第五章 前半
俺は、ビデオカメラのレンズから目を離せずに、呆然とする。
「べつに、楽しくなんかなかったからね」
とも先輩が、亡骸の上からそそくさと降りてくる。
「黙人ー? もう止めていいよ、ビデオ」
澄子がレンズの近くで、手を振っていた。
「あ、ああ――」
「ところで、撮影したのをビデオに焼くことってできる?」
「ああ、家のテレビに繋げば、できるよ。オッケー、やっとく」
しばらくテレビ見てないけど、壊れてないよな。ケーブル、何処にやったっけ。
「……でさぁ、黙人くんのこと、強引に……のよね」
「うん、確か澄子が……の事で脅すって……」
「……なんか、幸せそうに……だけれど……」
「……黙人くん、笑ってるよね」
ビデオカメラを、バッグに丁寧にしまう。
さっきのとも先輩のやつは、すごかった。
カメラワークをしている暇なんてなくて、ただ自分が見やすい位置から、レンズ越しに観賞していた。
流れるような刀使い。焦らすような拷問。普段と違って、ああいうときは素直に楽しそうで。そして艶やかで。相手の悲鳴が、音楽みたいで。まるで、オーケストラを鑑賞しているようだった。
この部活に、入ってよかったと思ってしまった。
もともと、道徳なんて薄っぺらい物に興味はない。
ただ『殺人部』を嫌っているのも、人と関わることはやめたからで。澄子がみうちゃんのことで脅してきたりしなければ、好きだったんだ。
そして今、感動してしまった。他人の終わりが、こんなにも美しいものだったかと。
「それじゃあ、今日はもう解散ということで」
湫先生が、ポンと手を打つ。
「あ、待って待って!」
澄子は慌てて、帰る準備を始めた皆を引き留める。
「折角だから、あれやろうよ。黙人の歓迎パーティー!」
は?
「いいわねえ」
「いいアイデアだ」
「別に、やってあげてもいいけど」
乗り気だ。みんな、すっげー楽しみにしてる。
「いや、いらないよ」
歓迎される筋合いもない。
「う、うう……」
澄子が変な声を上げている。
「どうした」
下を向いてしまったその顔を、窺ってみる。
「うわああああーーーーーん!」
澄子声で泣き始めた。大粒の涙が、ぼたぼた落ちる。
思わず後ずさる俺。
「黙人に、ひっく、喜んでもらおうと、ひっく、思っだだけだどでぃー」
盛大に鼻水を垂らしながら、目をゴシゴシしている。
「あらあら、泣かないの。ほらほら、よーしよし」
湫先生が、澄子を抱き寄せて、よしよしする。
「泣かないで」
とも先輩まで、澄子のあたまをよしよししている。
なんだこれ。おかしいだろ。十六だよな、あいつ。
「……子供を、泣かせるなんて――」
晴先輩から、非難の視線が突き刺さる。
全員が、非道を見るような目で、俺の事を見てくる。
「わ、わかったよ。……やるよ。やろうよ! 俺の歓迎会」
自分で言うのは、おかしくはないか。
ちらっと、澄子の顔を見る。泣き止んだか……?
澄子は、真っ赤に腫らした目で、うんうんと頷いていた。
「……可愛いな」
ぼそっと呟いた。
小学生のガキを見ているようで、なんだかほっこりする。
「でも、ここじゃあさすがに、パーティーはできないよねえ」
晴先輩が腕を組み唸る。
「そおねえ、料理をするにしても、調理室で騒ぐわけにもいかないしねえ」
「それは、大丈夫だよ!」
澄子はもう元気になったようで、もとの元気な笑顔に戻っている。
「いい場所でもあるの?」
「うん! あのねえ……」
「――黙人の家!」
にっこにこ笑顔の澄子。
「やっぱ俺、帰るわ」
「わー―――! まって!」
制服の裾を、がっしり掴まれる。
「いいよねえ? ねえ?」
ほかの皆に同意を求めている。いや、俺が嫌といっているのだけれど。
「いいわねえ!」
「それは名案だ!」
「行ってあげてもいいよ」
いや。いやいやいや。
「じゃあ、黙人ん家に、けってーい!」
こいつらが殺人犯じゃなきゃ、遠慮なく手でも足でも出ていたのに。