師匠
昔、ずっと昔の事だった、師匠と私が出会ったのは。
小さいながらも強くなる為に、必死に剣を振り続けていた。
あの時の私にはそれしか出来なかった。
ただひたすらに剣を振るだけで、本当に無駄な事をしていた気がする。
「なぁ、君」
「は、はい…」
「何をしているんだ?」
「えっと、剣の稽古を…」
「…ただ剣を振るだけでは強くなれないぞ?」
「でも…私はそれ位しか知らなくて…」
初めてはそんな感じだった。
師匠と初めて出会った時、師匠は当たり前の様に私に声を掛けてきた。
顔は恐かったが、その人を見た私は何故か優しい人だと認識した。
「なんなら、私が剣を教えてやろう」
「え? な、なんで…ですか?」
「なんで…うーむ、そうだな、気に入ったからだ」
「……」
自分だけの訓練に何処か限界を感じていた私は
少しだけ悩んだ後に、その申し出を受入れた。
そうすれば、少しでも早く強くなれると思ったからだ。
母を救うために、私は素の申し出を受入れ、強くなる事を決めた。
必死に…ただひたすらに自分は強くなりたいと、そう願って。
その訓練は本当に苛烈だった。
「どうした! もうへばったのか!?」
「いえ!」
水が一杯に入った樽を背負って、中の水をこぼさないように
数百段もある階段を走って登ったり。
「相手の動きをよく見ろ! 敵はただの魔物、単調だ!」
「は、はい!」
まだまだ一桁の年齢で魔物との戦闘を任されたり。
「今日から3日間、この場でサバイバルをして貰う。
獣を狩り、魔物から身を守り、料理を自分でし、火も自分で起こし
意地でも3日間生き残れ!」
「で、でも! お母さんが!」
「お前の母は私が何とかする」
「わ、分かりました!」
3日間も自給自足をしたりもしたな。
一体、その3日間で何回死にかけたことか。
崖から落ちたり、足を挫いたり、狼に襲われたり
ゴブリンに拘束されそうになったりと散々だったな。
我ながら、良くあの地獄の3日間を生き残れた物だ。
確か、まだあの時も一桁の年齢だったと思う。
師匠は本当にスパルタだった。
初対面の時は優しい人かな、と思ったが
その訓練内容はまさに地獄だ、容赦が無かった。
「次は剣の稽古だ、技を教えてやる!」
「はぁ、はぁ…は、はい」
「その程度で根を上げてどうする?
たかが40kmを走っただけだろう?」
「は、はい!」
あの日々は地獄だった、我ながら良く耐えられたと思うほどに。
でも、あの厳しい師匠だったが、常に暖かさを感じていた。
どんな時でも、私の事を心配してくれていた気がする。
恐らく地獄の3日間を生き残れた理由も、師匠が影で護ってくれていたからだ。
ゴブリンに捕まりそうになった時も、そのゴブリン以外は来なかった。
ゴブリンは本来群れて動く魔物、数体だけで動くとも思えないしな。
「うぅ…」
「どうした?」
「あ、足が…」
「足を折ったか、おい、この程度で泣いてどうする? これ位なら治せるさ」
「…い、痛みが引いて…」
「戦乙女の力だ、回復くらいは出来る。
で、どうする? 限界だというなら今日はここまでにしてやるが?」
「…いや! 私は、強くならないといけない! お母さんの為に、強く!
絶対に戦乙女になって、お母さんを助けるんだ!」
「小さいのに大した根性だな…だからこそ、鍛え甲斐がある。
因みにさっきの申し出を受入れていれば、私はお前を突き放した。
お前は正解を選んだんだ、さぁ、やるぞ!」
「はい!」
あの訓練の日々で、一体何度骨を折ったり、大怪我をしたか。
その訓練の甲斐あって、私はここまで強くなれた。
「…ふ、お前はよく頑張った、良く今まで私の訓練に付いて来られたな」
「師匠!」
「まぁ、1度だって私を倒せなかったが」
「も、申し訳ありません」
「まだ、免許皆伝には早いと言う事かな」
「はい、私はまだ、師匠には届きません…でも、いつか絶対に!
師匠から免許皆伝を得ないといけませんから!」
「野心家だな、まぁ良いだろう
ひとまず私はしばらくお前に稽古は付けられない」
「え!?」
「仕事が入ってな、今回は長旅になりそうだ」
「そんな…師匠!」
「お前はもう十分強くなった、しばらくは独自で修行に励め」
「…分かりました」
「楽しみにして居るぞ、強くなったお前に期待してる」
「はい、きっと師匠よりも強くなってます!」
「言うな、まぁ、ふ、そう言う底知れない向上心は好きだ。
そうだ、私の訓練を乗り越えた記念に、この剣をあげよう」
この時、渡された剣がファンファーレだった。
師匠が常に腰に付けていて、とても素晴らしい剣。
「この剣の名前はファンファーレ、私の相棒だ。
その剣を、お前に譲ろう」
「こ、こんな素晴らしい剣を…でも師匠、これは師匠の!」
「構わない」
「それに、私にこんな素晴らしい剣は…似合わないのでは?」
「確かにそうかもな、お前がいつも使ってる剣と比べれば
私の剣は劣っている」
「え?」
「お前の剣、それは母に買って貰った物だろう?
想いがこもってる、良い剣だ」
「…でも、この剣は安物ですよ、私には掛け替えのない剣ですが」
「ふ、その安物をこの長い間使い続ける事が出来たのも凄いことだ。
ただの剣なら、とうに折れている…だが、その剣は折れていない
大事に扱ってる証拠だ、お前の剣は美しい。
お前の想いも、お前の母の想いも背負った美しい剣。
私の剣、ファンファーレの事も同じ様に大事に扱って欲しい」
「ですが…」
「お前に使って欲しいんだ、きっとこいつも、お前に使われることを望んでる」
「師匠…」
「大事にしてくれよ? 私の自慢の愛弟子」
「…はい、大事にします、絶対に!」
「楽しみにしているぞ、完全にファンファーレを物にしたお前を見るのを!」
「はい! 絶対に扱えるようになって見せます!」
…それから、師匠は戻ってこなかった。
師匠に何かあるとは思えなかった。
だって、師匠は私が今まで出会ってきた中で最も強かったから。
師匠が誰かに負ける光景は想像も出来なかった。
ずっと心配だった、ずっと…そして、その師匠が今。
「ふん」
「……あなたは、本当に師匠…なんですか?」
あの時の師匠とは全然違う…目が違う…あの力強い眼差しはなく
尊敬できるような大きな背中も見えなかった。
私の目の前にいる、師匠の様な誰かは。
「私はお前の師匠…だった者だ、もう、お前の師ではない」
闇に堕ちている様に…感じた。




