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第二話 勇者の前に自称おかあさん登場 その4

 彼女は、ボクを吐息の通路の中に連れていくとそこで待つように言ってから、一人歩いていく。

  恐ろしい事に通路の中は建物の中より温かい。

  周囲は荒れ狂った雪と風に囲まれているのに、ボクが立っているところだけは、四方に見えない壁があって雪風の侵入を拒んでいる。


「ところで、あの人は何やろうとしてんだ」


  一人歩いて行った彼女はしばらく進んで、あるところで止まる。

  そこは雪が一段と高く積もっているところだ。


「ふう〜〜〜」


  まただ。通路を作った時と同じ様に雪に息を吹きかけている。


  よく見ると、彼女の口から何か出ている? あれは、炎、そう真っ白な炎だ。


  そこでとボクの脳に小さな雷が落ちたような衝撃が走る。


  何だろう。あの炎どこかで見たことある様な気がする。

 けれど思い出せない。どこで見たんだっけ?


  思い出そうとしても意識を集中できない。何故なら目の前の光景が凄すぎるから。


「えいっ。それっ。ほいほいっと」


  彼女はそんな楽しそうな声を出しながら、雪遊びをしていたのだ。

  積もった雪に手を入れて取り出すと、その手に持つのは彼女の頭より大きな雪塊だ。

  それをお手玉のように放り投げていく。


「何遊んでんだよ!」


 彼女の吐息の温もりが弱くなってきてるのか、段々と寒くなってきたので、身体を温める為に両の二の腕を擦る。


「これで完成。おいでおいで」


  手招きするなよ。ボクは子供じゃないんだぞ。


  と心の中でボヤきながら、渋々彼女の元へ歩いていく。


「いったい何してたんだよ」

「これを作ってたの。()()()()よ。知ってるかしら?」

「かまくら?」


  そこにあったのは雪で出来た、頭頂部に緩やかな丸みのある優しそうな雰囲気のドーム。


「……かまくらだ」


  何故日本のかまくらのことを知ってるんだ?


  そんな疑問を口に出す前に、中に押し込まれてしまった。


「ほら風邪引いちゃうから、早く入って」


 かまくらの中は人一人が立って入れる広さでぼんやりと明るい。


「見ててね」


  くるりとボクに背中を見せると、また息を「ふう〜」と吹く。


  吐息とともに白い炎が雪を瞬時に溶かし、そこに大きな水溜り、違う。水は湯気を出さない。


「お湯溜まり? ってなんだそりゃ」


  自分で言っておきながら、ついツッコミを入れてしまった。

  でもそれ以外に適当な言葉といえば……。


「温泉」

「正解。さあ入って。おかあさんの愛情たっぷり入れたから、あったまるわよ」

「は、はあ」


  愛情云々はともかく、豊かな湯気を立てるお湯はとても温かさそうで今すぐにも飛び込みたい衝動に駆られるが、一つ問題があった。


「脱衣所は?」

「え?」

「え? じゃなくて脱衣所。服を脱がないと入れないんだけど」


  この寒い中、ずっと涼しい顔をしていた彼女の額から頰に掛けて、一筋の汗が流れ落ちる。


  これは、何も考えてなかったのか?


「脱衣所……脱衣、そう。そこで脱いでいいわ」


  両手で指差したのは、今ボクが入っているかまくらだ。


「ここでって、いや入り口空いてるから、外から丸見えなんだけど」

「それなら大丈夫よ。おかあさんが壁になるから」

  そう言ってこちらに背中を見せてくる。かまくらの入り口に生きた扉が出来上がった。


「さあユーちゃん。これでなんの問題もなくなったわ。チラッチラッ」

「いや、問題だらけだよ!」

「大丈夫。おかあさんが変な人いないかちゃんと見張ってますから。チラッチラッ」

「そういうあんたも、ボクからしたら変な人の一人なんだよ!」

「ええー!」

  「『ええー! 』じゃないよ。わざとらしい。さっきからこっち見てるじゃないか」

「そ、そんな事ないわよ。チラッ……子供の成長を見るのもおかあさんの務め」


  口では誤魔化してるつもりでも、首を僅かに後ろに向けて、金色の瞳がこちらを見ている事はバレバレ。


  しかも、ご丁寧に自分で『チラッ』とか言ってるし。どんだけ嘘つくの下手なんだよ。

  後、心の声が漏れてるから。


「でもでも、子供の成長を知る事はおかあさんにとって大切な仕事のひとつなのよ」

「ボクはあんたの子供じゃない」


  彼女の言ってる事は母親としては正しいのかもしれないが、ボク達は赤の他人なのだ。


「……ごめんね」


  ボクの拒否の言葉がかなりのダメージを与えてしまったのか、すごくしょんぼりした顔になってしまった。


「怒ってないよ。だからちゃんと入り口作ってくれないかな」

「ユーちゃん! 分かったわ。これならいいかしら?」


  次に彼女が用意したのは入り口を覆い尽くすほどの雪柱だった。

  一見すると出入口を塞がれたように見えるが、左右には隙間が空いている。

  これなら、外から覗かれる心配もなく、出入口としても使えるだろう。


  「やれば……」


  やれば出来るじゃん。 そう言おうとしたけど、なんか上から目線な言い方だと思って途中で止める。


「ん? ユーちゃん。なんて言ったの?」


 聞き返してくるなよ。


「……なんも言ってない。服脱ぐから覗くなよ」

「はーい。そうだ脱いだ服はこの籠に入れて中に置いといてくれる?」


  彼女は木で編んだと思われる籠をボクに手渡してきた。

「置いておけばいいんだな?」

「ええ。よろしくね」


  そう言い残して彼女の気配が消えた。もしかしたら覗かれてるかな、と思ってしばらく辺りを窺うが、湯気の立つ温泉が気になって、そんな事どうでもよくなってきてしまった。


「も、もういなくなったみたいだな」


  右見て、左見て、もう一度右を見て以内事を確認し、手早く服を脱いで渡された籠に入れ――中には手拭いと大きめのバスタオルが入っていた――出来る限り体温を奪われないように素早くかつ慎重に湯船に向かう。


 最初にお湯に入った時は、ピリッと電気のような熱さが走ったが、それも最初だけですぐに心地よい温かさに変わった。


「おっ、おおぉぉぉぉ」


  湯船に全身を入れると、冷え切った身体が温められる気持ち良さに思わず変な声が出てしまった。


  恥ずっ! 聞かれてないよな?


  辺りを見回すも、自称おかあさんの姿はなかった。


  「ふうっ」


  はあ、お風呂なんて本当どれくらいだろう? 地球にいた時も殆どシャワーだったから、すげえ気持ちいい。


  このまま寝てしまいたいくらいだ。


「ユーちゃん。寝ちゃダメ」

「うわっ」


  そんなウトウトした気分を射竦めるような声が聞こえてきた。

 

「えっ、今の声は……」


  女性の声からして一人しかいないのだが、辺りには人影は見当たらない。


  しかし湯気で視界を遮られているので、もしかしたら案外近くにいるのか?


「お風呂場で寝てはダメよ。大変なことになっちゃうわ」

「寝てない。寝てないよ!」

「そう。ならいいのよ。ちゃんと肩まで浸かって百数えてから出てきてね」


  何処にいるのか分からないけど、的確にこちらが見えているようだ。


「ボクは子供じゃない。って、何でそんなこと知ってるんだよ」

「それは落ち着いてから話すわ。今はゆっくり温まってね」


  その言葉を最後に気配が消えた。


「ちょっと答えてよ。いなくなっちゃった」


 一、二、三……。


  一体あの人何者だよ。地球人なのか? でも頭に角が生えてる人間なんていなかったはずなんだがなぁ。


  …… 九十八、九十九、百。

  ああ、百まで数えちゃったし、ちゃんと肩まで浸かっちゃったし。

  何やってんだボク。


  お風呂で温められたのとは違う意味で、顔が熱くなって来るのだった。




「お帰りなさいユーちゃん」


  彼女はまるで何年も一緒にいるかのような手慣れた感じでボクを出迎えた。


「ああ」


  お帰りなさいって、さっきの場所はここから目と鼻の先だぞ。


「いい湯だった?」

「ああ」

「それは良かった」

「ボクが来てた服は?」

  お風呂に入る前に来てた絶対守護の服はボクの手元にはない。

  風呂から上がると新しいシャツとズボンが置かれていたのだ。


  何の変哲も無いただの服だったが、驚いた事にサイズはぴったり。


  何処で手に入れたのか尋ねても「ふふ。後でね」と可愛く口元に指を立てるだけだ。


「その服の着心地はどうかしら。チクチクしたりしないかしら」

「肌触りもいいし、偶然かな。サイズも測ったようにピッタリだよ」


 ドライ素材で速乾性に優れていそうな服。どこで買ったのやら。


「良かったわ」


  そんな嬉しそうな顔して、褒めたわけじゃないんだけどな。


「さてさて」

「何だ?」


  彼女はニコニコしながらこっちに近づいてくると、両手を広げて体当たりしてきた。


「うわっ」

「うん綺麗になったわね」


  体当たりではない。抱きついてきたのだ。しかも髪の毛も撫でられて、とてもくすぐったい!


「嫌な臭いもしないし、綺麗綺麗……でも、そうね」


  一度離れると、彼女は細い顎に手を添えて何か考え事。


「うん。ユーちゃん。綺麗になったついでに髪の毛切りましょうか?」

「誰が切るんだよ?」

「おかあさんが切ってあげるわ」

「えっいいです」

「そんなこと言わないの。さあ座って座って」

「いや、いいから」


  風呂に入ってる間にリビングを埋め尽くしていた雪は消え、ボクはそこにある椅子の一つに座らされる。

  何処からか床屋で使うようなポンチョ――確かクロスという名前――でボクの全身を覆い、光を反射して煌めくハサミを取り出した。


  頭の上で刃同士が擦れる音が響いてボクは思わずビクンとしてしまう。


「ごめんなさい。嫌な音だったかしら?」

「大丈夫。後、髪切らなくて大丈夫なんだけど」

「だーめ。だって目が隠れるほど伸びてるのよ。これじゃ見にくいでしょ。おかあさんに任せて、とってもカッコよくして見せるわ!」


  なぜ人の髪の毛を切るのにそんな気合いを入れるのか?


  彼女はボクの伸び放題の髪を一房手に取りハサミを入れる。


  もしかしたら、ハサミで首を掻き切られるかもしれない。


 そんな馬鹿らしい考えを一瞬抱いたが、彼女に触れられた途端、その恐怖は何処かに消えていってしまった。


「ユーちゃんの髪、サラッサラ。ずっと触っていたいわ」

「そりゃどうも……」


  耳が熱い。赤くなってるのバレてなきゃいいんだけど。


 ショキショキ。


  何の淀みもなくハサミが動くたびに、ボクの無駄に伸び手入れもしないで枝毛だらけの髪が落ち、布を滑り降りていく。


  ショキショキショキン。


  ハサミが動いていくたびに、小気味いい金属音が静かな部屋の中に響き渡る。


  ショッキショッキ、ショッキショキン。


  まるで音楽のようにリズムを刻みながら、軽やかにハサミが動く。

  じっとしてるからか。だんだんと瞼が重くなってくる。


  寝ちゃだめだ。正体不明の女性がいるのに無防備な姿を晒したら、どうなるか分かったもんじゃないぞ!


「ユーちゃん。眠かったら、寝ちゃってもいいからね」


  こちらの心を読んだかのような、彼女の言葉が耳に入った途端、ボクの緊張の糸はプッツリと切れる。


  そして昔の記憶を夢に見るのだった。

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