誘導作戦
狼はこちらに向かって真っ直ぐに突進してくる。
だが、その速度は尋常な速度では無い。
結構な距離がある筈なのに、もうほぼ目の前か。
まずは一刀で様子見だ。
ひとまずはファンファーレ、師匠の剣で応戦してみるか。
「な!」
狼がある程度まで接近してきたと思うと、瞬時に目の前から消えた。
「何処に!」
「は!」
ニールの方から足音が聞え、そちらを向いてみると。
そこにはもうすでにあの狼が移動して居た。
既にこちらに向かって飛びかかってきている。
じゃあ、あの足音はこちらに飛びかかるときの音か!
「ニール!」
「え? せんぱ…な!」
私はニールを突き飛ばし、その狼の爪を受け止めた。
なんという重い一撃だ…巨人ほどでは無いにせよ、その力は相当だ。
メアリーの一撃にギリギリ届かない程度か。
ただの狼がこれほど重い一撃を入れてくるとは。
「先輩!」
「ち!」
狼はすぐに噛み付こうとしてきた。
爪を受け止められた瞬間にこの判断…だが!
「ふん!」
「ぐ!」
私はすぐに母から貰った剣の柄尻で狼の顎を強打した。
狼は私のこの攻撃は想定外だったようで、完全に入り
自分の舌を噛み切りながら打ち上げられた。
「腹も首もがら空きだ」
だが、この狼を排除することは許されてはいない。
私は無意識に動く身体を止め、素早く後方にさがった。
打ち上げられた狼は空中で辛うじて体勢を立て直し、着地した。
狼は口から流れ出した血を首を振ることで多少払いながらこちらを見た。
…そして、すぐに口の傷が塞がっているのに気づいた。
なる程、結構な再生能力じゃ無いか。
もしや不死なのでは無いか? だから神々は拘束を選んだのか?
だが、私の予想ではこの狼は不死では無い筈だ。
「ご、ごめんなさい、先輩」
「いや、気にするな…あれは流石に反応できなかっただろう」
「私が未熟だから…」
「言っておくが、未熟が一番良いんだぞ?
完熟してたらそれ以上美味しくはならないし、腐るだけだからな」
「そうですね…私、頑張ります!」
「まぁ、それよりもだ…今は眼前の脅威に集中しよう」
舌を噛み切ったところで、あの異常な再生能力を持つ狼が動けなくなるはずも無い。
あいつは少しの間首を振った後、再びこちらに瞳を向ける。
その瞳からは戦意は消えず、むしろ執念のような物を感じた。
やはり向こうも引くつもりは無い…排除も許されないこの状況。
相手は圧倒的な速さを誇り、ニールの死角に入ったところから
知能もかなりあると予想できる。
この相手を誘導するのは難しいだろう。
いや待て、確かに神々なら誘導は難しいかも知れない。
だが、この狼は戦乙女に対し異常な程に執着している。
恐らくだが、この狼は過去、私とニールに敗れたことを怨んでる。
なら、私達2人なら、誘導は可能かも知れないな。
まさに誘導には適切と言った所か。
だが、逃走は困難だと言う事に変わりは無い。
素早さも知能もあるんじゃ、上手く誘導するのも困難だ。
ひとまず、この森の中は向こうに分があると予想できる。
ここは死角が多い…なんとか森から抜け出さないと。
「急いで森から抜けだそう…今はそこが大事だ」
「わ、分かりました」
「ぐ!」
どうやら、向こうはこちらの会話を理解できているようだな。
さっきよりも目付きに力が入った。
まるで絶対に逃がさないぞと言っているようだ。
この会話の直後にこんな反応をしたというなら
理解できてると考える方が良いだろう。
楽観的に考えるのは悲観的に考えるよりも危険だからな。
「走れ!」
「はい!」
私達はお互いがお互いをカバー出来る距離で走り出した。
狼も同じ様に走り出し、周りの木をなぎ倒しながら追いかけてくる。
移動速度は向こうの方が速い…何度か迎撃しながら逃げなければ駄目だな。
「が!」
「ち!」
向こうの狙いはニールか…やけにニールばかりを狙っている気がする。
この攻撃も私では無くニールの方へ攻撃を仕掛けた。
私はニールを庇い、その攻撃を受けたが…だが、この攻撃は軽い?
「な!」
狼は私が受けた剣を蹴った。
勢いはかなりの物で、私の剣は地面に刺さる。
狼は私の背後に回り、もう片方の爪での攻撃を仕掛けてきた。
まさか狼がこのような策を考えてくるとは予想外だ。
なる程、ニールへ攻撃を仕掛ければ私が動くと確信しての行動。
その場合、私は回避では無く防御と言う選択を取るしか無い。
だから、この様な手を仕掛けてきたのだろう。
確実に私が庇うと確信出来ていたからこそ、この行動を取れた。
不意に出来るような動きじゃ無いだろうしな。
「だが、私は剣だけじゃ無い。バースト!」
精神を集中させることで、周囲に衝撃波を発するホーリーリリース。
殺傷能力は皆無かも知れないが、一瞬隙を作ることは出来る。
実際、あの狼の足止めも一瞬しか出来なかった。
だが、私にはその一瞬で十分だった。
すぐに地面に刺さった剣を引き抜き、狼の手首を切り落とす。
「っぐ!」
あの一瞬が無ければ剣を引き抜くのが間に合わなかったかも知れないな。
仮に間に合ったとしても、恐らく防ぐことで手一杯だっただろう。
だが、あの一瞬で攻撃まで移せる時間は用意できた。
「くぐ!」
狼はすぐに後方に下がり、動きを止めた。
狼は4足歩行だ、走る速度も落ちるだろう。
「今だ! 逃げる!」
「は、はい!」
私達はすぐに森から抜け出すために走った。
本来は動けない程の怪我であろう狼も私達を追いかけてくる。
全く、何処まで私達に怨みを抱いているんだか。
確かに1年前、かなりの重傷を与えたから、怨まれて当然なんだが。
だが、その怨みは私たちに取っては好都合だ。
「丁度良い感じの速度で釣り合ってますね」
「あぁ、片手が無いからな、4足歩行のあいつには辛いだろう」
「でも、少しずつ速度が上がってるような…」
「傷が癒えてきてるんだろう…このままだと追いつかれるかもな」
「どうします!?」
「このまま走るんだ! 森から抜け出せれば!」
「は、はい!」
私達は森から抜け出すために必死に走った。
だが…どうやら災難というのは連続して起る物みたいだ。




