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第一話 地球人 勇者になる その1

  ボクの味方でいてくれるのは、ヒューマンの姫でもドワーフの王女でも、ましてやエルフの巫女でも無い。

 角の生えた太陽のような金の瞳の割烹着の女性(おかあさん)だったんだ。



 あれは、ボク盾持勇努(たてもちゆうと)が、まだ地球人だった頃。

 つまらない学校が終わったら、すぐ家に帰る毎日を送る高校生。

 ボクにとっては、勉強や食事や友人よりも、自分の部屋にある物の方が何よりも大切だった。


 それは、父さんが遺した数え切れないほどの古い洋画や特撮映画、そして自分のお小遣いで買ったゲーム機。


 母さんはボクを育てる為に、一日のほとんどを仕事に費やしていて、家はいつも一人暮らしのように静か。

 そんな生活を小学生から続けたボクの親友といえば、部屋にある映画やゲームの事だ。


 その日も父さんの録画したビデオを見る。

 十年以上壊れる事のないビデオデッキにセットすると、もう何百回何千回と聞いても聞き飽きないナレーションが再生される。


『地球が異星人や怪獣に襲われた時、銀の巨人が現れる。その名は……銀河の戦士ギャラクティカマン!』


 これを聞くといつも気分が高揚して、学校での嫌な事なんかどうでもよくなってくるから不思議だ。


 ギャラクティカマン。今から五十年も前の特撮ドラマだ。

 けれど、その魅力は今も明けの明星のように輝いている。


 シリーズは何作もあり、今も新作が放映されていて、更には海外でもシリーズ展開がされているほどの人気作品なんだ。


 テレビで流れているのはボクが一番大好きな最終話。

 ギャラクティカマンが宇宙から飛来した宇宙船を破壊している間に、地上に怪獣が現れる。

 実は宇宙人が用意した怪獣で、ギャラクティカマンが地球に戻って来る頃には、共に地球を守っていた防衛隊本部は炎に包まれていた。

  ギャラクティカマンは宇宙怪獣と死闘を繰り広げる。

 けれど、全ての攻撃はバリアーに阻まれ満身創痍のギャラクティカマン。


 このままじゃ負ける。


 誰もがそう思った時に、戦火を逃れた防衛隊が秘密兵器で宇宙怪獣のバリアーを破り、ギャラクティカマンの最終必殺技が炸裂――する筈が、

 突然目の前が停電したかのように闇に包まれてしまった。


「えっ? うそ、ブレーカー落ちた?」


 そんな……後ちょっとでギャラクティカマンが宇宙に帰る感動のラストなのに!


  ボクはブレーカーを確認しようとしたのだけど、ある恐ろしいことに気がついた。


「んん?」


 いつまでたっても暗いんだ。普通なら目が慣れて輪郭がボンヤリと見えて来るはずなのに。


 異常が出たのはブレーカーじゃなくて、ボクの身体?


 目の前に手を持ってきても、視界は黒く染まったまま。自分の掌を眼球に触れるくらいまで近づけているはずなのに何も映らない。


 嘘……突然失明? 何かの病気? そんな考えが鎌首をもたげた途端、心臓が異常にバクバクと暴れ出し、全身が凍える程の冷たい汗が噴き出してきた。


 嫌だ。こんなの嫌だ……。


「……努、勇努」


 突然の女性の声が頭の中に染み込んだ途端、不思議な事に不安の波が一気に収まっていくのを感じた。


「だ、誰?」


 左手側から声がしたので、見えるはずもないのに、無意識に首を動かしてしまった。

 驚く事にボクの墨汁に染まった視界の中に、その人の姿だけが見える。


 柔らかな後光を放つ女の人が、こちらを警戒させないためか、ゆっくりと歩いて近づいてきた。

 小麦色の身体に白い布を巻きつけたような服を着ていて、隙間から覗く胸はとても大きく、動くたびにこちらを挑発するかのように揺れている。


 ボクは自分が大変な事態に陥っていることも一瞬忘れて、その豊かな胸に目が釘付けになっていた。


「勇努」


  胸に固定されていたボクの視界に、その持ち主の顔が入ってくる。


「どぅわぁ!」


 突然女の人の顔が間近に来てビックリして変な声が出てしまった。

 

「ごめんなさい胸なんて見てませんすみません!」


 ボクは無実を証明するために両手で目を覆う。


「胸? ああ、これのせいで集中できないのですね。なら……この姿ならどうだ?」


  ん? 女性の声が途中から野太くなった? 口調も男みたいだけど。

 いやまさかなと思いながら、恐る恐る手を退けて見ると……。


「やっとこっちを見たな勇努」


  ボクの目の前にまるで彫刻のように上半身が険しい岩山のように隆起した男が、胸の前で腕を組んで立っている。


 一目見て、ボクじゃ一生掛かっても手に入らないと確信するほどの、山のように大きい筋肉だった。


「えっと……」


 筋肉の迫力に負けて言葉が詰まってしまった。


「やあ勇努」


  映画に出てくる人間兵器のような男はボクに右手を差し出した。


「あなたはいったい誰ですか?」

女性なのか男なのかよく分からない性別不詳の人物は手を引っ込めながら答える。

「おっと名乗るのを忘れていた。何せヒトに名乗るのは久しぶりでな。最後に名乗ったのはいつの頃だったか」


後頭部を掻きながら、あたりに視線を泳がせている。どうやら名乗ったのがいつだったか思い出そうとしているみたい。


「何言って……」


 何言ってるんですかと口を開こうとしたら、その後の言葉の衝撃が大きすぎて、口を紡ぐことになってしまう。


「まあそんな事はどうでもいいか。俺は神、全ての世界の神だ」

「カミ? 神様ってあの神様?」

「うむ、その通り。なんだその顔は?」

「その顔って?」


 自分の顔を触ってみるが、そもそも見えないので分かるはずもない。


「まるっきり俺の言った事を信用してない顔だぞ」


 あっそういう顔ですか。


「そりゃ、いきなり現れて自分のこと神だって名乗る人なんて信用できません。それにこれ夢かもしれないし」


 夢だ。自分で口に出してやっと気づいた。そうだよ夢だ。

 きっとテレビ見てたら途中でうっかり寝ちゃったんだ。そうだ。それしか考えられない。


 今すぐ目を覚ます方法はひとつだけ。


「……い。聞いてるのか?」


 うるさい。ボクに話しかけるな。集中できない。

 集中して、集中力を最大限に高めたら……こうする!


「痛ててて!」

「何故自分の頬をつねっているんだ?」

「そんな……」


 自分で自分のほっぺをつねる。そうすれば痛みで眼が覚めるって聞いたのに、相変わらず視界に映るのは暗闇と、神と名乗るマッチョな人物。


「おい、大丈夫か」


筋骨隆々な見た目からは想像もできない優しい声

でボクを慰めてくる。


「……大丈夫じゃない。早く夢から覚めなきゃいけないんだ。話しかけないでください!」


 ボクは学校でも出したことのない大声をつい出してしまった。

 

 突然失明して、更にはおかしな人まで見えたら、そりゃ動揺だってするよ。

  早く目を覚まさないと。でないと……これが現実だって認めることになる。


  そんなのは嫌だ!


「落ち着け勇努。これは夢ではない。ここに呼んだのは俺なのだ」

「あなたが?」


  自称神はボクの目を見ながらゆっくりと頷く。


「じゃ、じゃあ教えて下さい。神様なんて凄い偉い人がボクに何の用があるんですか? ちゃんと答えてくださいよ」


 自分の身体の事を考えると、怖くて両目から涙が溢れてくるのを感じた。


「落ち着けちゃんと質問には答えよう。俺は君にある事を頼むためにここに呼んだのだ」

「ある、事?」

「そうだ。涙を拭け勇努。お前に頼みたい事はひとつ。ある世界を救ってもらいたいのだ。君にはそれができる素質がある」


  なにその、まるでラノベやアニメの主人公に対して言う台詞は。


「ボクが世界を救うってどう言う意味ですか」

「そのままの意味だ。勇努にある世界を救ってもらいたいのだ」

「何言ってるんですか? そんなのまるでボクに勇者になれって言ってるみたいじゃないですか!」

「その通り!」


 突然の神の大声が鼓膜を震わせる。

 まるで怪獣の鳴き声のようでクラクラしてくる。


「勇努、君は今日から勇者になるのだ!」


 ビシッ!と、音が聞こえそうなほど鋭い勢いでこっちに指を突きつけてきた。


「ゆ、勇者なんて無理だよ! それよりも早くボクを家に帰してください!」

「悪いがそれは出来ない」

「えっ」

「一刻を争う事態なのだ。冥王はすでに復活し大地を蹂躙している」

「ボクじゃそんな奴に勝てませんよ!」


 そうだ。勝てるわけない。贅肉はもちろん筋肉も必要最低限しかなく運動神経ゼロ。

 眼鏡は掛けてるけどゲームばっかりしてきた所為で、決して勉強してきたからではない。


  そんなもやし――には失礼だけど――みたいな身体のボクが勇者なんて大役務まるわけない。

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