第三話 勇者 冥王を守る勇者と相対する その3
「もしかして、その首輪取らないと出れないのか?」
幼竜は首をかしげる。
「えっと、首輪、取って、欲しいのか?」
ボクは自分の首を指して首輪を取るジェスチャーをした。
すると通じたのかだろうか、
「! ピュイピュイ」
嬉しそうな声を上げながら、力強く首を縦に振った。
「分かった。外すから動くなよ」
ボクは首の傷に触れないように、慎重に血で赤く染まった首輪を握り、一気に力を込めた。
「ウンギギギギ!」
は、外れない! 嘘だろ? 家も持ち上げられるゴーリキーリングでも外せないのかよ。
「ピュイ! ピュイイ!」
「あっごめん!」
痛かったのだろう。幼竜は目を閉じ、聴いた者の心が引き裂けそうな鳴き声をあげたので、慌てて首輪から手を離した。
「外れない……どうすりゃいいんだ」
首輪を外す方法を考えながら、痛みを少しでも紛らわせるために幼竜の頭を左手で撫でる。
鱗がないからだろうか、引っかかりもなく、あったかくて滑らかで、ずっと触っていたくなる手触りだ。
「あっ、これなら……」
そんな事を考えながら、自分の左腕を見てあるものが目にとまった。
「なあ、ちょっと怖いかもしれないけど動くなよ。いいな?」
「ピュイ?」
幼竜が何するのと言いたそうな顔をする。
「すぐ済むから」
ボクは左手のガントブレイドを銃に変化させると、銃口を首輪に押し付けた。
「ピュイイイ、ピュイイイ!」
恐らく初めて見る昏い銃口が恐ろしい怪物にでも見えたのだろう。幼竜は首を振って銃口から逃げようとする。
なだめても、狭いところを嫌がる馬のように、幼竜は暴れて手がつけられない
「お願いだから大人しくしてくれ」
「ピュイイイ! ピュイ、ピュイピュイイイイイ!」
明らかに怖がっている。何度も体を動かすから鉄格子とぶつかり白銀の体に痛々しい傷が増えていく。
「どうすればいいんだ……そうだ! 暴れないで、こっちを見て」
ボクは苦肉の策として、銃口を自分の右腕に押し付ける。
「ピュイ?」
幼竜が動きを止めてこっちを凝視する。
「見てるんだ」
ボクは自分の右腕に銃口を押し付けたまま、一気にトリガーを引いた。
腹の底に響くような轟音が狭い穴の中に響き渡る。
「イッテー」
ボクは右腕を抑えながらも、唖然とした表情でこっちを見る幼竜に声をかけた。
「見て、ボクは何ともない。君を傷つけたりしないから暴れないでくれ。首輪を外したいだけなんだ」
信じてくれたのだろうか。幼竜は先程とは違って嘘のように大人しくなった。
ボクは怖がらせないようにゆっくりと近づき、銃口を首輪に押し付ける。
銃声から鼓膜を守るために右手で耳を抑えると、幼竜も真似して翼を器用に動かして耳を塞ぐ。
その縮こまった姿がちょっと可愛く見えた。
「動いちゃダメだぞ。すぐ済むから絶対に動くなよ」
ボクは幼竜を怖がらせないように、頭を撫でながら目を合わせたまま、首輪に狙いをつけて撃った。
弾頭は物の見事に破壊。砕けた首輪は音を立てて落ちる。
勿論幼竜の銀の皮膚に傷はついていない。
「やった!」
「ピュ、ピュイイイイイ! ピュイピュイ」
「お、おいやめろってくすぐったいから」
幼い竜は余程嬉しかったのか、尻尾を激しく左右に振って、小さく鳴きながらボクの右腕を舐めてきた。
「大丈夫。痛くなんてないよ。ありがとう」
本当は少しだけ痛かった。大丈夫だとは思っていたけど、我ながら無茶したもんだ。
あれ? 不思議なことに舐められていると、痛みが段々と収まってくる。
竜は自己再生ができるみたいだけど、誰かを癒すことも出来るのだろうか?
「ありがとう。もうそこから出てこれるよな」
「……ピュイ」
幼竜は最初躊躇っていたものの、外に顔を出した後は勢いよく檻から出てきた。そのままボクの顔に頭を擦り付けてくる。
冷たくて滑らかな皮膚が心地良い。
「ピュイイイ。ピュイ、ピュイイイ」
「こら、くすぐったいよ。檻から出れて嬉しいんだな」
幼い竜の頭を撫で返しながら、この時ばかりは勇者になってよかったと本気で思った。
突然幼竜がボクから頭を離す。あの声が聞こえたからだろう。
実際ボクの耳もその方向を捉えた。
「オオオオオオオオオオオン」
外にいるあの白い竜だ。
しまった。このまま幼竜を外に出して大丈夫なのか?
ボクがそんなことを考えていると……。
「ピュウイイ!」
幼竜は嬉しそうな声をあげると、後ろの二本足を使って出口に向かっていく。
「あっ外に出たらダメだ」
ボクは後を追う。
もしかしたら、あの幼竜が殺されてしまうかもしれないと思ったからだ
しかし同じ二本の足で走っているのに、後一歩のところで追いつけず、外に出て行ってしまった。
ボクも後を追って、すぐさま穴から飛び出した。
そこで見たものは……。
「ピュウイイ、ピュウイイ」
ボクを殺そうとしていた白い竜と、幼竜の二頭が頭を擦り付けあっていたのだ。
その光景は、まるで親子が久しぶりの再会で抱擁しているかのように見える。
それを見ていると、不意に地球の母さんを思い出した。
元気にやってるかな。
二体の竜がボクの方を見てきたので、ボクは何が起きてもいいように身構える。
銀の幼竜は、ボクを睨みつける白い竜に何か話しかけているようだった。
話しかけられた白い竜は、小さな銀竜の話に耳を傾けているようだ。
「ピュイ、ピュイピュイ、ピュイイイ」
う〜ん。相変わらず何言ってるかわからない。
なんで翻訳機みたいなものが用意されていないんだと本気で思う。
あっ二頭がこっち向いた。
白い竜がゆっくりと近づいてきた。鼻息がかかるほど近い。
今のところ攻撃して来そうな気配はない。けれどこちらを油断させる演技かもしれない。
ボクの緊張の糸は張り詰めてすぐにでも切れそうだ。
「ピュイ、ピュイ」
そんなボクに、幼竜が何かを訴えるように鳴きながら近づいてくる。
「ん? どうした」
幼竜が頭を動かす。その視線はボクと白い竜の黒い首輪を行ったり来たりしていた。
「ああ、そういうことか。分かったアレを外して欲しいんだね?」
そう言うと、通じたのか白い竜がまるで返事するように首をゆっくりと縦に降った。
銀の幼竜も嬉しいのか、尻尾を左右に振っている。
「すぐ済むから動かないでくれ」
ボクは左手の銃でさっきやったように首輪を破壊した。
黒い輪が無くなった白い竜は、憑き物が取れたような顔をして、確かめるように首を動かす。
首輪が無くなったことを確認し終えると、ボクに向かってまるで感謝するように頭を下げ、尻尾を左右に振りながら翼を広げて飛び上がる。
いつのまにか、白い竜の頭にはあの幼竜が乗っていた。
白い竜は、ボクから見て右手側の何も無い空間に身体を向けて口を大きく開く。
何する気だ? そんなボクの疑問を実践して教えてくれた。
口からブレスを放ったのだ。
放たれたブレスは地面に当たらずに、その上を覆っていた見えない壁に直撃。
透明な壁が音を立てて崩れ落ちる。
中にいたのは多数の竜だ。
すし詰めにされていた何十もの竜達は自由になったことがわかった途端、喜びを分かち合うようにお互いの頭を擦り合わせる。
大きさはあの白い竜より少し小さいぐらいだろうか。それでも数十メートルはある。
その中の一体、代表者なのか、黒くて細い竜が飛び上がり、仲よさそうに白い竜と頭を擦り合わせていた。
あの竜たちは冥王に捕らえられていたようだ。
人質ならぬ、竜質とでも言えばいいのか。でもこれで戦わなくてすむはずだ
ボクは心の中で「早く逃げろよ」と竜達に警告して、冥王がいるであろう山頂に向かったんだ。
この時だけは、勇者になってよかったと思える唯一の瞬間。その後は……。
「……ちゃん、ユーちゃん」
聞いたら嫌なこと全てを忘れさせてくれるような優しい声がボクの意識を覚醒させた。




