第七話 金の瞳の竜 異世界へ飛ぶ その1
勇者によって冥王の魔の手から救われた民と娘と共にわたくしは、ヒトの住む世界とは隔絶した四次元空間フルオンに戻って国を再興し、穏やかな生活を取り戻していました。
翡翠の瞳の勇者と別れてから一万年経った頃でしょうか、わたくし達の世界に来訪者が現れたのです。
その日の早朝、わたくしは強力な力を感じて目を覚ましました。
同じく力を感じ取って目を覚ましたのでしょう。一緒に寝ていた娘のレニャが顔を上げます。
「ははうえぇ〜、何か身体がピリピリして変な感じがするぅ〜〜」
「何でしょうね。ちょっと様子を見てきます。メーヒェンいますか?」
入り口から娘の世話を任せている侍女のメーヒェンが音もなく入り口に立っていました。
「お呼びでしょうか。リィべ様」
「レニャと一緒にいてください。何かあったらすぐに避難を」
冥王との戦いの教訓で、何かあったらすぐに避難できるよう脱出路を作っておいたのです。
「畏まりました」
「母上、レニャも一緒に行く〜」
「駄目です。何か危険な事が起こるかもしれません。メーヒェンと待っていなさい。いいですね」
「は〜〜い。でもでも早く帰ってきてね」
「分かってます」
わたくしは自らの頭でレニャの頭を撫でてから、外に出ました。
入れ替わりに入ってきたメーヒェンに声を掛けます。
「頼みます」
「はい。お気をつけてリィべ様」
すでに他の民達も異変に気付いたのでしょう。
何事が起きたのかと慌てていました。
「皆、落ち着きなさい」
わたくしの声に落ち着きを取り戻した民達は口を揃えてこう言います。
何かとてつもなく強い力を感じたと。
わたくしや娘だけでなく、ここにいる全ての竜達が畏れ戦くほどの力。
民達を避難させたわたくしは単身その力の発生源へ向かいました。
そこにいたのは私と同じくらいの大きさの一頭の金色の鱗の竜だったのです。
身体は蛇のように細長く、四本の脚も細く頼りなさそうに見えます。
しかし、長い二本の髭が生え、黄色い猫目の瞳からは強い力と知性を感じさせました。
「貴方は何者ですか?」
「お初にお目にかかる。リィべ女王」
「王位は娘に継承しました」
「そうか。それは失礼」
「こちらの質問に答えてはいただけませんか?」
わたくしは少し憤りを感じています。
突然皆を驚かせて、更には飄々とした態度で、まるでこちらを小馬鹿にしているようだったから。
それに冥王のような侵略者だとしたら、断固としてこれを迎え撃つ覚悟でした。
今の所、悪意は感じませんが油断するわけにはいきません。
「そう、怖い顔をするな。美しい顔が台無しだぞ」
わたくしは睨み続けます。
「分かった分かった。そう睨むなよ全く。俺は神。この世界を作った存在だ」
ぶっきらぼうに神と名乗った竜の体が眩く光り輝き、それが収まった頃には筋骨たくましいヒューマンの男が先程まで竜のいた場所に仁王立ちしています。
身長はわたくしの指先程に小さくなりましたが、その体から溢れんばかりの力は、王族のわたくしよりもはるかに強いのが感じられました。
それだけならば神というのも信じられるでしょうが。
「……本当に神ですか?」
「そうだ。おいおい、ちゃんと答えたのに何故睨まれ続けなければならないんだ」
自らを神と名乗る者を、すんなりと信じると事など出来ません。
何かあればすぐに動けるように、相手の一挙手一投足に注意を払います。
「そう警戒するな。もし俺がここを侵略しに来たのなら、ここで呑気に待ってやしないぞ」
神と名乗る男は、少し機嫌悪そうに両腕を胸の前で組みました。
「わたくし達を油断させているだけかもしれませんので」
「ムムム。本当に竜という生き物は面倒くさいなぁ。同じ姿になっていれば警戒されないと思えば、全く意味がなかった」
「我々は一度侵略されたのです。警戒するのは当たり前のこと。それに神が存在するのなら、悪に苦しむわたくし達を救ってくれた筈なのでは?」
神に対しての皮肉は万死に値するでしょう。
それでも言いたくなってしまったのです。
神自身が冥王を滅すれば、わたくしや娘、民達はもちろん、あの小さい勇者も苦しまなくて済んだはず。
「……言うな。俺はこの世界に長くいることはできんのだ。無理にでもいれば世界が崩壊してしまう。ここにいるのも数分が限界なのだ」
顔にしわを寄せながら、そう弁解してきました。
ただ、口調からは本当に悪いと思っているようです。
だからといって完全に信用はしませんけど。
「それで、なんの御用でしょうか。ただ謝罪しに来たわけではないのでしょう?」
「リィべよ。お前に頼みたい大事な話があるのだ」
「話? 話とは、貴方が仮に神だとして、わたくしのような下々の存在に頼みたいことがあるのでしょうか」
「ある。この世界の運命を左右するとても大事な話なのだ」
そんな重要な事を何故わたくしに……?
「実はだな……冥王が復活する兆しを見せている」
「えっ!」
忌まわしい名前が出て来た事に、わたくしは驚きを隠しきれませんでした。
それでもなんとか心を落ち着かせます。
「今……何と言ったのですか?」
「信じられないのも無理はない。だが遠くない未来に奴が甦るのは事実なのだ」
そんな……あの時確実に急所を撃ち抜かれ溶岩に落ちていったのを見ました。
わたくしは、今まで封印してきた冥王に敗北した時の記憶を思い出してしまいました。
降伏したわたくしは、娘や民の命の保証と引き換えに冥王に仕える事になったのです。
拒否するなどと言う選択肢はその時はありませんでした。
娘達の命は冥王の手の中で弄ばれていたから。
その時に付けられた、逆らわない為の首輪。
アレが首に触れた瞬間、わたくしの心は踏み躙られ一度死んだのです。
それを救ってくれたのが、あの時の小さき勇者……そう!
「待ってください。勇者はどうしたのです? 彼がいれば冥王を倒せるのはではありませんか?」
助けてくれた彼のためなら協力を惜しむつもりはありません。
その思いと別に、わたくしは冥王に対する恐怖から何とか逃れようとしていました。
だから、勇者に任せてしまえばいいと、そんな浅ましい考えがあったのも事実です。
「もちろん勇者は健在だ……だが問題があってな。むしろ先に解決しなければいけないのはそちらの方だ」
「問題ですか?」
「そうだ。彼が、勇者が冥王を倒した後どうなったか知っているか?」
わたくしには全く見当もつきません。
「ヒトの世界を救った彼の事。さぞ英雄として、もてはやされたのではないのですか? それこそ、たくさんの伴侶を持って王族のような暮らしをしているのでは?」
自分でたくさんの伴侶と言っておきながら、幼い彼のイメージからは程遠いですね。
「まあ、子供に聞かせるような寝物語なら良かったのだが、現実は力を持つ者に厳しかったようだ」
「一体何があったのです!」
わたくしはつい語尾を荒げてしまいました。
何故そうなってしまったかは自分でもよくわかりません。
「落ち着けリィべ。ユートは冥王を倒した後、力を封じられて、ある場所に閉じ込められてしまったのだ。それは一万年経った今も変わらない」
「何故ヒトは自分たちを救ってくれた彼にそんな酷い仕打ちを? そこまで愚かな存在なのですか?」
わたくしの口から吐息と共に白い炎が噴き出します。
「怒るのは分かるが鋭い牙を見せるな。流石の俺でも肝を冷やす」
無意識に牙を見せてしまったようで、すぐさま口を閉じます。
「失礼致しました」
彼が不幸な目に遭っていると知って、わたくしの中で怒りが激しい炎となって燃え上がるようでした。
「気にするな。それでだ。ヒトというのは脆く弱い。だからこそ協力して生きていくのだが、勇者の力は圧倒的すぎた。しかも、そこを冥王に付け込まれたようだ」
神は失敗したな、と言いたげに後頭部を掻きます。
「奴め。倒される前に方々に手を打ち、ヒトの中にも魔物を紛れ込ませていたみたいなのだ。それにしても冥王を確実に倒す為の力だったのだがな」
「それで、わたくしに何をさせようと……?」
「ああ、簡単な事だ。勇者を救ってやってくれ」
「勇者を救う?」
「うむ。幸いな事に彼が閉じ込められている場所も分かっているし、力を封じる魔力はそこまで強くない。なのでリィべなら簡単に解除する事ができる。そしてその後は……」
勿体ぶるように神はそこで言葉を区切ります。
「彼を癒してやってくれ」
「わたくしがヒトの子を癒す?」
そんな事が出来るでしょうか? 竜とヒトは長い事交わらなかったのに。
「ああ、方法はそちらに任せる。俺にはそう言うのがよくわからんのでな。とにかく彼の心は厚い厚い氷の中だ。それを溶かしてやってほしい」
「彼には恐れられてしまうのでは?」
あの翡翠の瞳で蔑まれるのだけは嫌でした。
「お前達はヒトの姿に変化する事ができるだろう。その姿なら大丈夫だ……そもそも彼の元いた世界では竜がヒロインの話は沢山あるから問題ないだろう」
「ヒロイン?」
「何でもないこちらの話だ。それで協力してくれるのか?」
「わたくしでよければ協力させてもらいます」
何故でしょう。彼のために何か出来るのならと思うと、断るという選択肢は頭の中にはありませんでした。
「即決だな」
「何か? 民や娘はちゃんと説明して納得させるつもりです」
「もっと悩むかと思ったが、まあこちらとしてはありがたい」
「直ぐに向かいますので、彼の居場所を教えていただけません?」
「待て待て、顔が近いぞ」
神が腕を組んだまま仰け反ります。
「失礼しました」
わたくしは距離をとってから謝りました。
神は汗をかいてないのに額を拭います。
「ふう、彼の事を事前に知っておいてもらう為に、先にあるところへ向かってもらいたいのだ」
「あるところ?」
「そう、地球という星の日本という国。そこが彼が元いた世界なのだ」
チキュウ、ニホン。そこが翡翠の瞳の勇者生誕の地。
彼のことを知るためならば、異世界へ行くことに何のためらいもありませんでした。
「では、いってきます。民のこと頼むわねレニャ」
「いってらっしゃい母上。みんなの事はレニャに任せて!」
「メーヒェン、大変だろうけどレニャの事をお願いします。」
「はい。いってらっしゃいませリィべ様。レニャ様のことは私にお任せください」
準備を終えたわたくしは、女王として民を率いる娘と侍女に見送られながら、空に開いた穴を見上げます。
それは去り際に神が残していったもの。
ここに入れば勇者ユートが以前住んでいたという日本に行けるそうなのです。
娘の声を背中に受けながら、わたくしは振り向くことなく飛翔し、別の世界への入口へと躊躇うことなく飛び込みました。




