第五章 後半
夜中に下校するというのは、なかなか出来ない経験だ。
真っ暗な中、大きな月と満天の星が、眩いほどに輝いている。
悪くもない気分だ。
「やっほーい! もうすぐで――、黙人の家が見えてきまーす!」
こいつらがいなければ。
「持ち家だっけ? 羨ましいわぁ。あたしなんて、保健室に寝泊まりしているのにぃ」
あそこに住んでんのかよ。
「まだつかないの」
一番小さいとも先輩が、疲れてしまったようだ。晴先輩の裾をぐいぐい引っ張っている。
「おんぶ……してほしい訳じゃない」
両手で、しっかり晴先輩の学ランの裾を握っている。しかし彼も、大きなバッグを斜め掛けして、かなり重たそうだ。
「可愛く言っても駄目だよー」
そういってしゃがみ、背中に流先輩がちょこんと乗る。
結局か。
大学生のお兄ちゃんと小学生の妹に見える。澄子と違って、動きに見た目がそぐうのがいい。
「あの家だよ!」
澄子は、元気に走って行ってしまった。
「ただいまー、部活の仲間連れてきた―」
玄関の扉を開け、手探りで電気のスイッチを入れる。その後から、澄子が飛び込んでくる。
「お邪魔しまーす!」
「お邪魔しないでくださーい」
つい、心の声が出てしまった。
とりあえず居間にみんなを通そうと、木の戸を引く。
ソファに腰掛ける、セーラー服の女の子。みうちゃんだ。中学生のまま、見た目が変わっていない。おしとやかで、可愛い。
『お帰り、黙人君』
「ただいま! 今日も一日、みうちゃんに会いたくて仕方なかったよお」
ぎゅーと抱きしめる。いい匂いがする。
みうちゃんに夢中になっていて、すっかりみんなの事を忘れていた。皆が、居心地が悪そうにしている。
「ああそうだ、みんなを紹介するね。部長の澄子と、先輩の晴先輩にとも先輩。こちらが顧問の、湫先生だよ」
みうちゃんには、どんな部活かは言わないでいよう。心配をかけてしまう。
「それでこの子が、みうちゃん。俺の彼女なんだ」
誰かに見せた事なかったから、なんだか気恥ずかしい。
「やあ、よろしく」「はじめましてぇ」「よろしくね」「よろしく」と、皆優しそうにしている。これなら、みうちゃんとも仲良くしてくれそうだ。
パンパン! 湫先生が手を叩く。
「それじゃあ、パーティーの準備を始めましょうか」
「よーし、それじゃあ、僕がおいしい料理をご馳走しちゃうね!」
張り切る晴先輩は、エプロンをつけ始める。
「先輩が作るんですか」
以外という程でもないが、彼がやらなくとも、ここには女子が沢山いるのに。
「うん。こう見えても、料理部の部長だからね」
兼部してるのか。いや、『殺人部』は部活動のうちに入らないのか。
「楽しみだなぁ。晴ちゃんの料理、すっごく美味しいんだ。ほっぺが蕩けちゃうよぉ」
澄子はほっぺを抑えながら、その料理を思い出すようにもぐもぐした。
「いやあ、そう言ってもらえると、ますますやる気が出ちゃうなあ。――黙人くん、キッチン借りるね」
「ええ、どうぞ」
許可を取ると晴先輩は、あの大きなバッグを引きずり、キッチンへと入って行った。
急に、部屋の中が静まった。
「――――それじゃあ、行きますか」
小声で、澄子が俺らに声をかける。
行くってどこに、という当然の疑問を投げかける前に、ぞろぞろと移動し始めた。
そうして、キッチンの戸の前に、縦に並んだ。
「……何してんの、あんたら」
引き戸を細く開け、全員で中を覗いている。後ろから見ると、間抜けに見える。
「しーっ! 黙人も、見てみて」
澄子が、後ろ手で手招きする。俺は結局、その開いている真ん中あたりから顔を出してみる。
――――息をのんだ。
とてつもない光景がキッチンに広がっていたのだ――――