私は剣を振ってるのよ」
「先輩という道標が無くなったら、私は道に迷います。
だから、私は先輩という道標を守る為に戦うんです。
私も自分の為なんですよ…だから、意地でも戦える!
だから、あなたに仇なすことも出来るんですから!」
「優等生のあなたには、分からないでしょうけどね!」
……覚悟は…してた筈だ! 仇を取るために全てを捨てると!
だったら、ここで迷ってどうする! 私は…戦う!




