第三話 勇者 冥王を守る守護者と相対する その2
ボクは両手に金と銀の銃を持ち、行く手を塞ぐ純白の壁に向けてトリガーを引いた。
竜は避けようともせずに全弾を体に受ける。
小さな傷はついても、血が流れているようには見えない。
さすが竜。鳩に豆鉄砲ならぬ竜に二丁拳銃と言ったところか。
でも豆粒とはいえ、何百発も撃ち込まれて流石にイライラしてきたみたいだ。
ビルよりも太い足で踏み潰そうとしたり、並の人間なら掠っただけでも即死確定な尻尾を振り回して来る。
ボクはそれらに当たらないよう素早く動き回って回避しながらも、攻撃の手を緩めることはしない。
竜は体が大きいから、正確に狙いをつけなくても弾丸が当たり緑の爆発がダメージを与えているはず。
しかし有効打は一つも出ていないのは煙が腫れて傷一つない体を見れば明らかだった。
どうやら自己再生機能まで持っているようだ。
このまま撃ち続けても、ブレイブパワーを消耗するだけだ。
冥王との戦いを前に枯渇することだけは避けたい。
早く終わらせないと。
視界を覆い尽くす大きさの尻尾を避け、鉄すら紙のように切り裂けそうな爪を掻い潜り、噛み砕こうと大きく開かれた顎門から逃れて、狙っていた場所に銃口を突きつけた。
そこは生物全てが弱点であろう眼窩。
ここにはどんな生物も骨がない。撃てば竜も無事では済まない筈だ。
ギャラクティガンマンも自分よりはるかに大きい怪獣を倒した時に同じことをしていた。
だからボクもそれに倣う。
ボクはピタリと左手の銃を、金色の瞳に向けた。
近くで見ると、やっぱり殺意は感じない。それどころか目を見ているとすごく胸が苦しく痛くなる。
トリガーを引く指の力が緩む。
なんでそんな目でボクを見る? 一体何故。死にたくないと命乞いしてるのか?
その時、竜の満月のような瞳が僅かに動き、その中に映っているものをボクは見た。
瞳の中に、幼い雰囲気の竜がいる。
ボクは幼竜がいるであろう場所に振り向く。しかしそこには黒い山肌があるだけで何もない。
ん? 見間違いか?
そんな隙を晒してしまった為に、後ろから風圧を感じた時には何もできなかった。
目を離した隙に、竜の頭突きでボクは吹き飛ばされたようだ。
まるで見るなと怒りをぶつけられたようだった。
そのまま山肌に背中からぶつかる。
絶対守護の服が無かったら、身体は潰れたトマトのように無残に潰れていただろう。
怪我はないが、痛覚のせいで全身が痛みを訴えるのはどうしょうもない。
顔を上げると先程とは違い、尻尾を上げた竜の瞳に明確な殺意と怒りが見える。
何故急に怒る? 瞳に映った幼竜と関係あるのか?
竜が噛みつこうと口を広げて迫る。
ボクは噛みつきから逃れる為に山肌を縫うように飛んだ。
すると、竜は攻撃をためらうそぶりを見せる。
やっぱりこの辺に何かあるんだ。
ボクは山肌をよく観察しながら、竜の攻撃を避けていく。
やはり竜はこの山肌に流れ弾が当たる事を恐れているらしい。
その間にボクはこの山肌にある秘密を暴こうと、観察だけでなく直に山肌に触れる。
何度目かの竜の攻撃を避けていると、不意に山肌を触っていた右手が沈み込んだ。
突然のことにボクは驚き、動きを止めてしまう。
それを待っていたかのように、竜が爪を振り下ろす。
しまった!
竜の足が大きすぎる為に、上下左右に避けれるスペースがない。
ボクは、ある可能性にかけて山肌の中に飛び込んだ。
身体は竜の脚と山肌に挟まれることなく、そのまま吸い込まれるように中に入ることができた。
思った通り、山肌には見えない穴が空いていたのだ。
おそらく幻術か何かで、入り口を隠していたのだろう。
その穴の高さは、ギリギリ立って歩けるくらいで、時折頭が擦れ手をまっすぐ伸ばせないほど幅も狭い。
当たり前だが、あの白い竜は入って来れそうにないみたい。
だからといって安心はできない。
灯りはなく真っ暗だが、奥に紫色の光のようなものが見えた。
後ろから竜の咆哮が聞こえる。けど穴が小さいせいで、入ってはこれないみたいだ。
背後を塞がれたボクは、もしかしたらこの状況を打開できる何かがあるかもしれないと思い紫の光に向かって進む。
光の正体。それはボクが入れるほどの大きさの檻だった。
最初、ボクを捕らえるための罠かと思ったが、どうやら違うみたい。
既に生き物が捕らえられていたからだ。
紫の光を纏う黒くて頑丈な鉄格子が、中にいる生物が出れないようにしっかりと閉じられている。
ボクは鉄格子越しに、中にいる生き物に目を留めた。
体長は一メートルぐらいだろうか、顔は体を丸めているせいでよく分からない。
銀の体に尻尾。背中には翼があり何処と無くさっきまで戦っていた竜に似ていらような気がする。
これが、瞳に映っていた竜、あの白い竜の子供か? でもなんで捕らえられているんだ?
ボクの頭の中で、温泉を掘り当てたように次々と疑問が湧き出してくるが、答えは見つからない。
そうこうしているうちに、幼竜が身じろぎして頭をボクの方に向けた。
頭頂部に赤い一本角があり、大きくてつぶらな赤い瞳がボクを捉える。
さっきまで戦っていた竜には神々しさを感じたが、目の前の幼竜は幼い子供のような愛らしさを感じた。
幼竜が口を開こうとする。ブレスか!
ボクは攻撃してくると思い一瞬身構えるが、
「ピュイイイ」
そんな可愛らしい鳴き声を上げるだけで何もしてこない。
ん? 攻撃してこない?
「ピュイイイ。ピュイイイ!」
ボクに何か伝えようとしてるみたいだが、困ったことに全く分からない。
「ピュイイイイイイ、ピュイイイイイイ!」
幼竜がとても悲しそう鳴き声を上げながら、大きなルビーのような瞳から涙を流す。
その鳴き声は助けを求めているかのように切ない。
心なしか力無く垂れ下がった尻尾からも、ボクに伝えたいことが伝わらない事にショックを受けているように見えた。
「もしかして、ここから出たいのか?」
「ピュイ!」
ボクが声をかけると、尻尾をピンと上げた幼竜が近づいてきて鉄格子に頭をぶつけながら鳴く。
その姿はここから出してと訴えているようにも見える。
よく見ると、何度も鉄格子を破ろうとしたのか全身傷だらけ。
首には、さっきの竜と同じく黒い首輪のようなものが付いていた。
ボクの視線に気づいたのか、竜が前足でそれを掻く。
何度も何度も、光を浴びれば美しく輝くであろう銀の皮膚が裂け、血が出るのも構わずに掻き毟り続ける音が洞窟内にこだまする。
首の傷から流れる赤い血を見て、思わずボクは叫んでいた。
「掻いちゃ駄目だ!」
「ピュイ……ピュイィィ」
言葉が通じたのか、ボクの目を見たまま幼竜は一声鳴いて首輪を掻くのを止めてくれた。
「通じたみたいでよかった……ちょっと待ってくれよ」
ボクは外から檻が開けられないか見てみるが、恐ろしい事に鍵どころか扉自体見当たらない。
一体どうやって入れられたんだ。むしろここから出す気はないというとこなのか?
幼い竜はつぶらな瞳に涙を沢山溜めて、こちらを見ている。
そのままにするのが最善の策だ。檻を開ければ襲いかかってくる可能性だってあるんだ。
「ピュイイイィィィ……」
でも無視できなかった。置いていけなかった。この世界で初めて、助けてあげたいと思ったんだ。
だって、ボクには助けられる力がある。
目の前で助けを求める存在がいるのに無視することなんてできない。
ボクは外の脅威のことも忘れて、幼竜を助けることに集中していた。
鉄格子を穴が空くほど見つめるも、やはり開けられそうなところは見当たらない。
「……力づくで開けるか」
ゴーリキーリングを発動させて、両手で鉄格子を掴み、力任せに引っ張る。
すると、最初は抵抗していた鉄格子が音を立ててひしゃげていき、幼竜が何とか通れるくらいの隙間ができた。
「よしこれくらいでいいかな。ほら、出てきて大丈夫だよ」
ボクがそう言っても、幼竜は首を小さく横に振るばかり。
最初は外に出るのが怖いのかと思ったが、そうではなく、首輪のせいで出れないのではと思い当たった。