第二話 勇者の前に自称おかあさん登場 その1
「「「きゃ〜〜! 」」」
光り輝く世界で、黄色い歓声が凱旋するボクと仲間達を包み込む。
「みんな落ち着いてくれ」
片手をカッコよく上げて、歓声を鎮めようとしたが、
「「「……勇者様カッコいい!」」」
どうやら逆効果だったようだ。
神使族に岩石族、そしてヒューマンの美女達が、ボクにまるでレーザービームのような熱い視線を送ってくる。
ボクの一挙手一投足に、女性達の興奮のボルテージが上がっていくようだ。
ふふふ。これだよこれ! これこそが勇者であるボクの特権。
この世界を冥王の魔の手から救ったんだから当然の権利だよな!
「勇者様。結婚してー!」
「いえ、私と、私と結婚してください」
周りに集まる何百人という女性達からの求婚に、ボクは目を閉じて両手を組み悦に浸っていた。
そんなに迫られたら断るなんて野暮。
「よぉし。みんなボクの嫁にしてやる……あれ?」
振り向くと、そこには誰もいなかった。
ボク達を囲んでいたはずの沢山の女性達はいなくなり、代わりに耳が痛くなるほどの静寂に囲まれていた。
何だこれ? まるで最初から誰もいなかったかみたいじゃないか。
気づくと、一緒に戦ってきた仲間達の影も形もない。
「みんなどこに行ったんだ? おい、どこ行ったんだよ!」
ボクの声は暗闇に吸い込まれるように消えていき、誰からも返事はない。
無駄な事だと分かっても、冷え切った心を何とか温めようと、ボクは自分の身体を抱きしめていた。
「……誰か、誰かいないのかよ。誰でもいいから答えてくれよ……あっ」
今にも泣きそうな声をあげながら、仲間の名前を呼ぼうとしたのだが……。
仲間の名前が思い出せない。
いや違う。この世界に来て仲間なんて呼べる存在は一人もいなかった。
四天王も冥王も全部一人で倒したんだ。
ボクは光の刺さない暗闇の中でうずくまる。
「もう嫌だ。こんな世界に居たくない。誰か誰か助けて……ボクを、ボクを一人にしないでよぉぉぉぉ!」
喉が痛くなるほど大声出しても誰も答えてくれない。
分かっているさ。これは夢だって。
でも、まだ夢の中の方がマシだ。
目を覚ましても、嫌な現実が扉を開け放してボクを待ち構えているだけなんだから。
「誰でもいいから答えてくれよ!」
せめて、せめて夢の中ぐらい幸せな気分に浸らせてくれよ!
「……さんはずっと一緒にいますよ。ユーちゃん」
「えっ?」
今、誰かがボクの名前を呼んだ? いったい誰が? そう考えた途端、ボクの意識は夢の世界からシャボン玉のように浮かび上がっていた。
目を開けたボクの視界に、見覚えのある埃だらけの天井が見える。
見覚えがあって当然。何故ならここはボクの部屋だからだ。
「……やっぱり夢だったか。現実が最悪だと、見る夢も胸糞悪い」
ベッドの上で上半身を起こしたボクは、夢の内容を振り払うように何度か頭を思いっきり振る。
それに釣られて一度も切っていない伸び放題の髪の毛先が針のようにボクの顔に刺さる。
まるで早く切れと、催促するようだが、ボクはそれを無視して周りに目を向けた。
一言で言えばボクの部屋は汚い。
開ける必要がない鎧戸の隙間から、差し込む日差しに照らされるのは、埃が舞い散りゴミがうず高く積みあがった部屋。
この状態になってから、もうどれくらい経ったんだろう?
ベッド以外に何もなかった部屋には、一体どこから入ってきたのか、正体不明のゴミが占拠している状態だ。
そんな部屋を見ても、掃除する気などさらさら起きないボクだった。
だってここは家じゃなくて牢屋。そしてボクは囚われた囚人。
自分から進んで牢獄の掃除する囚人なんていやしない。
「寝るか……」
誰も聞いてないのは分かっていても、つい声を出してしまう。
天井に家主のいない埃まみれの蜘蛛の巣が張っている。
この建物の出入り口は固く閉じられているのにどこから入ったんだろう?
まあ、どうでもいいや。
ボクは考えることを放棄して、勢いよく枕に頭を沈めると、ベッドの上に積もっていた埃が爆発したみたいに舞い散った。
けれど何の問題もない。一日中どころか、一年中埃を吸い込んだって、勇者の力のおかげで病気にならないしな。
一日中寝てても怒られないんだ。ホント勇者って最高の職業だぜ……。
そう思った途端、目から何故か暖かい水が流れてきた。
「 チッ、目にゴミ入ったじゃないかよ。あーもう寝よ寝よ」
目を閉じる。そうすればすぐに夢の世界への扉が開かれるはずだったが……。
「……おかしいな」
眠くない。どうしてだ?
いつもなら、例え一ヶ月ずっと寝た後でも、目を閉じれば三秒で眠れる特技を手に入れたこのボクが眠れない。
何度か寝返りを打ってみるが、全然眠気がこない。
眠気さん。早く来てくださいよ。少しでもいい夢見る事ぐらいしかやることないんだから。
そんな事思っても、全く眠気なんてやって来ない。
「うーん。どうするか」
本当に困った。やる事がない。この数百年ずっと寝ていたボクにとって、他にすることなんて何もないのだ。
本当だったら睡眠も必要ないのだが、やる事がないのでしょうがなく寝ているのだ。
それにしても眠くならない。このまま、ゴロゴロしていつの間にか百年過ぎていた、とかは勘弁して欲しいのだが……。
寝れずに何度も寝返りを打ち続けていると、突然澄んだ鐘のような音が聞こえてきた。
「……?」
ここに連れてこられてから、誰も使った事ないチャイムが今初めて産ぶ声を上げたようだ。
誰か来たのか? いや違うな。雪か何かがぶつかって誤作動したんだろう。
そんなことを思っている間も、チャイムは「早く出ろ」と急かすように鳴り続ける。
「うるさいな。ボクは寝ることに忙しいんだ」
チャイムが鳴る。
「いません。いませんよー」
音が止んだ。
「いないって……おっ、やっと止まったか。全くしつこいんだよ」
りんりんと喧しく鳴っていたチャイムが鳴り止み、再びボクは眠る作業に集中しようとした矢先。
突然下の方で、城門が破城槌で破られたような音が轟いたのだ。
「何だよいったい……?」
先程のチャイムとは比較にならない騒音、いや轟音に驚いて、ボクはベッドの傍らのゴミ山に落っこちた。
「くそ。まさか冥王の残党? それとも人間か!」
魔物でも人間でも、どっちにしてもまずい。ボクはどちらからも憎まれ疎まれている。
捕まったら最後、赤子の手をひねるようにボクは簡単に殺されてしまうだろう。
何故なら、力を封じる首輪のせいで、見た目通り子供と同じ力しか出せないからだ。
ボクは部屋から出るために、必死になってゴミを掻き分ける。
錆びついた両手のブレスレットに一瞬視線を送った。
これが使えたら怖いモノなんてないのに!
扉を塞ぐように溜まっていたゴミを必死にどかし、長い事閉めっぱなしだった扉を開けると、冷気がボクの全身を撫でる。
下の扉が破壊された為に、外の冷たい空気が入って来たようだ。
よく聞くと、唸る風の声に混じって、誰かが階段を上がってくる音が聞こえてくる。
しかも段々と大きくなっていた。それが意味するものはひとつ。
扉を破壊した奴がこっちに上ってきているのだ。
「くそ。どこに逃げる? 階段はもう使えない。ここから脱出するには……」
ボクは部屋にある窓に目を向けた。
封じられた窓だが、何度もぶつかれば破れるかもしれない。
ボクはすぐさま来た道を戻ろうとすると……。
「ユーちゃん?」
ん? ユーちゃん? 誰のこと言ってるんだ?
それは鼓膜を優しく震わせる女性の声で、ボクは逃げるのをやめて思わず声がした方を振り向いてしまった。
「だ、誰……えっ?」
振り向いたら言葉に詰まる光景がそこにはあった。
女の人だ。
ピンクのワンピースに驚くほど白い割烹着を着たまるで地球人のような格好の女性。
けれど、肩まで伸びたふわふわの黒髪から突き出るのは後頭部に向かって伸びる金色の二本の角と、太陽のような黄金の瞳。
人間じゃない?